加藤氏は、棋士として数々の記録を樹立してきた。ただし、これはあくまで一つの結果であり、記録のために棋士を続けてきたわけではないと指摘する。
「私を始め、多くの棋士は勝敗以上に、将棋の醍醐味や感動を大切にしている。だからこそ、将棋を指し続けているのです。
かつて、C級2組に負けた名人が、『将棋をやめようかと思った』と発言していました。よもや負けるとは思っていなかったのでしょう。しかし、私からすれば、これは大変未熟な言動です。そもそも、将棋への敬意が感じられない。私は、将棋は音楽のように、人を感動させる芸術と同じようなものだと感じています」
それでも、厳しい勝負の世界である以上、辛いこともたくさんあったはず。将棋をやめたくなったことはないのだろうか。
「将棋をやめたいと思ったことは一度もありません。よく、『戦い続けるのは苦しいのでは?』と質問されますが、棋士が勝負に夢中になれるのは、勝負自体に感動しているからです。もっと言えば、考えている中にこそ喜びがあり、楽しみがある。だから、私は一番いい手を考えているときが何より楽しいのです。単純な勝ち負けの問題ではありません。
仕事も同じではないでしょうか。成功と失敗だけを尺度に仕事を続けていては、いつか行き詰まります。それよりも、夢中になれる仕事をしていきたいものです」
写真撮影 榊 智明
『THE21』2018年3月号より
更新:11月23日 00:05