2025年02月13日 公開
8年前に中原氏が上梓した『フィードバック入門』は、「部下に厳しいことが言えない」という悩みを持つ上司に効果的なフィードバックの方法を伝え、ロングセラーとなっている。しかし、今、中原氏は「ポジティブフィードバックが足りていない」と新たな問題意識を持っているという。ポジティブフィードバックとは、どういうものなのか? 中原氏に聞いた。
(取材・構成:杉山直隆)
※本稿は、『THE21』2025年2月号の内容を一部抜粋・再編集したものです。
日本のマネジャーの大半は、ポジティブフィードバックが足りていない。これでは部下は育たない──。
『フィードバック入門』を上梓してから8年、様々な企業のマネジャーにその手法を伝える中で、そんな思いを強く抱くようになりました。
そもそもフィードバックとは何か。
受ける側の視点で定義すると、大きく二つの要素があります。一つは「今、自分がどういう状態なのかを、他人の眼と言葉を通じて知ること」。もう一つは「その情報をもとに、自分の行動を補正すること」です。
一方、フィードバックする側の視点から定義すると、「相手がどういう状態なのかを、自分の眼と言葉で伝えること」「そうすることで、相手に行動を補正してもらうこと」と言えます。
ビジネスパーソンにとって、フィードバックは成長に欠かせないものです。なぜなら、フィードバックを受けないと、「今、自分がどういう状態なのか」がわからないからです。
私はよく、フィードバックを「鏡」にたとえます。自分の身だしなみは鏡がなければチェックできないように、ビジネスにおいても、「鏡」がなければ自分の本当の姿は見えてきません。
お客様との商談やプレゼンで適切な行動をとれているのか。チームで働いているとき、自分の役割を果たせているのか。そんな自己認識、つまり自分の強みや弱みの正確な把握ができていないと、何を改善し、何を磨けばいいのかがわからないので、成長が止まってしまいます。
成長するためには、誰かに「鏡」の役目を果たしてもらい、フィードバックを受けることが不可欠なのです。
フィードバックが必要なのは若手だけではなく、中堅・ベテランも同様です。年齢が上がるにつれて周囲からのフィードバックが少なくなることで、自分がわからなくなり、パフォーマンスの低下につながるケースは少なくありません。
最近の若手はフィードバックの重要性を認識していて、自分から「今の自分の立ち位置や全体像を教えてほしい」とフィードバックを求めてくる人もいます。
25年前、私が教員になった頃は、「つべこべ言わずやれ」という教育スタイルが企業でも一般的だったと思いますが、今の若手にそれは通用しません。丁寧なフィードバックが求められています。
ところが、それほど大切なフィードバックなのに、しっかりできているマネジャーは少ない。そのことに気づいて、私は『フィードバック入門』を書きました。背景にあったのは、ハラスメントの意識の高まりです。少し厳しい指摘をすると、部下から「パワハラだ」「モラハラだ」と言われてしまう。それを恐れて、マネジャーは指摘しなければならないことまで言えなくなっていたのです。この状況は今も変わりませんが――。
そこで、「ハラスメントにならないフィードバックの仕方をお伝えできれば」と、9年前に『THE21』で連載をスタート。それを大幅に加筆・修正して、8年前に『フィードバック入門』を上梓しました。
すると多くのマネジャーに読んでいただくことができ、この本をきっかけに様々な企業でフィードバック研修をするようになりました。
ただ、研修などを通じて上手くフィードバックができるようになるマネジャーがいる一方で、上手くできないマネジャーたちもいました。そうした人たちと接する中で、本を書いた時点では気づかなかったことが見えてきました。
それは、ネガティブフィードバックはできるようになっても、ポジティブフィードバックができないマネジャーが少なくないことです。
ネガティブフィードバックとは、耳の痛いことを伝えて部下や職場を立て直すこと。仕事において、マイナス5やマイナス4ぐらいの状態を、マイナス3、さらにはゼロまで持っていくことです。
それに対し、ポジティブフィードバックは、部下一人ひとりの成功体験や強みを把握し、そこを褒めることで、成長を促していくこと。ゼロやプラス1の状態の人を、プラス4、プラス5にまで伸ばしていくことです。
本来、フィードバックにはネガティブもポジティブもなく、見たままのことを伝えるアプローチなので、『フィードバック入門』では、特にネガティブとポジティブで区別していませんでした。しかし、「フィードバック=ネガティブフィードバック」と勘違いして理解されていることが増えてきており、区別して語ることが重要と考えるようになったのです。
ポジティブフィードバックができないマネジャーが多い理由の一つに、褒められて育てられていないことがあるでしょう。今の40~50代には、褒めるどころか怒鳴りまくるようなスパルタ上司に育てられてきた人がたくさんいます。自分がしてもらったことがないことを、人にするのは難しいものです。
また、「今まで褒めていなかったのに、急に褒めるなんて気恥ずかしい」と抵抗感を持つ人も少なくないようです。
