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『葉隠』とソクラテスの共通点とは?「無知の知」が語る一流の条件

板野博行(著述家)

『葉隠』に書かれた「無知の知」とは?

「武士道といふは、死ぬ事と見つけたり」という言葉が有名な『葉隠』。江戸中期、佐賀藩に仕えた山本常朝(つねとも)が、主君の死を機に出家し、隠遁生活のなかで、武士道精神や生きる知恵、処世術などについて語った言葉をまとめたものだ。筆録したのは元佐賀藩士の田代陣基(つらもと)。
「知性」について常朝は何を語ったのか。田代陣基を案内役として『葉隠』のエッセンスを紹介する。

※本稿は、板野博行著『眠れないほどおもしろい葉隠』(三笠書房)より一部抜粋・編集したものです。

 

本当に賢い人は、どう振る舞うのか

「無知の知」というのは、「自分が無知であるということを自覚することが真の知への第一歩であり、実は最も賢い状態である」という意で、2000年以上前の古代ギリシアの哲学者ソクラテスの基本思想だ。わが師、山本常朝先生の話のなかにも「無知の知」の大切さを説いたものはいくつも出てくる。

【少し知っていることほど、知ったかぶりしたがるものだ。未熟なことである。
よく知っていることはその素振りすら見えず、奥ゆかしいものである。】

「少し知りたる事は、知りだてをする也なり」......気をつけたいところだ。
常朝先生の最大の名言は、「武士道といふは、死ぬ事と見つけたり」で衆目の一致するところ。でも、それに匹敵する名言が次の話のなかに出てくる。その言葉を発したのは龍造寺隆信公の菩提寺として建立された宗龍寺の江南和尚だ。

【宗龍寺の江南和尚に学問仲間が面談していた折、江南和尚が「皆様物知りで結構なことです。しかし、道というものに疎いことについては、普通の人にも劣りますな」と言われたので、一鼎(いってい)が「道とは聖人賢人の道よりほかはありますまい」と言った。】

「一鼎」というのは、佐賀藩随一の碩学(せきがく)、石田一鼎師のこと。常朝先生の師にあたる方だ。この一鼎師の言葉に対して江南和尚は次のように返した。

【それに対して江南和尚は、「物知りが道に疎いことは、あたかも東に行くはずの者が西へ行くようなものである。物を知るほど、道からは遠ざかってしまうのである。詳しく言うならば、昔の聖人賢者の言行を書物で読んで覚え、話に聞いて覚えて見識が高くなると、あたかも自分が聖人賢者のようになったと思い込み、普通の人を虫けらのように見下す。これが道に疎いという所以(ゆえん)なのだ。】

「ものを知るほど道には遠ざかる也」......目からうろこが何枚も落ちる思いにかられた、これぞ超名言。江南和尚、只者ではない。話はさらに続く。

【道というのはほかでもない、自分の非を知ることである。一念一念に己の非を知り、一生その努力をやめないことを道というのだ。聖という字をヒジリと読むのは、非を知っているからである。仏は「知非便捨」(非を知ればすなわち捨てる)の四字をもって我が道を成就するとお説きになった。心の中をよくよく見てみると、1日のうちに悪心が起こることは数限りないことがわかる。自分は大丈夫だと思うことはできないはずである」と。
それを聞いた一鼎は得心した、とのことである。】

「無知の知」とは、まさにこのことをいうのだろう。一鼎師ならずとも得心せざるを得ない。先生も別のところで「自分の非を知って探求することが、取りも直さず道というものである」と述べている。

「聖という字をヒジリと読むのは、非を知っているからである」という言葉にも衝撃を受けた拙者だ。「非・知り......、ヒジリ」、なるほど。これらの言葉を発した宗龍寺の江南和尚は、ある疑いをかけられて職を辞したが、冤罪だったといわれている人物で、詳しいことは何もわかっていない。まことに残念だ。

 

武勇に関わることだけは「大高慢」であれ

しかし、常朝先生の話はここで終わりではない。江南和尚の話の最後にこうつけ足されたのだ。

【しかし、武に関わることは別筋である。大高慢で、「我は日本に並ぶ者のない勇士だ」と思わなければ武勇を顕すことは難しい。武勇を顕す気合いの持ちようというものがあるのである。】

常朝先生が最後に放った言葉は、まさに「武士道」の精神。「死狂い」や「気違い」になることが必要だと説く先生は、武勇にかけては「我こそは日本一」と大高慢になれ、という。まったくブレていない!!

 

レベルの低い「天狗」になるな

ただし、レベルが低いところで天狗になっていくことに対して、先生は手厳しい。いわゆる「小賢しい奴」など、見苦しいばかりの存在だと切り捨てている。

【何某(なにがし)はまずもって面(つら)の皮が厚く、才能がある。また切れ者なので、お役に立つところがある。しかし先日、「あなたは利発さがすべて顔に出て、奥ゆかしいところがない。ちょっと鈍いふりをして、10のうち3つ4つを内に残すことができまいか」と言ってやったが、「それはできません」とのことだった。
彼をおだててやって幕府の役人の接待役などをさせると、最後まできちんとこなす。しかしながら、殿のお側仕えや藩の政務、重要な仕事はまったく任せるわけにはいかない。誰それと同じタイプの者だ。利発さや知恵でなんでも片づけられると思い込んでいる。だが、知恵や利発さほど見苦しいものはない。
まず、人が信頼せず、打ち解けた間柄になれないものである。それにひきかえ、別の何某は、不器用には見えるけれども誠実さがあるので、十分にお役に立てる奉公人である。】

先生からこの話を伺ったとき、拙者は兼好法師が『徒然草』のなかで書いた「よき細工は、少し鈍き刀を使ふといふ」という言葉を思い出した。おっと先生は兼好法師のことは腰抜けと呼んでいたっけ。

まあ、それは措(お)いておくとして、あまり切れすぎる刀では美しい細工は作れないのと同様、知恵と利発さがありすぎることは決してよいことではない、「過ぎたるは猶(なお)及ばざるが如し」だと拙者は解していた。

しかし、その考えは浅かった。
兼好法師の言う「鈍き刀」というのは、よく切れる鋭い刃を何十年も研いで研いで研ぎ抜いた結果、刃が薄くなり、もはや役に立たなくなったものをいう。しかし、研いで研いで研ぎ抜いた刀には、なんともいえない柔らかな、吸いつくような切れ味、唯一無二の手応えが感じられるようになる。それを兼好法師は「鈍き刀」と言ったのだ。

そこに日本文化の神髄があるように、常朝先生は武士道の神髄を奥ゆかしさや鈍さに求め、反対に「智恵・利発ほどきたなきものなし」と切って捨てられたのだ。
「利発・智恵にて何事も行くものと覚えて居る也」とは、小賢しい知恵を振り回す輩に対する痛烈な批判だ。

プロフィール

板野博行(いたの・ひろゆき)

著述家

岡山朝日高校、京都大学文学部国語学国文学科卒。ハードなサラリーマン生活から、予備校講師に転身。カリスマ講師として、全国の生徒に向けての講義や参考書を執筆。著書に、『眠れないほどおもしろい源氏物語』『眠れないほどおもしろい百人一首』など多数。

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