2025年12月09日 公開

日本のハイパーインフレや国力の低迷、日銀の過ちがもたらす危機について、長年警鐘を鳴らし続けてきた元モルガン銀行(現JPモルガン.チェース銀行)東京支店長の藤巻健史氏。本連載では、目まぐるしく変化を遂げる国際情勢や日本の政治体制にあって、我々はいかに「今」を把握し、資産を守っていけばよいかを、藤巻氏に解説していただく。(取材.構成:坂田博史)
※本稿は、『THE21』2026年1月号の内容を一部抜粋・再編集したものです。

日本の名目GDP(国内総生産)が、2026年にインドに抜かれ、世界5位になると国際通貨基金(IMF)が発表しました。これだけでも衝撃的ですが、なんと2030年にはイギリスにも抜かれて6位に後退すると推計されています。
日本は1968年から40年以上、GDP世界2位の座にありました。それが、2010年に中国に抜かれ、2023年にはドイツにも抜かれ、さらにインド、イギリスにまで抜かれてしまう。
しかも、ドイツの人口は約8400万人で日本の7割にも満たず、イギリスに至っては約6923万人ですから6割以下です。GDPが同じで人口が半分だったら、半分の国の人のほうが2倍豊かなわけで、日本人よりも、ドイツ人やイギリス人のほうがより豊かだということです。
こうした日本の現状をしっかりと認識すると共に、なぜそうなってしまったのかを考える必要があります。私は、日本には大きな問題が3つあると考えています。
1つめの問題が、「40年間で世界最低のビリ成長」だということ。日本は2010年に中国にGDPで抜かれたと述べましたが、現在の中国のGDPは日本の4.2倍にまで成長しています。一方、日本のGDPは2010年から2024年でたったの1.2倍です。
2つめの問題が、「世界最大の借金王」だということ。日本の「国債及び借入金並びに政府保証債務現在高」は、2025年6月末現在、約1332兆円もあり、これは対GDP比約250%で、世界186カ国.地域中186位。つまりビリです。
3つめの問題が、「G20の中でもダントツでメタボな中央銀行」だということ。日本銀行の総資産は700兆円超で、対GDP比で100%を優に超えています。これは世界の中央銀行の中で日銀だけ。次に総資産が多い欧州中央銀行(European Central Bank)でも対GDP比50%超程度です。
日本経済の成長が滞っているのは、財政出動が足りなかったからだと主張する人たちがいます。しかし、日本が現在、世界最大の借金王なのは、収入に対して支出が多すぎたから。つまり、借金王になるほど支出してきたにもかかわらず、経済成長は微々たるものだったのです。
ちなみに、GDPで日本を抜いて世界3位となったドイツは、均衡財政政策をとっており、借金を増やすことなく、収入とほぼ同額の支出で経済成長を成し遂げています。
財政出動が足りなかったから日本は経済成長できなかったというのは、明らかな間違いです。こうした間違った分析を信じてしまうと、日本経済はもっともっとひどいことになってしまうと私は危惧しています。
円安が進んでいるのも、日本が抱えている問題を解決できずに国力がどんどん弱まっているからでしょう。
国力が強い国は、金利が高くなり、株価も上昇します。その国の人たちに製品やサービスを買ってもらおうと工場を建設するなど直接投資も増えます。お金は、国力が強い国に集まるのです。
逆に、国力が弱い国は、景気が悪いので金利は低く、株価も低迷します。そんな国に投資をするよりも、強い国に投資したほうが多くのリターンを期待できますので、弱い国には直接投資も行なわれません。
お金は、国力が弱い国から強い国へと流れます。その結果、国力の強い国の通貨が買われ、高くなり、他方、国力が弱い国の通貨は売られ、安くなります。為替は国力の強弱差で決まるというのが基本であり、円安が進むのは、日本経済が低成長で相対的に国力がどんどん弱まっているからだと言えます。
円安ドル高が進むのは、日米の金利差――日本の金利が低く、アメリカの金利が高いからだという考えがあります。金利が低い国から高い国にお金が流れるのは自然なことです。
ではなぜ、日本の金利は低く、アメリカの金利は高いのでしょうか。それは、日本は景気が悪く、アメリカは景気が良いから。
