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なぜ「教養のために古典を読め」と言われる? 社会人がリベラルアーツを学ぶべき理由

2025年02月10日 公開

御立尚資(京都大学経営管理大学院特別教授)

仕事・ビジネスでも、キャリア・人生でも、何か意思決定をする際に自分なりの軸を持っている人は、周りに流されずに適切な判断をできることが多い。では、そうした「自分の判断軸」を持つためには、いったいどのようなことを学び、考え、体験したらいいのだろうか。

本連載では、ボストン コンサルティング グループの日本代表を長年務め、現在はリーダー教育にも携わっている御立尚資氏の考えをうかがっていく。

※本稿は、『THE21』2024年2月号の掲載記事より、内容を抜粋・編集したものです。

 

ルネサンス運動に見る「時代の流れ」の生まれ方

前回、時代の流れを読むためには、自分ならではの「時代認識モデル」をつくっていくことが大切と話しました。それがあると、独自の観察眼が身につき、自分自身の判断軸ができてきます。

では、どうすれば、自分ならではの時代認識モデルをつくれるのでしょうか。

まず押さえていただきたいのが、「時代の流れはどのようにして生まれるか」の理解です。

ひと言でいうと、新しい時代は、時代を動かす複数のドライバーが絡み合って生み出されます。ルネサンスを例にご説明しましょう。

ご存知の通り、ルネサンスは14~16世紀にイタリアを中心に起こり、ヨーロッパ各地に広がった文芸復興運動のことです。キリスト教が中心となった文化を見直し、1000年前のギリシア・ローマ時代の人間中心の思想や文化を復興しようという動きが高まりました。

例えば彫刻なら、紀元前のギリシア・ローマ時代の作品には、ミロのヴィーナスやラオコーンのように非常に精巧なものが見られました。しかしその後、ルネサンスまでの1000年にわたる中世期の作品は人間らしい表情がなく、遠近感もないものに取って代わられました。

その背景には、「偶像は避けるべき」「人間の感情や裸体は人前でさらすものではない」というキリスト教の教えがありました。これに対し、再び自由にリアルな彫刻を復刻しようという機運が高まりました。

そうして生まれたのがミケランジェロのダビデやピエタです。フィレンツェのアカデミア美術館やバチカン市国のサン・ピエトロ大聖堂でその精巧さに感嘆した人もいるでしょう。

同様にルネサンスは、他の分野でも大きな変革をもたらしました。

建築はロマネスク・ゴシック建築からルネサンス建築が主流になりましたし、音楽もグレゴリオ聖歌のような単旋律を歌うものから、複数の独立したパートからなるポリフォニーが出てきました。レオナルド・ダ・ヴィンチのように、芸術だけでなく、軍事から土木までなんでもこなす大天才も誕生しました。

ところで、なぜルネサンスが起こったのでしょうか。その理由は、複数のドライバーがタイミング良く絡み合ったからです。

 

時代を動かすドライバーを理解すれば近未来が読める

ルネサンス運動はなぜ起こったか

当時の背景からおさらいすると、第一に「遠距離交通と貿易による富の創造」がありました。航海技術が発達し、遠距離交通が可能になったことで、貿易が盛んになりました。

それによって、イタリアではベネチアやジェノバなどの都市国家で東方貿易をした人が大儲けをしましたが、実は利潤を最も蓄積したのは貿易業者ではありません。船が沈むリスクを背負った貿易業にお金を投資・融資したり、通貨を両替したりする業務を請け負っていた金融業です。その代表が、フィレンツェのメディチ家でした。富の蓄積が、文化、学問、芸術へのパトロンの存在を生み、ルネサンスを可能にする要因となりました。

第二の背景は、「イタリアの国内政治の不安定さ」です。

当時のイタリアはミラノやベネチア、フィレンツェ、ナポリなどの都市国家とローマ教皇領に分かれていました。経済的にはうまくやっていましたが、軍事的には弱小だったため、フランスをはじめとした専制君主の周辺諸国から脅かされることも少なくありませんでした。

中でもひどいのが、14世紀のアヴィニョン虜囚。「気に入らないから」とフランス王がローマ教皇を拉致し、70年近くに渡ってアヴィニョンに幽閉したという事件です。

お金はあるけれども、地政学的に不安がある。今の日本に似た状態ですね。この社会にまん延する不安感、閉塞感が、そこからの脱却につながるルネサンス運動のエネルギーになりました。

さらに、「パンデミック」も、重要な背景となりました。

遠距離交通に加え、モンゴル軍のヨーロッパ来襲があり、パンデミックをもたらす感染症も猛スピードで拡がりました。そうして14世紀からヨーロッパで大流行したのがペストでした。中には人口の3分の1が亡くなった地域も。政治的に不安なときに、家族や友人がバタバタと死んでいく。「生きること、そして人間的な営みや感情を大事にしたい」というルネサンス的な社会思潮が強まるのは自然なことでしょう。

