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「気い悪うせんといてや...」緊張感の中、松下幸之助が飲食店のコックにかけた一言

渡邊祐介(PHP理念経営研究センター代表)

渡邊祐介 松下幸之助
イラスト:松尾達

人生100年時代を生きるビジネスパーソンは、ロールモデルのない働き方や生き方を求められ、様々な悩みや不安を抱えている。

本記事では、激動の時代を生き抜くヒントとして、松下幸之助の言葉から、その思考に迫る。グローバル企業パナソニックを一代で築き上げた敏腕経営者の生き方、考え方とは?

【松下幸之助(まつしたこうのすけ)】
1894年生まれ。9歳で商売の世界に入り、苦労を重ね、パナソニック(旧松下電器産業)グループを創業する。1946年、PHP研究所を創設。89年、94歳で没。

※本稿は、『THE21』2023年1月号に掲載された「松下幸之助の順境よし、逆境さらによし~道行く人もみなお客様」を一部編集したものです。

 

「おれは幸之助ファンだ」と公言する店長

筆者がかつて、書店営業の仕事をしていたときの思い出である。商談の最中、松下幸之助の話題が出た際、対面していた40過ぎの店長が「松下幸之助の大ファンだ」と大声を出した。「どんな本を読んだのですか?」という質問に、店長は笑って「違う。違う」と手を横に振って、思い出話を語ってくれた。

20代の頃、前職で飛び込み営業をしていて、地方で工場回りをしていた。厳しい仕事で玄関払いされるのがほとんどで、そんな中、松下電器のある工場を訪ねたところ、唯一、冷房の効いた応接室に通された。(これは行ける)と必死のセールスをした。担当者は黙って話を聴いてくれている。

けれども、担当者から出てきた結論は不採用だった。落胆した彼に担当者は、こう語った。

「わざわざお越しいただいて、ありがとうございました」

そして、当社がなぜ購入できないか、理由を丁寧に述べた。担当者は気の毒そうに自分を見ながら、せめてとばかり、冷たいお茶を勧めてくれて、丁重なお辞儀と共に、自分はお見送りを受けたという話だった。

時には人扱いされないような営業の日々の中、「あの工場だけは客として扱ってくれたのです。そんなの松下幸之助さんの考えが染み通っているからではないですか!」

20年前の夏のある日の一事が、一人の人間の心に思わぬ評価として残り続けているのだ。

 

万が一を想定......気遣いのレベル

松下幸之助がお客様大事を唱え、みずからも実践していた例は枚挙に暇がない。創業50周年記念の招待会があり、得意先250余名を本社に招く大切な催しがあった。『百事礼法』等の研究も怠りなく、会社最高幹部の出迎えの位置も、礼法の通り玄関にいちばん近いところと定められた。

さて、当日直前。玄関前の石段の少し上がった左側が幸之助の立つ位置であったが、何を思ったのか幸之助は、突然その石段をトントンと昇降を繰り返し、時折、お辞儀の練習をしたあと、担当責任者を呼んだ。

「きみ、お客様がこの石段を上がってこられるとき、『松下君、おめでとう』と言って頭を下げられるかもしれへんな。そのとき、階段につまずかれて、転ばれるかもしれん。万が一にもお怪我でもされたら、こりゃたいへんなことや。だからわしは、この階段の下でお迎えするわ。ええやろ」

こうした気遣いは、いつでもどこでもであった。型通りの礼儀作法の問題だけではない。大切なのは、心映えというものだ。

1949年、地方の営業所が主催する販売店の懇談会が、ある温泉地で行なわれたとき──会が無事に済み、緊張感も解けた翌朝のことである。社員の一人が風呂を浴びに行くと、そこには疲れを癒やしている幸之助の姿があった。

「おはようございます。昨晩はお疲れさまでした。お背中を流しましょうか」と尋ねた。幸之助は自然に、「それはありがとう。けれどもそこにお得意様がおられる。その方を先に......」。

湯煙を透かして見ると、ある販売店のご店主が入っている。知っている顔でもあったので、社員は幸之助の言葉に従った。すると懇談会が終わった数日後、その販売店の主人から営業所に電話が入った。

「すぐ来い」

実は、その販売店は他社の専売店で、なかなかナショナル製品を置いてくれないところだったが、小売組合の支部長をしている関係で、特別に懇談会に招いた経緯があった。

いつものような小言を言われるのか、覚悟を決めて店に入ったところ、社員は驚いた。商品がすっかりナショナルに替わっていたのだ。店長は言った。

「わしはなあ、風呂での松下さんにすっかり感激した。自分の社員に自分の背中を先に流させても当たり前なのに、自分より先にわしの背中を流させた。わしはきょうから松下幸之助を売る。わしはもう絶対にナショナルだ」

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