
15歳で自衛隊に入り、現在は経営学者として「価値創造」を研究する岩尾俊兵氏。自由な発想が許されにくい自衛隊での経験は、岩尾氏の経営観にどのような影響を与えたのでしょうか。一方、糸井重里氏は、インターネットの普及によって試行錯誤のコストが大きく下がり、新しい価値を生み出せる可能性が広がったと語ります。
慶應義塾大学商学部准教授の岩尾氏と、ほぼ日代表取締役会長CEOの糸井氏が、組織における価値体系の違いから、失敗を恐れず挑戦できるインターネット時代の価値創造までを語り合います。
※本稿は、 岩尾俊兵著『武器としての経営思考』(PHP研究所)の内容を一部抜粋・編集したものです。
【糸井】岩尾さんは昔、自衛隊にいたと伺いました。どのくらい在籍していたのですか。
【岩尾】15歳から2年です。三等陸士から二等陸士となり、一等陸士昇進のタイミングで除隊しました。
【糸井】結構な期間ですね。随分と鍛えられたのではないですか。
【岩尾】はい。でも結局、「精神の自由」がないところが私には合いませんでした。腕立て伏せや匍匐前進といった訓練は好きで、いまでも人前でやれるほど得意なんですけど...。
【糸井】フィジカル面は大丈夫なんですね(笑)。
【岩尾】私は会社にも人生にも、「価値創造」が重要だと考えているんです。でも、自衛隊は、専門的には「高信頼性組織」といい、価値創造の余地を制限することにこそ意味がある組織です。事故や間違いは絶対に避けなければならず、自由な発想や解釈は基本的に求められない。
【糸井】たしかに、弾丸が一個なくなったときに「まあいいか」では済まされないわけですからね。
【岩尾】実際に一度、私が価値創造的な提案をしたところ、厳しく叱責されたことがあります。
【糸井】どんな提案をされたのですか?
【岩尾】陸上自衛隊少年工科学校(2010年に陸上自衛隊高等工科学校に改編)には年に数回、隊員の家族を招いて基地を見学してもらう日があります。
【糸井】何だか授業参観みたいですね(笑)。
【岩尾】自衛官が来訪者の前で行進を行なうのですが、組織に馴染めず、上官からも嫌われていた私は行進メンバーから外されてしまい、隊員の武器を磨く「武器係」に異動となりました。
それでも親に頑張っている姿を見せたいと思い、行進の上官とは別の、武器係の上官に「せっかくの機会ですから、武器や機械を展示して、来場者に私たちの日常の活動を伝えたらどうでしょう」と提案したんです。
【糸井】面白いですね。
【岩尾】武器係の上官には許可をもらい、当日は腕章とバッジをつけて「皆様、こちらは○○で...」などと展示品の案内をしたところ、人だかりができてたいへん好評でした。
ところが突然、元の行進の上官がやってきて「お前、何をやっているんだ!」と怒鳴り始めたのです。説明したら「誰が許可した」と。許可した武器係の上官は若かったので、彼にも同じく「勝手なことをするな」と叱責する。そして私の腕章を引き裂き、バッジを引きちぎって踏み潰しました。思い出しても苦しい出来事でした。
【糸井】苦しいっていうか、漫画みたいな話ですよね。
【岩尾】もっとも、いまになって思い返せば、当時の上官の気持ちもわからなくもなくて。先述のように、自衛隊は経営学で高信頼性組織と呼ばれる組織の一つで、事故や失敗がないのが当たり前。ですから、イレギュラーな事態を誘発しうる「変な工夫をするな」ということだったのでしょう。彼らには彼らなりの価値体系があったのです。
当時の上官たちは、階級順に隊員を行進させて、自衛隊の序列を来場者に見てもらおうとしていました。成績優秀者は前方で銃を抱え、指揮官として先導する。隊員たちの雄姿と組織の盤石さを家族たちにも見せたかったわけです。
【糸井】岩尾さんは、自衛隊の価値体系にひびを入れてしまった。
【岩尾】来場者の目を「武器の展示」という異なる価値体系に向けることで、行進の価値を損ねてしまったわけです。しかし実際は、行進を見終わった人たちが展示を見にくる流れで、自衛隊に対する好感度や行事の満足度、来場者の幸せの総量はむしろ上がったはずです。でも、当時の上官の目には「行進への注目が削がれてしまった」と受け止められてしまったのかもしれません。
【糸井】岩尾さんのお話を聞いて、ふと思い浮かんだのが「天津罪(あまつつみ)」と「国津罪(くにつつみ)」という言葉です。古代日本の神道における罪の概念だったかと思うんですけど。
簡単にいえば、天津罪は共同体の基盤を揺るがすような罪、国津罪は窃盗など個人の生活や倫理道徳に反する罪。自衛隊の価値体系に触れる「クリエイティブな発想や提案」は天津罪に触れる行為であり、まさに命がけで防ぐべきことなのでしょうね。
【岩尾】なるほど。自衛隊はもちろん、自動車メーカーや医療機関など人命に直結する組織は、天津罪を許容しづらい領域といえるかもしれませんね。
反対に「ほぼ日」の主戦場でもあるインターネットの世界では、実験的な取り組みが許容・推奨される環境があり、「価値創造」の余地が大きく開かれたフィールドだと言えそうです。
【糸井】ぼく自身も、インターネットの普及によって価値を刷新できる場所が格段に広がった、と実感していますよ。
【岩尾】2001年に、糸井さんは『インターネット的』(PHP新書)で、インターネットが社会や生活に与える影響と未来の社会のあり方を考察されました。当時は「リンク」「シェア」「フラット」「グローバル」といったキーワードを挙げていましたね。二十数年を経たいま、振り返ってみると、インターネットには「失敗しやすい」「試行錯誤できる」という側面もあったように思いますが、糸井さんはどうお考えですか。
【糸井】おっしゃるとおりで、それはつまりどういうことかというと、トライ&エラーするコストが圧倒的に下がったんですよね。インターネットの普及以降、「失敗してもこの程度で済む」という感覚で、誰もが気軽に新規の試みにチャレンジできるようになった。だからぼくらの会社もトライ&エラー、トライ&ミスの繰り返しです。失敗を重ねてようやく最後に、トライ&サクセスにたどり着く。
【岩尾】ミスとエラーがとにかく多いわけですね。
【糸井】そのとおりです。話が少し逸れますが、初期のインターネット時代にぼくがいちばんびっくりして、これこそすべてだと思ったのは「エロサイト」なんです。
【岩尾】どういうことですか(笑)。
【糸井】「変態」の種類が無限にあるんですよ。しかも、どんなに細かいジャンルでも、見せたいものを効果的に見せるシステムが確立されている。「○○好き、集まれ」と呼びかければ、どんなニッチな趣味でも、インターネットの世界では国内外から簡単に人が集まる。
どんな些細な思いつきでも、失敗を恐れず、コストをあまりかけることなく実現できてしまう。
【岩尾】面白いですね。しかも、ニッチな人同士が集まるなかで、かなりの収益が同時に発生するわけですよね。「需要が少ないから稼げない」という考え方は、雇用や場所代に莫大なコストをかけざるをえなかった「インターネット以前」の発想なのかもしれません。
更新:09月20日 00:05