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騙すつもりはなくても書類送検!契約書を後回しにすると特商法違反に

2026年09月09日 公開

森雅人(元刑事)、足立直矢(現役弁護士)

「騙すつもりはなかった」でも書類送検

売上目標まであと一件。目の前には契約する気になっている顧客――。
そんな営業担当者の焦りが、普段なら守れるはずの手続きを飛ばすきっかけになることがあります。契約内容を口頭で十分に説明し、相手も納得していたとしても、法律で義務付けられた書面を交付しなければ違法となるケースがあります。なぜ「後で渡す」「一度くらい」が許されないのか。

本稿では元刑事の森雅人氏が、特定商取引法の書面交付義務を題材に、契約時に守るべきルールと、営業担当者を違反に追い込まない会社の仕組みづくりを解説します。

※本稿は、森雅人(著)、足立直矢(監修)『これだけで、逮捕』(PHP研究所)より、内容を一部抜粋・編集したものです。

 

「ちゃんと説明したし、一枚くらいなくても平気でしょ」

【危険度レベル】
★★★★☆ 逮捕リスク
★★★★☆ 懲戒・損害賠償リスク
★★★★☆ 実名公表される可能性大

Aは転職支援サービスの営業を担当していた。月末が近づき、あと数件で目標達成。そんな時、説明会で参加者の一人が「今日申し込みます」と言った。契約を逃したくなかったAは、その場で手続きを進めた。しかし、本来交付すべき契約書面については、「後でメールします」と言ったまま渡さなかった。内容は説明していた。
騙すつもりもなかった。ただ、手続きを急いだだけだった。だが同じ対応は一度だけではなかった。

数か月後、契約者とのトラブルから消費生活センターの調査が始まり、Aが複数の契約で法律上必要な書面を適切に交付していなかったことが判明した。「後で送るつもりだった」と説明したが、書面交付義務を認識しながら継続的に怠っていたことが重く見られ、会社は特定商取引法違反で行政処分を受け社名が公表。Aについても同法違反の疑いで書類送検された。

【ココがアウト!】
〇特定商取引法(書面交付義務)
訪問販売や電話勧誘販売、継続的な役務提供などでは、事業者に契約内容を記載した書面の交付が義務付
けられている。

 

【刑事の視点からのコメント】焦っている時ほど、「正しい手続き」で自分を守る

刑事をしていると、法律を破る人は、大きく二種類に分けられるように感じます。
一つは、最初からルールを無視する人。
もう一つは、ルールの大切さを見失う人です。

この事例のAさんは、後者だったと思います。契約内容は説明していた。お客様を騙すつもりもなかった。実際にサービスも提供していた。だからAさんの中では、「大事なのは中身だ」という感覚だったのでしょう。

しかし法律は、中身だけを見ているわけではありません。特定商取引法違反の取調べでも、「ちゃんと説明したんです」という話をよく聞きます。しかし、説明したことと、法律で定められた手続きを守ったことは別です。

世の中には、結果だけでなく過程を守るためのルールもあります。
契約書面の交付はその一つです。契約書は単なる紙ではなく、お客様が後から内容を確認するためのもの。そして事業者自身を守るためのものでもあります。
ビジネスでは売上も大切です。目標も大切です。
しかし、契約を取ることより大切なのは、契約を「正しく」取ることです。

 

【なぜ捕まるのか】契約日にご注意!

こうした問題で適用される特定商取引法は、お客様が契約した「瞬間」の納得だけでは足りない、と考えています。なぜでしょうか。
それは、人は契約する時、意外と冷静ではないとされているからです。
説明会の熱気。営業担当の話のうまさ。「今申し込まないと損をするかもしれない」という焦り。こうしたものが、判断に影響するとされています。

だから特定商取引法では、一度持ち帰って確認する、後から家族に相談する、といった、冷静になって考え直すための仕組みとして、契約内容や料金、解約条件などを記載した書面の交付を義務付けているのです。

特定商取引法は、悪質な業者だけを対象にした法律ではありません。まじめに営業活動をしている会社も対象です。だからこそ、「騙すつもりはなかった」「後で送るつもりだった」という説明では済まないのです。
このテーマで問われるのは、契約を取ったかどうかではありません。契約者が冷静に判断できる機会をきちんと確保したか。そこなのです。

 

【対処法:個人レベルでできること】一度だけの例外を作らない

営業の現場では、どうしても焦る瞬間があります。あと一件で目標達成。月末まで残り数時間。お客様もその気になっている。
そんな時ほど、人はこう考えます。「今回は先に契約だけ済ませよう」「書面は後で送ればいい」「一回くらい問題ないだろう」。しかし、多くの不祥事は、その「一回」から始まります。そして一度例外を作ると、二回目はもっと簡単になります。

だから大切なのは、「忙しい時ほど、いつもと同じ手順を守る」ことです。
・契約書面の交付
・説明内容の確認
・必要な記録の保存
こうした手続きは、会社のためだけにあるのではなく、将来の自分を守るためにあります。
営業では、「契約が取れたか」よりも、「正しい手順で契約できたか」という意識を徹底するようにしてください。

 

【対処法:会社としてできること】営業を追い詰める、会社のダメな評価制度

会社がまず整えるべきなのは、営業力ではありません。契約手続きを標準化する仕組みです。
特定商取引法違反が起きる会社では、担当者ごとに手続きの進め方が違うことがあります。ある人は書面を渡す。ある人はメールだけ。ある人は後日送付。これではミスが起きます。

だから会社は、契約時に必要な書類や手順を明確にし、誰が担当しても同じ対応になる仕組みを作る必要があります。チェックリストでもいい。電子システムでもいい。
重要なのは、担当者の記憶や善意に頼らないことです。

また、営業成績だけを評価しないことも重要です。
契約件数や売上だけを評価する制度では、「今回は後で送ろう」という判断が生まれやすくなります。
本当に評価すべきなのは、正しく契約を取ったかどうかです。

私が刑事時代に見てきた企業不祥事の多くは、ルールがなかったから起きたわけではありません。ルールはありました。研修もありました。それでも問題が起きました。
なぜか。誰も止められなかったからです。

だから会社に必要なのは、担当者が迷った時に立ち止まれる仕組みです。
人は焦るとミスをします。
だからこそ、個人の注意力ではなく仕組みで防ぐ。それが最大の予防策になります。

プロフィール

森雅人(もり・まさと)

元刑事

警察の元警部補。
サイバー犯罪、経済犯罪等を扱う生活安全部門の刑事を約15年担当。特にサイバー分野での警察では解決できないトラブルの多さや法整備の遅れに疑問を感じ、実践的な企業のリスク対策を⾏う⺠間企業に転職。同社にて、サイバー犯罪捜査の知⾒を活かしたリスク対策事業を開発するなど、企業向け危機管理のプロフェッショナルとして活躍。
また、犯罪・防犯の専門家として、NHK「ニュースウオッチ9」「クローズアップ現代」、日本テレビ「スッキリ」「ZIP」、テレビ朝日「林修の今でしょ!講座」「スーパーJチャンネル」など多数のテレビ番組に出演、雑誌、新聞等でも取り上げられている。
2024年、刑事事象解析研究所(ケイジケン)を設立。
「進化する犯罪…その先へ。」をコンセプトに、最新犯罪を解析し、より実践的な防犯
対策に関する研究・情報発信活動を⾏っている

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