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日本の受験エリートは「ポジションを取れない」 “正解を出す力”と“考える力”は別物

2026年09月11日 公開

楠木建(経営学者), 山口周(独立研究者)

受験エリートの課題

日本の受験エリートのように、正解のある問題を解く訓練を重ねてきた人ほど、答えのない問いを前にすると「何が正解か」を探してしまい、自分なりの結論を出せなくなることがあります。

楠木建さんと山口周さんは、フランスのバカロレアや、経営学者・野中郁次郎さんの思考のプロセスを手がかりに、「自分の頭で考える」とはどういうことかを語ります。書籍『知的生産のセンス』より、一節を紹介します。

※本稿は、楠木建, 山口周著『知的生産のセンス』(日本経済新聞出版)より内容を一部抜粋・編集したものです

 

「考える」という行為は「正解を出す」のとはまったく違う

山口:ぜひここで指摘しておきたいのが「考える」という行為は「正解を出す」のとはまったく違う、ということです。多くの人は「考える」という行為を「正解を出す」という行為だと思っていますね。義務教育の過程で「正解を出す」という競争を徹底的にやらされる一方で、「考える」ということをまったく教わっていないからだと思いますが。

楠木:そうそう、まるで問題集を解いているような。数学の問題集で、簡単なものから難しいものへと上がっていくステップがあるじゃないですか。「より難しい問題を解ける」を「より考えられるようになった」と同一視している人が多い。この2つはまったくの別物だというのが本稿の問題提起です。

山口:数学の問題や歴史の年号を聞くような問題については確かに正解があります。しかし、私たちが向き合う問題の多くには正解はないわけですね。ここで「考える=正解を出す」だと思っていると、思考停止してしまって動けなくなってしまう。日本では受験のテクニックとして「出題者の意図している正解が何かを考えろ」といったことが教えられる。だから何かを問いかけると、つい「期待されている正解は何か?」を考えて、それを当てて褒められようとしてしまう。

 

フランスのバカロレアには「確定した答えがない」

一方、面白いのがフランスのバカロレア(大学入学資格試験)です。フランスでは理系・文系を問わずに哲学が必修で、バカロレアの初日の1科目目は伝統的に哲学の試験です。ちなみに2025年のバカロレアの哲学の問題は次のようなものでした。

次の3問のうち1問を選んで論述しなさい。
1問目は、「私たちの未来は技術に依存しているのか」
2問目は、「真実は常に説得力を持ちうるか」
3問目は、「ジョン・ロールズの『正義論』の抜粋を読んで内容を論ぜよ」

どれも正解がないんですね。

楠木:確定した答えがないからこそ「論述」に意味がある。

山口:例えば1問目について言えば、日本の受験生だと「『依存している』『依存していない』のどちらが正解なのか?」と考えてしまいがちですが、結論はどちらでもいいのです。ただ、結論へと至る道筋を、自分の持っている言葉や概念を組み合わせ、積み重ねて、破綻なく辿れるかどうかをみているわけですね。

一方で、日本の受験エリートはつい「出題者が意図している正解は何か?」を勘繰ってしまう。これは別に今に始まった話ではなく、日本人に通底する一種のモードのような気がします。

以前、旧日本陸軍の組織について調べたことがあるんですが、あれは恐るべき学歴社会で、基本的に陸軍でどこまで出世するかは陸軍大学校(陸大)での卒業時の席次によって決まっているんですね。

戦時中の陸軍内部の人事資料を見ると「略歴」に必ず「陸大での成績順位」が記載されている。陸大を首席で卒業して天皇から恩賜の軍刀をもらうと陸軍大臣や参謀総長になれる。陸軍に入ってからの業績や人望といったものは出世の関数に入っていないんです。

それでは陸大での成績はどのようにして決まるのかというと「教師が期待する回答を書ける人」なんです。ところが、教えている教師は、一昔前の軍事学で凝り固まっているので、そんな回答を書ける人というのは実際の軍務ではとても使い物にならない、困った人なわけですね。なんともはや、という話ですが。

 

日本の受験エリートは「ポジションを取れない」

山口:日本の受験競争の中で正解を出すトレーニングを受けてきた人の共通項は「ポジションを取れない」ということだと思います。「どちらが正解か分からない」という状況の中で、自分なりのロジックを組み立てて「こっち」とポジションを取ることができない。「今、決めてください」というと「現時点では情報が足りないので決められません」と返ってくる。経営なんですから常に情報は足りないわけで、今足りないのであれば、じゃあいつ足りるんですか?という話です。

楠木:前にも話したことですが、やたらと「一理ある」と言う人はダメですね。人間社会に「一理もないこと」なんて一つもありません。どちらもアリだけれど、だとしたらどちらを取るのか。どちらの理を取るのか、裏を返せば、どちらかの理を捨てる。これがポジションを取るということです。

