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スタバ店頭から経営まで...転職7回で得た「中途入社マネージャーの極意」

2026年07月31日 公開

山田哲([株]タイトー前取締役会長)、聞き手:真田幸光(嘉悦大学学長)

銀行の人事からスタバの店頭まで... 波乱万丈なキャリアとそこから得たもの

40歳でスターバックスの店舗に立ち、執行役員でありながらアルバイトと同じ現場で働いた山田哲氏。転職7回の経験から見えてきた、中途入社の苦悩とは。

※本稿は、真田幸光氏とPHP研究所の共同運営サロン「経済新聞が伝えない世界情勢の深相~真田が現代の戦国絵図を読む~」より内容を一部抜粋・編集したものです。

 

様々なキャリアを経験した山田哲氏

ーーこれまでのキャリアを簡単に振り返っていただけますか?

【山田】東京銀行(現・三菱UFJ銀行)勤務時にアメリカ留学を経験。帰国後は名古屋支店で為替や資金に関する業務を担当しました。円高と円安の両方の要因を整理しお客様が判断するための材料を説明する仕事です。

名古屋で3年間勤務した後、本店の人事部へ移りました。給与制度や年俸制などの企画に携わっていた時期に三菱銀行との合併が決まり、最後の1年間は合併後の新銀行の規程や制度を作る仕事を担当しました。

三菱銀行側には同じ仕事をする担当者が3人いましたが、東京銀行側は私1人だったこともあり、そのため合併前の1年間は非常に忙しく、平均睡眠時間が2~3時間ほど。倒れて点滴を受けたこともあります。激務で二度倒れたこともあり、疲れ切ってしまい、合併の約1週間前に退職しました。

新たな転職先として外資系金融機関や事業会社の人事職を勧められることが多かったのですが、せっかく辞めたからにはそれまで経験したことのない仕事をやりたい。メーカーのマーケティングか経営企画の方向で次の仕事を探して、コカ・コーラ社のマーケティングとして果汁飲料「Qoo(クー)」の開発に携わったり、当時(2000年)としては珍しい、価格比較サイトの立ち上げに関わったりしました。

その後、スターバックスやUSJ(ユニバーサル・スタジオ・ジャパン)、ローソンなど計7回の転職を経て、アミューズメント企業・タイトーの取締役会長を務めていました。

 

現場に届かない「経営層からのお知らせ」

ーーキャリアの中で、特に印象深いエピソードはありますか?

【山田】スターバックス時代ですね。コカ・コーラでマーケティングを担当していたため、当初はマーケティング職の話もありましたが、せっかくスターバックスで働くなら店舗の商売を経験したいと考えました。

当時の社長に「時間が許す限り店舗で働かせてください」とお願いし、約9か月間エプロンを着けて現場に入りました。店長以上の社員は私が執行役員として採用されたことを知っていましたが、経営会議には1年間出ないと宣言し、アルバイトのスタッフと一緒に勤務しました。

40歳ほどで店舗に立っていたため、お客様から「大変ですね」と声をかけられ、「どこかの会社を辞めさせられて、アルバイトをしていると思われているのだろうな」と感じたこともあります。一方、店舗の仲間は肩書を気にせず、自然に接してくれました。

その後、約2年間は店舗関連の仕事を担当し、さらに約4年間事業開発に携わります。コンビニで販売する「スターバックス ディスカバリーズ」、アスクルでのコーヒー豆販売、駅や空港などへの出店の仕組みづくりなどを行いました。

店舗で働いたことで、本社が発信した方針が、現場へどれほど伝わりにくいかを理解できました。経営陣は、社内メールを出せば数日から1週間ほどで全員へ届くと思いがちです。

しかし、アルバイトのスタッフは勤務日もバラバラで、店長用のシステムを見られないことがあります。今日発信した情報が2か月後に全員へ届いていれば良いほうで、実際には届かないことも多くあります。

ーースターバックスに限った問題ではないでしょうね。

【山田】はい。本社から現場へ情報を伝える難しさを実感できたことは、大きな経験になりました。
そうしてフルタイムの転職を計7回経験し、最後にフルタイムで働いた会社が取締役会長を務めたタイトーです。

