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「売上目標」に燃えない部下の目の色を変えた“スローガン”とは

五十嵐剛([株]リーダーズクリエイティブラボ代表取締役CEO)

任せ方

優秀なプレイヤーほど、リーダーになると「任せられない病」に陥りやすい――。日本電気株式会社(NEC)で1000人規模のプロジェクトを何度も率いてきた五十嵐剛氏は、そんなリーダーの"任せることへの苦手意識"を取っ払うためには、「任せる技術」だけではなく、メンバー心の底から信じ抜く「任せる勇気」が必要だと語る。本連載では、『任せる勇気』(三笠書房)から、メンバーに気持ちよく動いてもらうための「チームの目標設定術」を紹介する。

※本稿は、五十嵐剛著『任せる勇気』(三笠書房)より一部抜粋・編集したものです。

 

「目標なきチーム」は、やがて崩壊する

メンバーに仕事を任せていくにあたって、まずはチームとして確認してほしいことがあります。それは「目標が共有できているかどうか」です。

当たり前と言えば当たり前ですが、メンバーに「どこを目指すのか」を告げないまま、ただ歩き続けさせるようなことをしてはいけません。

エベレストを目指すのか。
富士山を目指すのか。
それとも、近所の裏山を目指すのか。

目標となる場所がわからなければ、どんなに一生懸命歩いても、メンバーは自分が正しい方向へ進んでいるのか不安になり、やがて疲弊してしまいます。

リーダーが会社の目標、そしてチームの目標を明確にし、共有する。そうすることで、やるべき「タスク」や「行動」が具体的になり、誰に任せたとしても、メンバーは迷いなく動くことができるのです。

私はNEC時代、この「目標」というものを「やらされ感」で捉えていました。半期に一度、次の半期の目標を上司と面談する「業績レビュー」なるものがあったのですが、目標を立てても、すぐに記憶の彼方に飛んで行ってしまい、日常の中で思い出すことはほとんどありませんでした。また、上司も上司で、面談が終わってしまえば目標について触れることはなかったのです。

しかし今、独立して起業した身としては、ビジネスにおける主語がすべて「自分」になります。会社のことも、すべてが「自分事」。だから目標1つにしても、本気の度合いが違います。

そして今、サラリーマン時代を振り返ると、仕事の目標はすべて「自分事」として捉えるべきだったことに気づきました。目標設定の場を会社がしっかりと用意してくれていたのですから、もっと有意義に活用するべきでした。

 

「無機質な目標」に安住するな

メンバーそれぞれに、会社やチームの目標を「自分事」として捉えてもらう。これは非常に大切なことです。

「自分がこの目標の当事者なのだ」と思えるとき、人は目標に対して責任と誇りを持つことができます。逆に「自分には関係ない」と感じてしまえば、どんなに立派な目標でもただの掲示物にすぎません。

ただ、会社という組織の中で「目標」と銘打たれるものの多くは「売上何千万」「利益何百万」といった、無機質な数字で表されることがほとんどです。

この無機質な数字を「自分事」にできる人は、なかなかいません。そんな数値目標でやる気になるのは、せいぜい管理職くらいです。ここに、リーダーとメンバーの間に横たわる「目標の壁」があります。

では、目標を自分事として考えてもらうために、何をするべきか。数字ではなく、夢や理想を共有し、「共感」を生み出せばいいのです。

 

「スローガン」の共有で、チームが一変した

私はNEC時代に、赤字と不具合が多発する、出口の見えないプロジェクトの立て直しを命じられたことがあります。しかし、自分が押しつけた「赤字ゼロ」「不具合発生件数〇件」といった無機質な目標をメンバーに繰り返し伝えても、彼らの心にまったく響かなかったのです。

