
穴の多い保険制度や慢性的な人手不足など、多くの問題を抱えている介護業界。それらの諸問題を解決するために設立されたのが、イチロウ㈱だ。介護士と利用者をマッチングするプラットフォームを運営し、利用者のニーズに柔軟に応えるとともに、介護士からも高い満足度を得ているという。水野友喜代表に話を聞いた。(取材・構成:川端隆人、写真撮影:丸矢ゆういち)
※本稿は、『THE21』2026年3月号の内容を一部抜粋・再編集したものです。
――御社は介護保険外の訪問介護を提供しています。具体的には、どのようなサービスでしょうか?
【水野】介護保険では、例えば、1回に1時間を超えるケアは極めて難しいとされています。また、1度訪問介護を利用したら、次の利用まで2時間以上空けなければならないというルールもあります。
ですから、ご家族がまる1日、家を空けなければいけない場合でも、介護保険の訪問介護では、1時間介護してもらって、いったん終了して、次に来てもらえるのは2時間後ということになります。出かけてから帰宅するまで、ずっとケアをしてほしいというニーズには、対応していないのです。
他にも、同居している家族の方がいると掃除ができない、食事を作るついでにご家族の分も作るのはダメ、といったルールもあります。介護を受けるご本人以外のためのサービスにもなってしまうから、ということなのですが......。
また、介護保険の利用は月単位でスケジュールを決めるので、ご家族に急用ができても対応できません。さらに、制度的には可能でも、早朝や深夜の介護を引き受けている事業者はあまりありません。
当社が運営している「イチロウ」は、介護士と利用者をマッチングするプラットフォーム型のサービスです。
24時間体制で、利用者のニーズがある場所に、対応できる介護士が訪問します。登録している介護士の遊休時間を、必要としている利用者のために活用するという意味では、シェアリングエコノミーのサービスでもあります。
急な予定変更にも対応できますし、サービスの内容についても、介護保険制度のルールに縛られず、利用者の「やってほしい」に応えることができます。
――介護というと「人手不足」というイメージが強くあります。うまくマッチングできるものですか?
【水野】実績として、利用者のご要望に98%お応えできています。登録している介護士の方々にとって、「イチロウ」のメリットは、シフト制ではなく、働きたいときに働けることです。
介護職は女性の割合が高く、結婚や出産といったライフステージの変化の影響を受けやすい。シフト制では働きにくくても、アプリで仕事を探して、空いている時間にできる仕事が近所で見つかったら働きたい、という方は多いんです。
現在、1万4000人ほどの介護士が登録していて、まだまだ増えています。私たちも、これほど登録者数が増えるとは思っていませんでした。プラットフォーム上でうまくマッチングできないときは、対応できる介護士を我々が人力で探すこともしています。
まだまだ介護保険外のサービスを使うという発想は一般的になっていません。当社のサービスにたどり着く方は、追い詰められた末に、駆け込んでこられるケースが少なくありません。「我々が諦めたらどうなってしまうんだろう?」というご家庭もあります。だからこそ、マッチング率100%を目指しています。
――利用者との関係が密接なサービスなだけに、トラブルも起こりやすい面があると思います。どのような予防や対応をしているのでしょうか?
【水野】介護士の技術レベルは、当然確保しなければいけませんが、利用者との相性が、より重要だと考えています。
登録していただいた介護士の方々には独自の検査を受けていただいて、性格的な特性やコミュニケーション能力といったことをデータ化しています。オンライン面談で、人の目での観察・評価も行なっています。そのうえで、利用者ごとに、相性のいい介護士とマッチングしています。マッチングがうまくいけば、トラブルの防止になるだけでなく、リピートにもつながります。
――利用者の声で、特に嬉しかったものは?
【水野】「もっと早く知っていればよかった」と言っていただけるのは嬉しいですね。こちらが予想もしなかった使い方をしていただいて、驚くこともあります。印象に残っているのは、建築関係のお仕事をされている方のケース。その日の天気によって出勤のタイミングが違うのですが、介護保険だと、介護士が来る時間があらかじめ決まってしまっているので、我々のような柔軟に対応できるサービスは助かるということでした。
――前例のない事業ですが、ビジネスとして成立すると確信したのは、どんなタイミングでしたか?
【水野】いえ、全然見通しが立たないまま始めました(笑)。自分自身が、介護保険の枠組みの中で、10年間、仕事をしてきて、制度と実態には大きな乖離があると思っていたんです。
現場では、スタッフが判断に悩むような対応を会社から強要されるようなことさえありました。制度的に介護士の給料は一定以上には上がらないようになっている、といった構造的な問題もあります。「今のかたちでは、介護を受ける人も、介護する人も、誰も幸せじゃない」と思っていました。そこで始めたのが、このビジネスです。
最初は私の他に介護士がいないので、自分でニーズをヒアリングして、現場に行って介護をするのも自分、というスタートでした。少しずつ友人の介護士にお願いするようになり、やがて求人を出すようになって、マッチングという発想が出てきました。
テクノロジーを活用して問題解決したいとは当初から思っていたのですが、プラットフォームを作ろうと構想していたわけではないんです。エクセルで管理しきれなくなって、「システムを作るか。それにはエンジニアが必要だな」みたいな(笑)。
――目の前の課題を一つひとつ解決しながら成長してきたんですね。
【水野】そういうやり方しかできなかったんです。もともと起業しようなんて思っていませんでしたし。
「ソーシャルワーカーになりたい。そのためには大学に行って国家資格を取らなきゃいけないけど、お金がない。まず介護の専門学校に行って、介護職で働きながら通信制の大学を卒業しよう。みんなが4年で取るところを、自分は7年計画で行こう」。そう考えて介護士になったので、最初から介護をやりたかったわけでもないんです。
でも、始めてみると、介護って面白い。気づけば10年やっていました。介護の仕事をしていると、高齢者の方と普通に会話をしているだけなのに、なぜか涙が出てきそうになる瞬間があるんです。うまく説明できないんですが......。やりがいだけで言ったら、これほど素晴らしい仕事はなかなかないと思います。
一方で、給料が上がらなかったり、社会保障制度の持続可能性が問われていたりと、課題も山積しています。課題解決をしたい人にとっては、こんなにワクワクする環境はありませんよ。
――最後に、今後の方針を聞かせてください。
【水野】売上というよりも、サービスの人口カバー率を上げていくことを目指しています。できるだけたくさんの人に、地域や所得によらず、我々のサービスを使って在宅介護を成り立たせていただきたい。3年以内には全国でサービスを展開したいと考えています。
更新:02月06日 00:05