最初の事業はロシアからウォッカを輸入することで、その後ジュークボックスやピンボールマシンを取り扱い、後にビデオゲーム「スペースインベーダー」の開発にいたった企業です。

ゲーム開発だけでなく、ゲームセンターの運営も大きな事業としており、私が在籍していた時期は、売上の6~7割ほどをゲームセンターが占めていました。

再来年が「スペースインベーダー」50周年です。開発した西角友宏さんもご健在なので、何か仕掛けられるかもしれません。

 

既存社員からの信頼を得るには

ーーこれまでまったく異なる業界をいくつも勤められている山田さん。新しい業界や会社を理解するために、最初に心がけていることはありますか?

【山田】上場企業かどうかによって得られる情報の深さは違いますが、通常は秘密保持契約のもと、過去3期の財務諸表や中期経営計画などに一通り目を通します。
分からないことを隠さないことも大切です。毎週、毎月の会議に参加させてもらい、違和感を持った点を質問。外から来た人間だから気づける疑問を大切にし、メモに残すようにしています。

ーー経歴への期待が大きい中で、初歩的なことを聞くのが恥ずかしいと感じることはありませんか。

【山田】ありません。分からないものは分からないからです。

ただ、現場の同僚が必ずしも好意的に受け止めてくれるとは限りません。中途で採るのは、採用に携わった上司や株主が「社内にその仕事ができる人がいない」と感じているからですが、現場にいる社員は「自分がいるのにこの人は何をしに来たのか」と思うものです。

自分より給与の高い中途採用者への不満もあれば、「どうせ3年ほどで辞めるのだろう」という品定めもあります。

そのような中途採用者の肩身の狭さを解消するために、エグゼクティブコーチをしている知人からアドバイスされたことがあります。

それが、「社員に自分を知ってもらうため、毎週何かメッセージを発信したほうがいい」ということ。
そこで、タイトーに入ったのがラグビーワールドカップの時期だったので「One for all, All for one」の意味や、その組織論的な意味など、社員に気づきを持ってもらえる内容を発信しました。

頻度は途中から毎月になりましたが、約10年間続けました。退任直前には「ここまで中途入社者に冷たい会社は初めてだ」と書き記したことも。同じ中途採用の方から「よく分かります」という反応も寄せられました(笑)

中途採用者に対して「お手並み拝見」となるのは自然な反応ですが、基本的な情報がどこにあるかくらいは教えるべきです。せっかく外部から人を採っても、必要な情報を開示しなければ、能力を発揮できず、会社にとっても無駄になります。

 

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プロフィール

山田哲(やまだ・てつ)

㈱タイトー前取締役会長

東京都出身。1983年新卒で東京銀行(現三菱UFJ銀行)入行。マサチューセッツ工科大学経営大学院(経営学修士)、ハーバード大学ハーバード・ビジネス・スクール修了(MBA)。日本コカ・コーラ、スターバックス コーヒー ジャパンを経て、2008年フェニックスリゾート社長、12年ローソン上級執行役員、17年タイトー代表取締役社長。21年より同社会長を務めた。

真田幸光(さなだ・ゆきみつ)

嘉悦大学学長

1957年 東京都にて、戦国武将真田家の末裔として生まれる。慶應義塾大学法学卒業後、東京銀行(現三菱UFJ銀行)入行。ソウル支店主任支店長代理、ドレスナー銀行東京支店企業融資部長などを歴任。社会基盤研究所、日本格付研究所、国際通貨研究所などの客員研究員や中小企業総合事業団の中小企業国際化支援アドバイザー。2024年より愛知淑徳大学名誉教授、嘉悦大学副学長。その他、武蔵野銀行 社外取締役、多摩信用金庫 監事(員外)、カヤバ株式会社 取締役(社外)、公益財団法人 米沢上杉文化振興財団 理事を務める。大学での講義に加え、日本の将来への提言を全国での講演・BSフジ『プライムニュース』などのメディアを通じて行っている。

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