「仕事のノルマは変わらないのに、休みを増やすなんてとうてい無理」と最初から決めつけていないだろうか。しかし、リーダーの考え方とやり方一つで、必ずチームは生まれ変わる。メンバー1000人を超えるプロジェクトのリーダーを務め、「メンバーと対話を始めることから改革をスタートした」と語る五十嵐剛氏に話を聞いた。(取材・構成:川端隆人)
※本稿は、『THE21』2025年3月号特集[休みたいのに休めないリーダーを救う「休養術」]より、内容を一部抜粋・再編集したものです。
部下を休ませる以前に、そもそも自分が休めていない、というプレイング・マネジャーの方は多いはずです。
私自身、突発性難聴の症状が出ているのに「プロジェクトがこの状況なのに、病院に行くわけには」と働き続けたことがありますから、気持ちはよくわかります。ちなみにこのときは「すぐに病院に行かなきゃだめだ」「とにかく身体が一番大事。休みなさい」と上司が強く言ってくれました。仕事が大変な状況で「休め」と言ってくれる上司は本当にありがたいもので、「一生ついていけるな」と思ったのを覚えています。
こうした経験もあり、50歳を過ぎた頃に気づいたのが、「自分が休まないと、部下も休めない」ということ。メンバーを休ませるためには、リーダーはぜひとも休まなければいけない。いつまでも「自分が頑張れば頑張るほど、成果が上がる」という気持ちで働くのではなく、どこかで考え方を転換する必要があります。
私の場合は、大規模プロジェクトに関わることができたのが幸いでした。「1000人が関わっているのに、自分一人が頑張ったところで大したことはできない」と気づきやすい環境にあったのです。
上司が忙しすぎることの弊害のもう一つは、部下とのコミュニケーションがうまくいかなくなること。「上司があまりにも忙しそうなので、声をかけにくい」という話はよく聞きます。
朝から晩まで会議が入っていて、昼休み中も会議で潰れている様子を見ると、「私の相談なんかで時間を取っちゃいけないんじゃないか」と部下は思ってしまうものです。どうしても相談したいときには、あらかじめお伺いを立てて、スケジュールを調整して、といった手間が発生してしまいます。
前述のように、業務の改善のためにはリーダーがメンバーの話を聞くことが欠かせません。上司が忙しすぎると、部下は言いたいことがあっても「やめておこう」と思ってしまいやすいのです。
対策としては、メンバーがリーダーに声をかけられる時間をあらかじめ決めておくことです。毎朝のミーティングも、その機会の一つになります。それに加えて、メンバーが個別に相談できる時間として、「毎日、◯時から30分は席にいるようにするから、いつでも声をかけてもらってかまわない」とメンバーに伝えておきましょう。
わざわざ時間を調整しなくても、上司に話す機会が確保されているというだけで、メンバーは安心感をもって働くことができますし、コミュニケーションが円滑になります。忙しい中で時間をやりくりするのは大変だと思いますが、メンバーが相談できる時間を確保するのは、リーダーの務めです。
私が入社したばかりの時代には、課長ともなると、毎朝出社してきてしばらくは窓際の席に座って、お茶を飲みながら新聞を読んでいる、というのが普通でしたから、いつでも声をかけることができました。もちろん、現代のリーダーは忙しくてそんなわけにはいきません。ただ、毎日決まった時間、30分でも15分でも席に座って、その間はいつでも声をかけてくれてかまわないと宣言することは可能ですし、必要なことでもあります。
NEC時代、管理職のスケジュールは全社に共有されていて、誰でも見られるようになっていました。事業部長クラスでも、中には朝から晩までずっと会議の人もいます。それを見て、正直なところ私は「これでリーダーとしての仕事ができるのかな?」と思っていました。
というのも、自分が課長になったばかりの頃、部長から言われたことが心に残っていたからです。1日中現場を走り回って、懸命に仕事をしていたつもりだった私に、部長はこう言いました。「五十嵐さんは管理職になったんだよ。現場ばっかり走り回っていないで、少し机に向かって考えたらどうかね」。チームの運営、メンバーのキャリアアップをどう支援するか、といったことに頭を使うのが管理職の仕事だろう、と言うのです。
