
優秀なプレイヤーほど、リーダーになると「任せられない病」に陥りやすい――。日本電気株式会社(NEC)で1000人規模のプロジェクトを何度も率いてきた五十嵐剛氏は、そんなリーダーの"任せることへの苦手意識"を取っ払うためには、「任せる技術」だけではなく、メンバーを信じ抜く「任せる勇気」が必要だと語る。本連載では、『任せる勇気』(三笠書房)から、メンバーとの信頼関係を築くにあたって、大切にするべきリーダーの習慣を紹介する。
※本稿は、五十嵐剛著『任せる勇気』(三笠書房)より一部抜粋・編集したものです。
私はこれまで、たくさんの責任ある立場の方々と接してきました。その中で強く感じるのは、多くのリーダーが「メンバーと話しにくい」という抵抗感を抱いていることです。
ひと昔前まで、「話しかけにくい」「本音を話せない」といった不満を訴えるのは、もっぱらメンバーのほうでした。しかし、今ではリーダーですら、メンバーとの会話に消極的になり、無意識に距離を置いてしまっているのです。
なぜ、リーダーたちはメンバーとの対話を避けるようになったのでしょうか。もちろん、昨今の「○○ハラ」への過敏さから、余計なひと言でトラブルになりたくないという不安もあるでしょう。しかし、多くの場合、その根っこにあるのは「弱みを見せることへの恐れ」です。
「リーダーなのに、こんなことも知らないのか」
「リーダーも、大したことないな」
このように評価されることを恐れ、対話を避けてしまっているのです。
人は誰しも、自分の弱みや欠点を指摘されることを嫌います。特に責任ある立場にいる人ほど、自分の弱みを見せたがりません。
何かができないこと。
何かを知らないこと。
失敗したこと。
それらを隠そうと、会話の中でつい「知ったかぶり」をしてしまう。
この小さな自己防衛は、誰もが一度はやったことがあるでしょう。
ですが、考えてみてください。
100点満点の完璧人間など、この世に存在しません。森羅万象、世界のすべてを知ることなど誰にもできませんし、失敗した経験がない人など存在しません。こんな当たり前の事実に目を瞑り、完璧な自分を見せようとする姿は、まるで中身のない「ハリボテ」です。
リーダーを常に観察しているメンバーは、そのハリボテを見抜きます。虚勢を張るリーダーを、尊敬できるでしょうか。
思い切って、弱点を見せていきましょう。弱みはあって当たり前です。隠しても仕方がありません。むしろ、弱みをさらけ出す勇気こそが、リーダーの信頼を生むのです。
例えば、新しいプロジェクトのキックオフミーティングでのこと。
「実は、この分野については私も経験が浅いんだ。だから、みんなの知恵やアイデアを借りたい。何か提案したいことがあれば、遠慮なく私に言ってほしい」
リーダーがこのように言うことができれば、メンバーは「ありのままの自分でいていいんだ」と安心できます。肩の力が抜け、自由に発言しやすくなるのです。
さらに、リーダーが素直に助けを求める姿勢を見せることで、メンバー同士も弱みを見せることができ、「助けてほしい」と声を上げられるようになります。弱みを共有する空気は、チーム全体に広がっていくのです。
一方、弱みを決して見せないリーダーのもとではどうなるでしょうか。
「このプロジェクトは、俺が昔やっていた仕事と似ている。だから、俺の言う通りにやれば絶対に成功する」
そう豪語するリーダーの下では、メンバーが内心「このやり方では厳しい」と感じていても、口を閉ざしてしまいます。結果、チームの健全な成長は阻害され、プロジェクトは失敗に終わるでしょう。
リーダーの「弱みを隠す習慣」は、チーム内のコミュニケーションを停滞させ、問題を水面下に隠してしまうのです。
そして、もっと言えば、メンバーはリーダーに「完璧さ」なんて求めていません。私がNECで働いていた頃、2人の素晴らしいリーダーに出会いました。どちらも尊敬している人ですが、そのリーダー像は正反対でした。
A主任は、完璧な「正解」をくれる人でした。
仕事に対しては誰よりも厳しく、妥協を許さない。そして、メンバーからの質問や相談には、常に筋道立った100点満点の答えを返してくれる、まさに「できるリーダー」の象徴です。
あるとき、私が仕事のトラブルについて何気なく愚痴をこぼすと、A主任は真剣に話を聞いてくれた上で、「こうするべきだよ」と解決策を教えてくれました。
私はその通りに実行し、見事に問題は解決しました。もちろん、A主任には感謝しましたが、心には不思議な空虚感が残ったのです。それは、達成感とは程遠いものでした。
一方、B主任は「正解」をくれない人でした。
いつものほほんとしていて、頼りない印象すらあるリーダーです。厳しい人ではなく、いつでも話しかけやすいので、私は何かあるたびにB主任に相談していました。
すると、毎度のようにこう返してくれたのです。
「そうだよねえ。難しいよねえ」
「その気持ち、めっちゃわかる。あなたがいいと思うようにやってみたら?」
彼は、何の解決策も、アドバイスもくれませんでした。親身になって話を聞いて、私の気持ちに寄り添ってくれるだけでした。しかし、その共感こそが、当時の私にとって一番欲しかった「答え」でした。
B主任は、私の「決定権」を奪うことなく、ただ私の心を支えてくれた。
だからこそ、私は自ら考え、行動することができた。その経験は、何物にも代えがたい成長の糧となりました。
リーダーは「模範解答集」を常に持っておく必要はありません。
時と場合にもよりますが、メンバーが本当に求めているのは、すぐに答えをくれる完璧な「神様」のようなリーダーではなく、自分の葛藤に耳を傾け、一緒に悩んでくれる不完全な「人間」としてのリーダーなのです。
弱点を知られることを恐れて、完璧な自分を演じるのはやめましょう。よほど信頼関係が壊れていない限り、あなたが弱みを見せたとしても、メンバーが批判したり、軽蔑したりすることはありません。むしろ「この人も人間なんだ」と安心し、自分の弱さを打ち明けやすくなります。
「弱みを見せたら、尊敬されなくなる」
「リーダーは背中で語れるような、かっこいい存在でなければいけない」
そんなのは、ただの自己満足です。メンバーはあなたが完璧ではないことを、とっくの昔に知っています。
「弱みを見せる習慣」は、リーダーとメンバーの架け橋になります。リーダーが完璧主義を手放した瞬間、「お互いに助け合える」というフラットで風通しのいい関係性が自然と生まれていくのです。
更新:12月08日 00:05