これらの背景が存在する中、ルネサンスの大きな引き金となったのは、「東方世界の大変動」です。

14世紀、東ローマ帝国(ビザンチン帝国)が、勃興したオスマン帝国に攻められ、ローマ帝国に起源を持つ西のフィレンツェやベネチアに助けを求めるようになりました。

もともとは東のギリシア正教と西のローマカトリックが分裂して仲が悪かったのですが、背に腹は代えられないということだったのでしょう。その際に持ち込まれたのが、ビザンチンとイスラム世界で醸成されたギリシア由来の哲学や天文学、数学などです。

それらの文献を芸術家や建築家たちが学ぶことで古代を見直す風潮が生まれ、起こった復興運動がルネサンスというわけです。

前出のメディチ家は豊富な財力を持つパトロンとして、ギリシアの知を学ぶアカデミア・プラトニカという学校を作ったり、芸術家や建築家たちを支援したりしました。こうして現代にも影響を与え続ける芸術や文化が数多く生まれたのです。

以上の話から、ルネサンスは、経済の発展や地政学的な変化、パンデミック、情報流の変化といった時代を動かすドライバーが絡み合って起こったことがわかるでしょう。

とはいっても、当然ながら「ルネサンス」というのは、19世紀の歴史家が名づけ、定義した概念です。要は後付けの分析であり、同時代にこのような時代を生む構造、すなわち複数のドライバーを把握できていたわけではありません。

しかし面白いことに、歴史家が用いたこの分析方法は、現在がどんな時代かを認識し、近未来に何が起こるかというシナリオを描くことにも応用できます。時代を動かす複数のドライバーを巨視的に見て、それらが組み合わさったら何が起こるのかを統合的に考えれば、未来の姿を一定の蓋然性を持って描くことが可能となります。

そして、時代を動かすドライバーを知り、統合的に考えていくために役立つのが、リベラルアーツです。

 

「教養のために古典を読め」と言われる本当の意味

自由に生きるための技術

リベラルアーツとひと口に言っても、人によってその意味するところは様々です。私の捉え方は、以下のようなものです。

そもそも本来のリベラルアーツの意味は、「自由に(=リベラル)生きるための技術(=アーツ)」のことです。中世ヨーロッパの"自由7科"(Seven LiberalArts)が発祥となっていて、今もアメリカのハーバード大学やイェール大学、その他のリベラルアーツカレッジでその考え方が踏襲されています。

自由7科は、3科目の「トリビウム」と4科目の「クオドリウム」に大きく分かれます。

トリビウムとは、文法、修辞学、論理学(Grammar, Rhetoric,Logic)の3つです。これらを学ぶ狙いは、物事を自分の頭で考え、取りまとめて1つの形に再構築できる「統合化能力」と、それを周りの人に伝えて人を動かすことができる「コミュニケーション力」を身につけることです。

時代の流れを認識するためには、そうした基本的な能力を持ったうえで、様々な分野で時代を動かすドライバーとなりうる事象を理解するための知識を学ぶことが必要になります。

それがクオドリウム。算術(Arithmetic )、天文学(Astronomy)、幾何学(Geometry)、音楽(Theory of music) の4つです。この4つに共通するのは、すべて数学の理論であること。中世においては「神様が創造されたものには、数学的なモデルが隠されている」という考え方がありました。

数学の勉強をすると、物事をモデル化して考える思考能力がつき、その他の分野のことでも、数式で表されるようなモデルを通じて体系的に理解できるようになるはずだ、という考えです。その延長で、様々な領域で用いられるモデル化・構造化の基本を身につけるのが、クオドリウムの本質です。

中世から近世にかけて、これらの自由7科については、プラトンやアリストテレスの古典を教科書に勉強していました。

現代でも「教養を身につけるためには古典を読みなさい」と言われるのは、このような背景があるからです。要は、古典を読む意義とは、自分の力で様々な世界のモデルを認識し、それらを自分の頭で統合して、他の人に伝えて動かすことができる能力をつけられる、ということが重要なのであって、万巻の古典を読むこと自体は目的ではないのです。

 

現代のトリビウムを学ぶためには

それでは、リベラルアーツを身につけるにはどうすればよいでしょうか。自由7科でいうトリビウムとクオドリウムの2つを学ぶことが必要ですが、自由7科の学問をそのまま学ぶのではなく、現代に合わせた形で身につけることをお勧めします。

まず、現代的トリビウムの本質は、論理的統合力とコミュニケーション能力だと考えましょう。論理的統合力の基本は、ロジカルシンキングやクリティカルシンキングです。情緒や他者の感情への想像力を駆使して話される日本語を母語とする我々は、意識的に論理を構築し、統合する力を身につける必要があります。

コミュニケーション能力については、大人数の前でスピーチできる能力も重要ですが、自分の考えを一方的に伝えるだけでは良いコミュニケーションにはなりません。相手の言っていることを聞いて相手に影響を与えるアクティブリスニングや、自分の意見を押しつけずにチームを導いていくファシリテーションが重要な領域です。