この言葉はショックでした。自分では一生懸命に仕事をしているつもりだったけれど、実はリーダーとして本当にやるべきことができていなかったと感じたのです。
リーダーが1日中忙しく動き回らなければいけないような状況は、チームの生産性にとって良くないし、部下は安心して働けません。もちろん、そんな状況ではきちんと休めるチームを実現することもできないでしょう。
では、どうしてリーダーが走り回らなければいけないのでしょうか。
一つには、権限委譲ができていないから。リーダーが仕事を抱え込んでしまっているからです。
例えば、スケジュールに入っている大量の会議。本当にすべて、出る必要のある会議でしょうか。会議の中には、部下に任せて、結論を報告してもらって承認する、というやり方でいいものもあるはずです。
あるいは、「◯◯万円までの予算はあなたに任せるから、好きにやっていいよ」と任せられれば、やる気を出すメンバーは少なくないはずです。なんでもチェックしようとするのではなく、信じて任せるのです。最初は不安を感じるかもしれませんが、そこは腹をくくるしかありません。
「責任は自分が取るから」とカッコつけて言ってしまうのもお勧めです。たとえ「失敗しても俺のせいじゃないぞ」とみっともないことを言ったとしても、どうせ結果の責任は取らなければいけないのですから(笑)。
リーダーが過大な負担から解放されて、本来の仕事をできるようになるために、ぜひともお勧めしたいのが、直接指示をするメンバーの数を限定することです。
私は「自分が直接、面倒を見る部下は7人まで」を目安にしていました。聖徳太子は8人の話を同時に聞くことができたといいます。聖徳太子でさえ、8人です。自分が直接対応できるメンバーの人数としては、7人程度が限界、というのは、私が試行錯誤の中で出した結論でした。
もちろん、プロジェクトや組織の規模によって、マネジメントをしなければいけない人数がもっと多くなることはあるでしょう。その場合は、組織をピラミッド型にします。自分が直接指示するサブリーダーを7人以下にして、サブリーダーの下にもそれぞれ7人以下のメンバーがぶら下がるかたちにするのです。人数が多くなったら、ピラミッドの段階を増やしていけばいいわけです。
「目先の仕事であっぷあっぷしているのに、そんな面倒なことを考えられない」と思うかもしれません。けれども、リーダーの負担を減らして時間をつくる、そのための組織のかたちを目指す、と考えることがまずは大事。それが「休める組織」づくりにつながります。
権限委譲や組織づくりに加えて、そもそもの仕事量を減らすことはもちろん必要です。これは難しい問題で、「そんなの無理だ」と感じている方もいるでしょう。
現代は変化の激しい、厳しい時代だとよく言われます。たしかに、世の中がどんどん変わっていくのは大変なことですが、見方を変えれば、今現在の厳しい状況も変わりうる、変えることができるということでもあります。だったらダメ元でやってみたらいいじゃないか、と私は思っています。
以前、ある中央官庁のプロジェクトを担当したときのこと。クライアントからの要求で、毎日19時から会議をすることになっていました。だいたい23時、場合によっては日付が変わるまで結論も出ない会議につきあわされた挙げ句、「明日の朝までに資料を作り直して持ってきて」と言われます。徹夜で資料を作って、翌日はまた朝9時から会議です。
当然、昼間は意識が朦朧とした状態ですし、メンバーにろくに指示も出せない。何百人もいるメンバーたちは手持ち無沙汰で遊んでいる状態でした。上司になんとかしてくれと言っても、「お客さんとの約束だから」と言われるだけです。
たまりかねた私は、会議でクライアントに言いました。「こんな不毛な会議はやめましょう。何も話が進まないし、我々はメンバーに指示も出せない。これではプロジェクトは進みません。せめて2日に1回にしてください。あなた方も疲れるでしょう」と。