このままでは何も変わらない。そう感じた私は、発想を変えました。

数字目標を語ることをやめ、メンバー全員と膝を突き合わせ、1人ひとりの声を聞くことにしたのです。

「このプロジェクトをどう変えたい?」
「今後、どう働きたい?」

メンバーの正直な声を聞いていくと、彼らが本当に望んでいるのは、数字の達成よりも「自信と元気を取り戻すこと」だとわかりました。
思うように結果が出ず、チーム全体が自信をなくしてしまっていたため、自己肯定感と有能感を持てる状況で働けることを、多くの人が望んでいたのです。

そこで私は、メンバーが自らの口で語ってくれた理想を、1つのスローガンへと落とし込みました。

「自信と元気を取り戻そう―私たちはできる!」

この短い言葉には、メンバー1人ひとりの「自分事」の思いが凝縮されています。このスローガンを掲げたときから、彼らの目の色が変わったのを、今でもはっきりと覚えています。

無機質な数字目標は、それだけで「チームの熱」を動かすことはできません。リーダーは、単に上から降ってきた目標を共有するだけではなく、その目標にやりがいを吹き込み、自分事へと昇華させる必要があるのです。

 

大谷翔平選手がバントを選択した理由

私は、メンバーが「所属する組織やチームの目標をどれだけ知っているか」の度合いを「目標認識度」と呼んでいます。そして、その目標を「自分事」として捉えられている度合いを「目標自分事度」と名付けました。この「目標自分事度」が100%に近づくほど、メンバーの自律性は高まり、チーム全体の成果も劇的に変わります。

その好例が、大谷翔平選手です。

今やメジャーリーグを代表する二刀流のスターですが、彼は常に「自分が活躍すること」よりも「チームが勝つこと」を最優先に考えています。

例えば、2023年のWBC(ワールド・ベースボール・クラシック)、準々決勝のイタリア戦。彼はワンアウト一塁の場面で、誰もがホームランを期待する中、自らの判断でバントを決めました。結果、この一打が試合の流れを大きく引き寄せ、チームの大量得点につながったのです。

これは、彼が「WBCで優勝する」というチームの目標を100%「自分事」にできているからです。だからこそ、チームの勝利に直結する行動を、第一に考えられるのです。

 

「発破をかける」よりも大切なこと

ホワイトボードに数字を書き出し、
「今期は売上○億円を達成しよう! がんばろう!」
「今月は○件のアポイントを取れるように、気合入れよう!」
と声を張り上げたところで、心からやる気になれるはずがありません。それでメンバーが動いてくれるのであれば、誰も苦労しないのです。

できるリーダーは、口先で発破をかけるのではなく、共感できる目標にかみ砕いてから共有します。
「クライアントに喜んでもらえる瞬間を増やそう!」
「仲間の努力を無駄にしないチームになろう!」
こうした短くわかりやすい言葉には、数字を超えたストーリーがあります。

「誰に任せるか」を考えていく前に、しっかりとチームとして「数値目標の先にある夢や理想」を共有できているか、確認してみましょう。

著者紹介

五十嵐剛(いがらし・つよし)

(株)リーダーズクリエイティブラボ代表取締役CEO、いきいきチーム創り仕掛け人

長野県東御市出身。上田高校卒。
東海大学卒業後、長野市のNECグループ会社に入社し、NEC本社に逆出向。実績を認められて移籍。中央官庁の大規模システムプロジェクトを担当するなど、リーダーとして多様な現場を経験。年間売上600億円、メンバー1000人超のプロジェクトを率い、NECグループ12万人の中から年100人しか選ばれない社長賞を前代未聞の4度受賞。しかし、その裏で「指示型リーダー」として任せられない苦悩を重ね、突発性難聴を発症。孤独の中で「任せる勇気」こそがチームを動かす原点だと痛感し、トップダウンとボトムアップを融合させた独自のマネジメントスタイルを確立。すると、わずか半年で危機的プロジェクトをV字回復へ導く。
2023年にNEC を定年退職。株式会社リーダーズクリエイティブラボ代表取締役CEOに就任。チームを自律に導くリーダーの育成や、結果を出すチームビルディングを支援している。
著書に『結果を出すチームのリーダーがやっていること』(すばる舎)がある。

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