金利差で円安ドル高が進んでいる面もないとは言えませんが、それは一要因に過ぎず、金利差を生んでいるのは、景気の良し悪しであり、結局、国力の強弱が為替に反映されているのです。
それは歴史を振り返ってもわかります。1ドル360円の固定相場だったのが、1971年12月、308円に切り下げられて以降、どんどん円高が進み、2011年10月には75円台にまでなりました。
日本の高度経済成長は、日本円が弱く、日本が世界の工場になっていたから実現できたもので、経済成長にともなって日本の国力が強まり、それにつれ、円高も進んでいきます。
『ジャパン・アズ・ナンバーワン』(エズラ・ヴォーゲル著)が出版されたのが1979年。日本経済が絶好調だったこの時期のドル円相場は、1ドル200~250円でした。
その後、1985年のプラザ合意で円高が一気に進み、円が強くなりすぎたことで、日本経済の停滞が始まります。為替というのは、ヨットのように小回りが利かず、タンカーのようにゆっくりとしか方向転換できません。円高の流れに逆らうことはできず、日本経済は停滞していきました。
2011年にようやく円高から円安にUターンし、現在は円安に向かって進んでいますが、日本の国力を考えれば当然のことでしょう。
日本が抱える問題を解決するのは政治です。日本政府には、枝葉末節の問題ではなく、根本的な構造問題に取り組み、それを解決することが求められます。
私は、日本経済がこれほど長期間にわたって低成長に甘んじているのは、日本が典型的な社会主義国家、計画経済だからだと考えています。社会主義国が資本主義国に敗れるのは、歴史の必然です。
日本の構造問題を解決するためには、政治の強いリーダーシップが不可欠ですが、衆参両院で少数与党の現政府に多くは期待できません。弱い政府はポピュリズムに走りがちで、減税や財政出動(バラマキ)をやる可能性が高まります。すると、借金がまた増え、悪い財政がさらに悪くなります。日本が非常に深刻な状況に陥ってしまうのではないか。そんな心配をしています。

私はモルガン銀行(現.JPモルガン.チェース銀行)に約15年間在籍していましたが、トレーダーとして最も大切にしていたのは長期的視点で物事を見て考えることでした。
当時の私は、長期的ポジションで102の利益を出し、短期トレードで2の損失が出て、トータル100の利益を出していました。短期トレードで儲けるのは困難なのですが、それでも短期トレードを行なうのは、トレーダーとしてのアドレナリンを出すためでした。
1年に1回ぐらい大きな勝負をすることになるのですが、それはやはりとてつもなく怖いことで、アドレナリンが出ていないと勝負ができないのです。だから損失覚悟で短期トレードも並行して行なっていました。
しかし、一般の個人投資家は、アドレナリンを出す必要はありません。長期的な視点で経済の動きをよく見て投資を行なえば、大損することはなく、資産を少しずつ増やすことができます。
短期トレードは、時に大きく儲かることもありますが、大きな環境変化やマーケットの変化に気づくことができず、大損してしまうことも多々あります。個人投資家にとって一番重要なのは、経済や金融の基本的な仕組みを理解したうえで、動きを見ながら長期投資を行ない、大きな波に乗ることです。
世界における日本のGDPの順位や経済成長の現状、日本の財政状況、日銀の財務状況など、「私には関係ない」などと思わず、日頃から様々なニュースに目を通し、経済や金融に関する知識や知見を地道にグレードアップしていくことが資産運用では非常に重要です。このことをまずは理解しておいてほしいと思います。
現在の日本は、これまでに経験したことがないような大きな岐路に立っており、非常に危険な状況です。
先ほど、為替は国力に応じて決まると述べましたが、それは中央銀行が健全な状況であることが前提です。ところが、日本の中央銀行である日銀は大きな問題を抱えており、健全とはとても言えない状況です。
かつての日銀は、各国の中央銀行同様、伝統的金融論に基づく金融政策をとっていました。伝統的金融論では、中央銀行は発行する通貨の信用を守るため、価格が大きく上下する金融商品を保有してはならないとされています。日銀も、株はもちろん、長期国債も保有していませんでした。
こうした伝統的金融論から逸脱した「異次元金融緩和」政策に舵を切ったのが、黒田東彦・前日銀総裁です。ETF(上場投資信託)と長期国債を大量に購入することで大幅な金融緩和政策を進めました。