批判が思考の基本動作なのですが、ポジションを取らない批判は成立しません。バカロレアの「未来は技術に依存しているのか」にしても、まずはポジションを取れ、あとは自分の頭で考えろ、という話ですね。

山口:一度も「自分の頭で考える」ということをやったことのない人に、それがどのようなものかを感得させるのに、読書を通じて「思考を追体験する」というのは非常に良い方法だと思います。

例えば先ほど出たウェーバーの『プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神』も、多分にウェーバーの思考プロセスをなぞるような側面がありますよね。一番純粋な形で「私はこういうふうに考えてみた」というプロセスが、そのまま本になっているのは、デカルトの『方法序説』だと思います。あれは「いろいろと議論が混乱しているから、いったん全部チャラにして(疑ってみて)考えてみようじゃないか」という本ですからね。

楠木:何回読んでも素晴らしい本です。

山口:本当にコンパクトなテキストですが非常に純度が高い。そういえば、評論家の小林秀雄はあの本について「これはデカルトの自伝である」と言っていますね。「わたしはかく考え、かく生きた」と。確かにその通りです。

 

優れた知的生産者が考えた過程を追体験する

山口:「変換(コンバージョン)」は知的生産の核を成すプロセスですが、入力(インプット)や出力(アウトプット)に比べると手続き的に説明するのが難しい。じゃあ、どうやって「変換」の能力を高めるのかを考えたとき、いきなり「自分の頭で考えろ」と突き放すのではなく、過去の優れた知的生産者が考えた過程を追体験することで、ある種の作法や構えのようなもの、勘所のようなものを参照することはできるのではないかと。

楠木:それは重要な教材です。書物として世に出ているものに、「自分がなぜこういう考えに至ったのか」という副読本があるとありがたいですね。あまりそういうものはありませんが。

山口:そうですね。知的生産に従事する人の間では「自分の思考プロセスをアウトプットにしてはいけない」という鉄則がありますからね。世に出ている知的生産のアウトプットというのは、思考プロセスの結果が分かりやすく再構成されているだけで、通常はそこに思考プロセスは開示されません。

 

野中郁次郎氏の思考プロセス

楠木:リアルな関係のある人であれば、その人の思考プロセスを直に観察できます。これは非常に勉強になります。

野中郁次郎先生に初めてお目にかかったのは、今から40年前、僕が大学3年生の時の野中先生の講義でした。当時から野中先生は日本の経営学の第一人者でした。経営学に興味があった僕は野中先生の講義を迷わず受講しました。最初の課題図書は『プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神』でした。本というものはこういうふうに読むのかと、目から鱗が落ちました。

野中先生の特殊講義を受講した当時、僕は先生の著書を3冊読んでいました。講義のテキストにもなっていた『経営管理』(日経文庫)、カリフォルニア大学バークレー校経営大学院時代の博士論文をベースにした『組織と市場』(千倉書房)、野中先生と神戸大学の加護野忠男先生、慶應大学の奥村昭博先生、僕のゼミの指導教官でいらした一橋大学の榊原清則先生、4人の共同研究の成果である『日米企業の経営比較』(日本経済新聞出版)です。

この3冊には共通点があります。いずれも当時の組織論研究において支配的だった「情報処理パラダイム」に基づいているということです。パラダイムとは、ある分野で支配的な物事のとらえ方を意味しています。理論はその上位にパラダイムを持っていなければならない―野中先生は講義の中でパラダイムの重要性を強調していらっしゃいました。情報処理パラダイムは、組織を情報処理の装置ととらえます。このパラダイムから生まれたのが、組織のコンティンジェンシー理論(条件適合理論)です。

情報処理パラダイムとコンティンジェンシー理論が一世を風靡したのは、それが従前の「管理原則」の定立を目指す組織論を覆したからです。古典的管理論は、軍隊の組織や官僚制組織の研究を通じて、「優れた組織のあり方」を究明するというスタンスを取っていました。

例えば「スパン・オブ・コントロールの原則」。一人の上位者が何人の部下を持つのが「最適」かというような研究です。これに対して、情報処理パラダイムは、その組織が直面している情報処理の質量に応じて最適な組織のあり方が決まるのであって、一義的に「優れた組織」は存在しないと考えます。だとしたら、組織の有効性はその組織を取り巻く環境条件との適合関係に依存している―これがコンティンジェンシー理論です。

野中先生の最初の著書である『組織と市場』(1974 年)は、コンティンジェンシー理論に基づく組織論研究の成果として高く評価されていました。日本の経営学で最初と言ってもよい本格的な実証研究で、環境の複雑性と不確実性によって組織のあり方が決まることを見事に示しています。