しかし、チームをマネジメントするうえでも、部下を育てるうえでも、ポジティブフィードバックは欠くことができません。具体的には次の三つの効果があります。
一つ目は、部下の仕事の満足度やモチベーションが高まることです。仕事の成果や頑張ったプロセスを的確に褒められれば、成長を実感でき、さらに難しい目標に挑戦しようという意欲が湧いてきます。それがまた成果につながれば、いい成長サイクルに入っていきます。
また、自分の得意なことや強みがわかれば、どんなキャリアを歩んでいくと良いかが見えやすくなります。そうなれば、仕事にも身が入ることでしょう。
二つ目は「信頼の貯金」が貯まっていくことです。上司がポジティブフィードバックをしていると、上司と部下の関係性が良くなり、信頼度も上がっていきます。すると、ネガティブなフィードバックをしたときに聞き入れてもらいやすくなるのです。
三つ目は、優秀な部下の離職を防げることです。特に25~30歳くらいの若手社員は「第一モヤモヤ期」に入る時期で、「この会社にいていいのだろうか」「ここにいて私の強みは伸びていくのだろうか」といった不安を抱きやすくなります。
しかも、優秀な人ほどモヤモヤ期に入りやすく、「成長が止まっている」と感じると流出してしまいやすいのです。そうなる前に、ポジティブなフィードバックをきちんとしておけば、「この会社にいれば成長できる」と感じ、離職を防げる可能性が上がります。
「ポジティブフィードバックの大切さはわかったけれども、どうすれば上手くできるのかわからない」という方も多いかと思います。今回は、まず基本手順を押さえていきましょう。
進め方はネガティブフィードバックをするときとあまり変わりません。大切なポイントも共通しています。
最も重要なのは「観察」です。いくらポジティブなフィードバックでも、的はずれなところを褒めると、部下から「ちゃんと見てくれていない」と思われ、信頼を失ってしまいます。
また、「なんか最近、調子いいね」といった漠然とした褒め方では、何が良かったのかわからず、参考になりません。普段の仕事の中で、具体的で的確なポジティブフィードバックをするための情報を取りに行きましょう。
部下を長時間観察するようなことはできないと思いますが、あの手この手で情報を収集するようにしてください。部下に、他の部下のことを聞くのも一つの手です。
情報収集のポイントは、以下のSBI情報を意識することです。
・S=シチュエーション(どのような状況で、どんな状況のときに)
・B=ビヘイビア(部下のどんな振る舞い・行動が)
・I=インパクト(周囲やその仕事に対して、どんないい影響を与えたのか)
すると、相手に納得感のある、具体的なポジティブフィードバックができるようになります。「褒めよう、褒めよう」と過剰に思わないでください。部下の良いところを「事実」として「鏡」のように写し返してあげるだけでいいのです。
ポジティブフィードバックは、定期的な1on1や期末の人事考課面談などのときに行われることが一般的です。そうした場では、たいがいポジティブフィードバックとネガティブフィードバックの両方を行なうことになりますが、ここではわかりやすく、ポジティブフィードバックだけ行なった場合を想定します。次の5つのステップで進めていきます。
①場づくり
まずは「今日は来てくれてありがとう」「いつも頑張ってくれているね」などと感謝とねぎらいを伝えます。そうすることで、リラックスした雰囲気を作り、心理的安全性や信頼関係を確保します。
②強みの通知
事前に収集したSBI情報にもとづき、強みや良い点などを、具体的にフィードバックします。
例えば「昨日のプレゼンの、あのときのあの返し方が良かったね。みんなにいい影響を与えていたよ」というように、できるだけSBIを詳しく伝えましょう。大げさに「盛る」ことなく、「~のように見える」と、鏡のように事実を伝えると説得力が出ます。
③対話
ポジティブなことを言えば、それで終わりではありません。私の経験でも多いのは、褒められたことに対し、相手が「私はそう思っていない」と腹落ちしていないケースです。フィードバックした内容について、相手の受け止め方を確認し、「あそこまでできる人はいないと思うよ」と補足をしたり、「こちらも良かったね」と相手が評価してほしいポイントに切り替えたりと、お互いの認識を擦り合わせる対話が必要です。
④行動づくり
強みを伸ばしていくために明日から何をするか、次のアクションを一緒に考えていきます。上司から押し付けるのではなく、自分で考えてもらい、自分で言語化してもらいましょう。目標はほどよくストレッチすることも重要です。
⑤感謝と期待の通知
「いつもありがとう。これからもよろしくね」と、いつも頑張ってくれていることへの感謝とネクストチャレンジへの期待を伝え、自己効力感を高めます。
また、面談の場をわざわざ設けるのではなく、気がついたときに即時にフィードバックするという方法もあります。その場合、①の場づくりは飛ばして、さらっと②の強みの通知と③の対話をします。
実際の職場では、日常的なフィードバックで褒めることが多くなるでしょう。1分程度の立ち話でも、頻繁に行なえば、先に述べた効果が期待できます。
更新:02月22日 00:05