これらの領域について知識を獲得し、さらにその知識を活用できるようになるには、どうすれば良いか。詳細は拙著『使う力』(PHPビジネス新書)をご参照いただきたいのですが、ここではまずスタートするための基本書籍をご紹介します。

例えば、論理的統合力であれば、バーバラ・ミント氏の『考える技術・書く技術』(ダイヤモンド社)や、木下是雄氏の『理科系の作文技術』(中公新書)などは、大変優れた教科書です。

論理的統合力に関しては、英語の読み書きを学ぶことでも鍛えられます。日本語と違って、英語は論理的に書けないと意味が通じないからです。きちんと書けるようになると、多くの人に伝える能力が身につきます。

クリティカルシンキングを英語で学ぶ、といったことをすれば、一石二鳥です。

英語の読み書きを身につけるなら、昔の大学受験で勉強したような英文法と英作文をしっかりやり直すことも早道です。実際、私自身も、ボストンコンサルティンググループのグローバル経営会議メンバーとして、最初のうちは受験勉強の延長にある読み書きの能力で勝負していました。日本の英語教育は、こと読み書きに関しては馬鹿にしたものではありません。

コミュニケーション能力の入り口を学ぶ書籍としては、東山紘之氏の『プロカウンセラーの聞く技術』(創元社)と、平田オリザ氏の『わかりあえないことから コミュニケーション能力とは何か』(講談社現代新書)の2冊を挙げておきたいと思います。

 

現代のクオドリウムは人によって異なる

クオドリウム

一方、クオドリウムに関しては、世の中の大きな流れを作り出すドライバーを抽出し、その分野の基本的な「モデル」を使って対話や思考ができるようになることが目標です。

現在と近未来の世界を作るドライバーというとあまりにも壮大で、どうして良いかわからなくなる方もいらっしゃると思います。そんなときには、まずスタートポイントとして、自分が働いている業界やその周辺領域を動かす流れを読むうえで、自分に足りないと感じている領域の基礎を学ぶのがベストです。

例えば私が経営コンサルタントになったとき、経済学や経営学などの分野はある程度理解していました。しかし、地政学やゲーム理論に関する知識が足りないと感じ、途中からそれらの勉強をし始めました。

さらに近年は、分子生物学の基礎を学ぶようになりました。分子生物学がわからないと、ライフサイエンス全体の方向性が見えず、人口の増加と高齢化が進むことで人間と社会がどう変わるかというのが理解できないからです。

また、認知科学も学びました。認知科学がわからないと、データサイエンスやAIが理解できないからです。

ただ、皆さんが私と同じ分野を学ぶ必要はありません。経済学が足りないと思うなら経済学を学べばよいですし、人によっては倫理学や農学、ロボット工学を学べばよいでしょう。

いずれにしても重要なのは、その分野についてものすごく精通する必要はない、ということです。「この分野はこのような大きなモデルで考えられている」ということがわかれば、その専門家にいい質問をすることが可能になります。複数の分野の専門家と働けるプロジェクト・マネージャーのイメージです。

例えば経済学には、経済成長に関するマクロモデルがいくつかあります。民間の消費支出や企業の設備投資、政府の支出などが、GDP(国内総生産)の増減に影響してくるというモデルですね。

また、ミクロ経済では、需要と供給の曲線で価格の均衡点が決まるというモデルがあります。

国際政治学に関しては、「それぞれの政治プレーヤーが、国同士の力関係と自国内の政治状況を背景にして自国の利益を追求した合理的な判断をした結果、紛争などが起こる」というモデルが使われています。

どの分野でも「何によって動いているのか」というモデルがあるものです。これらのモデルを適切に使い、複数領域のモデルを組み合わせることで現状分析ができ、今後のシナリオをつくれるようになるのです。

 

各分野のモデルの理解には大学の教科書が最適

モデルを学ぶうえでお勧めしたいのは、大学1、2年で学ぶ教養課程の教科書を読むことです。大学の教養課程の教科書の中でも名著とされる本は、学問分野の基本知識とモデルをきちんと学ぶことができます。

例えば生命科学なら、東京大学生命科学教科書編集委員会が編集している『理系総合のための生命科学』を読めば、ひと通りの知識が身につくでしょう。これらの基本図書を3、4冊読むことが、知識を得てモデルを使えるようになる早道だと思っています。

以上が自分ならではの「時代認識モデル」をつくる基本的な考え方です。

次回からは、私自身の時代認識モデルの構成要素とその統合について、お話ししてみたいと思います。

(次回に続く)

 

【御立尚資(みたち・たかし)】
京都大学経営管理大学院特別教授。京都大学文学部米文学科卒。ハーバード大学で経営学修士(MBA with High Distinction, Baker Scholar)を取得。日本航空㈱を経て、ボストン コンサルティング グループ(BCG)に入社。日本代表(2005~15年)、BCGグローバル経営会議メンバー(06~13年)、経済同友会副代表幹事(13~16年)などを歴任。著書に『経営思考の「補助線」』(日本経済新聞出版)、『使う力』(PHPビジネス新書)、『「ミライの兆し」の見つけ方』(日経BP)などがある。

 

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