驚いたことに、先方の答えは「たしかに、そうだな」でした。すぐに会議は2日に1度になり、3日に1度になり、やがて週1回になりました。会議を減らしたほうが生産性が上がることに、クライアントも気づいてくれたのです。
この経験で学んだのは、諦めずに言ってみることは大事だということ。変えられない状況はありません。
そして、状況を変えるために、より多くのことができるのはリーダーです。
今の若いビジネスパーソンは、リーダーになりたがらない人が増えていると言われます。「仕事が増えて責任が重くなるだけじゃないか」というわけです。しかし、自分のやりたいことをやろうと思ったら、立場は上のほうがいいのは当然です。
例えば、リーダーになれば「この仕事は捨てる」という判断もしやすくなります。大きな組織になるほど、あるいは伝統のある会社ほど、単なる習慣で無駄な作業をしていることは多いものです。最近はさすがに改められつつありますが、「リモートワークなのに、ハンコを押すために出社」などはわかりやすい例でしょう。
こうした無駄は前述のようにチームで話し合うことによって改善策が出てくるものですが、「やめよう」という判断ができるのはリーダーだからこそです。
また、チームの仕事の「棚卸し」を促すのもリーダーの役目です。チームの業務をすべてリストアップしたうえで、「本当にこれが必要な作業なのか」をみんなで検討するのです。「実は前の上司がやっていたことを踏襲していただけ」といった業務もけっこう見つかるものです。
仕事を減らすためには、業務のプライオリティーづけ、やや語弊のある表現を使えば「許される手抜き」がありえるのではないか、と検討する視点も必要です。
海外メーカーが台頭してきた頃、「バグは潜在的にあり利用者の責任で使用する」という姿勢に、私は「バグのある製品を売るなんて」と信じられない思いで見ていました。バグ0を目指すのが正しい、と本気で思っていたのです。
もちろん、現在では製品にバグはあるもの、事後的に対処すればいい、というのが当たり前になっています。どんな業種であっても、完璧な仕事を目指すのではなく、目をつぶってもいい部分については手を抜く、という考え方をするだけで、仕事は減らせるはずです。
いかにみんなが休めるようにするか、というのは難しい問題です。とはいえ、リーダーだから正しい解決策を考えなければいけない、正しい指示をしなければいけない、と気負うことはありません。
それよりも、「どうしたらいいか、みんなの知恵を出してください」とお願いして、話し合いの場を設けるのがリーダーの役目です。メンバーも、指示されるよりは言いたいことを言って、自分がやりたいと言ったことをやらせてもらえるほうが楽しいし、力を発揮できます。
部下を指導しなければ、という考え方も、そろそろ改めるべきでしょう。
私が仕事をしてきたIT業界では、かつての汎用機の時代には、経験豊富な先輩たちでなければわからないことがたくさんありました。その後、ITの世界はオープン化して、若い人のほうが優秀なのも当たり前になりました。
現代は先のことがわからず、かつ価値観の多様化の時代ですから、どんな業界でも「若い人のほうがよほど賢い」と考えていいのです。どんどん言いたいことを言ってもらって、実行してもらいましょう。 もちろん、それでもリーダーの責任が重いことに変わりはありません。では、責任が重いとはどういう意味でしょうか。
いいリーダーなら、メンバーは幸せになります。悪いリーダーについてしまうと、メンバーはもちろん、メンバーの家族までも不幸になってしまいます。それだけの影響力を持っているのがリーダーの仕事なのです。
ただでさえ忙しい中で、さらにチームの環境を良くするために頑張るなんて無理だ、と思うこともあるかもしれません。上司やクライアントに意見する勇気が湧いてこないこともあるでしょう。
そんなときには、メンバーのことを考えてください。自分のためだと思うと言えないことでも、メンバーとその家族のためだと思うと、不思議と言うべきことを言えてしまったりするものですから。
更新:02月19日 00:05