『経営管理』は一般読者向けのテキストですが、議論の支柱はコンティンジェンシー理論です。副題に「戦略的環境適応の理論」とあるように、『日米企業の経営比較』もまた情報処理パラダイムに立脚しています。それよりも前に書かれた名著『失敗の本質』(共著、中公文庫)にしても、日本軍の環境への過剰適応による組織的な硬直性に失敗の本質を求めています。その意味ではやはり組織の環境適応を基本的な視座としています。

話を野中先生の特殊講義に戻します。テキストの『経営管理』に沿って、管理原則を明らかにしようとした古典的管理論から、情報処理パラダイムの登場を経て、コンティンジェンシー理論に至る組織論の発展が講義されました。

ところが、です。講義の最終回に野中先生は突然こう宣言しました。

「情報処理パラダイムとは決別する」―先生の『組織と市場』を読んで情報処理パラダイムの説明力の高さに感心していた僕はびっくりしました。

「情報処理パラダイムは暗い。経営学はもっと明るいものでなければならない。これからは情報"創造"だ」―このときの衝撃は今でもはっきりと覚えています。

そのころ先生がお書きになった本に『企業進化論』(1985年、日経ビジネス人文庫)があります。環境への受動的な適応ではなく、能動的な自己組織化による企業の進化という動学的なモデルへと踏み込んだ研究でした。副題は「情報創造のマネジメント」。「処理」よりも「創造」のほうが確かに明るい。ただ、この時点ではまだ「知識」という言葉は使われていません。

その後、マイケル・ポランニーの暗黙知の概念を取り込んだ『知識創造の経営』(1990年、日本経済新聞出版)が出版され、暗黙知と形式知の相互変換という知識創造理論の原型が出来上がります。さらに5年後の竹内弘高先生との共著「The Knowledge-Creating Company」(『知識創造企業(東洋経済新報社)』)で、情報処理に代わる知識創造という新しいパラダイムが確立しました。この後の野中先生の研究の進化の軌跡はここで説明するまでもありません。

僕はこの時期、大学院生から駆け出しの学者になる頃でした。同じ大学に勤めている大先輩の思考の進化の過程を横から眺めていることができました。大げさに言えば、知識創造理論の誕生に立ち会えたということです。この経験は僕にとって大きな資産になりました。

山口:僕も野中先生の知識創造理論には大きな刺激をいただきました。その理論の生まれる過程に立ち会えたというのは、なんとも贅沢な体験で羨ましい限りです。学生の特権ですね。

考えてみれば、知的生産にも一種の職人技のような「師弟関係を通じてしか得られない身体知」のようなものがあるように思います。それは単に認知的な技術という側面だけに留まらない。知的生産には、一種の「構え」のようなものが大事だと思っているんですが、そういう「構え」は達人の知的生産に立ち会うことで、最も濃密に感得できるものなのかもしれません。

 

プロフィール

楠木建(くすのき・けん)

経営学者、一橋大学PDS寄付講座・シグマクシス寄付講座特任教授

一橋大学大学院商学研究科修士課程修了。一橋大学商学部専任講師、同助教授、ボッコーニ大学経営大学院客員教授、一橋ビジネススクール教授を経て 2023 年から現職。著書に『楠木建の頭の中 戦略と経営についての論考』、『楠木建の頭の中 仕事と生活についての雑記』、『経営読書記録(表)(裏)』(いずれも日本経済新聞出版)、『絶対悲観主義』(講談社+α新書)、『逆・タイムマシン経営論』(日経BP、共著)、『「仕事ができる」とはどういうことか?』(宝島社、共著)、『室内生活 スローで過剰な読書論』(晶文社)、『すべては「好き嫌い」から始まる 仕事を自由にする思考法』(文藝春秋)、『戦略読書日記』(プレジデント社)、『経営センスの論理』(新潮新書)、『ストーリーとしての競争戦略 優れた戦略の条件』(東洋経済新報社)ほか多数

山口周(やまぐち・しゅう)

独立研究者、著作家、パブリックスピーカー

1970年東京都生まれ。ライプニッツ代表。慶應義塾大学文学部哲学科卒業、同大学院文学研究科美学美術史学専攻修士課程修了。電通、ボストン コンサルティング グループ等で戦略策定、文化政策、組織開発などに従事。『世界のエリートはなぜ「美意識」を鍛えるのか?』(光文社新書)でビジネス書大賞 2018 準大賞、HR アワード 2018 最優秀賞(書籍部門)を受賞。他の著書に、『世界で最もイノベーティブな組織の作り方』『外資系コンサルの知的生産術』『劣化するオッサン社会の処方箋』『仕事選びのアートとサイエンス』『コンテキスト・リーダーシップ』(いずれも光文社新書)、『ニュータイプの時代』『人生の経営戦略』(ダイヤモンド社)、『ビジネスの未来』(プレジデント社)、『武器になる哲学』(角川文庫)、『知的戦闘力を高める 独学の技法』 (日経ビジネス人文庫)など。

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