その結果、2025年6月末現在、日銀のETF保有額は約37兆円、長期国債は約566兆円、合わせて約600兆円にもなっています。
中央銀行が保有してはならないとされている金融商品を約600兆円も保有しているのが日銀で、株を保有している中央銀行は世界でも見当たりません(スイスの中央銀行が少額保有しているのを除けば)。
国債の価格も、ETFの価格も日々上下しますが、ざっくり国債の評価損が約30兆円になっており、それでも日銀が債務超過にならないのは、ETFの評価益が約50兆円あるからです。
また、日銀の2024年度の決算を見ると、保有国債からの受取利息が約2.1兆円、補完当座預金制度への支払利息が約1.3兆円、差し引き0.8兆円の黒字です。一見、何の問題もないように見えますが、金利が上がると、支払利息が受取利息を超える可能性があります。
例えば、利息を支払う預金が500兆円だとすると、政策金利0.5%で支払利息は2.5兆円となり、受取利息2.1兆円を超えた0.4兆円が損失となります。政策金利が0.75%に上がると支払利息は3.75兆円となり、1.65兆円もの損失になります。政策金利が上がれば上がるほど、損の垂れ流しになってしまうのです。
日銀は、伝統的金融論から逸脱した、世界に例を見ない異常な状態にあるだけでなく、保有するETFの価格、株価高騰のおかげで損を出さずに済んでいるに過ぎません。今の日銀は、金本位制ならぬ「株本位制」だと私は講演などでは言っています。
株がこけたら日銀もこけ、日本経済もこけるという非常に危険な状況にあることを皆さんにも知っておいてほしいと思います。
2025年9月、日銀の植田和男総裁は、保有しているETFを100年以上かけて市場売却すると発表しました。100年以上かけて少しずつ売却するのは、大量に売却するとマーケットに悪影響を与えるからだと言います。
しかし、買うのには約10年しかかけていません。10年間で大量にETFを買ったことが、どれだけマーケットに影響を与えたのか。買うときには影響がなく、売るときにだけ影響がある。そんなことがあるはずがありません。
もし日銀が債務超過になったとしても、企業のように資金繰りに行き詰まって倒産するようなことはありません。なぜなら、日銀はいくらでも紙幣を刷ることができるからです。
ただし、債務超過に陥っている中央銀行が発行する通貨を信用する人がどれだけいるでしょうか。自国民は最後まで信じるかもしれませんが、外国人は早々に信じなくなるでしょう。通貨は円だけでなく、ドルもユーロもポンドもあるわけですから。
日銀が債務超過になれば、中央銀行の仕事であるインフレ抑制ができなくなり、ハイパーインフレになる可能性が高まります。インフレやデフレは、モノやサービスの需給で発生しますが、ハイパーインフレは中央銀行の信用失墜で発生します。
実際、第二次世界大戦の敗戦により、日本は戦後、ハイパーインフレに見舞われました。このとき日本政府が行なったのが「新円切り替え」です。旧円のままではハイパーインフレを抑えられないため、新円に切り替えることで日銀の財務状況を立て直したのです。
ドイツも日本同様、敗戦後、ハイパーインフレに陥りましたが、ドイツはライヒスマルクを発行していたライヒスバンク(ドイツ帝国銀行)を廃止し、新たにブンデスバンク(ドイツ連邦銀行)を誕生させ、通貨もドイツマルクに切り替えました。
日銀が債務超過に陥り、その信用が失墜すれば、日本は再びハイパーインフレになると私は見ています。もしハイパーインフレになれば、現在の円の価値は暴落し、紙幣は紙くず同然になるでしょう。
つまり、円で資産をもっているのは危険だということです。ハイパーインフレに備えるなら、円以外の通貨、私はドルで資産をもつことをお勧めしています。円の価値が暴落しても、ドルの価値は暴落しません。
繰り返しになりますが、中央銀行は発行する通貨の信用を守るために、株や長期国債など、価格が大きく上下する金融商品を保有しないというのが伝統的金融論です。
そこから大きく逸脱している日銀を信じ、円を信じている人は、円で資産をもてばいい。それは自己責任です。伝統的金融論を信じる人は、ハイパーインフレに備えて他の通貨に資産を移すことを検討されてはいかがでしょうか。
更新:12月10日 00:05