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困難を克服する力がわいてくる アドラーの教え

2025年11月20日 公開

岩井俊憲([有]ヒューマン・ギルド 代表取締役)

アドラー心理学

ここ数年、注目を集めているアドラー心理学。だが、「名前を聞いたことがあるが、考え方を詳しくは知らない」というビジネスパーソンも多いだろう。心理学というだけでなく、アドラーの教えはビジネスを、組織を、人生を変革する力を持っている。本企画では、「ないものねだり」を「あるもの活かし」に変えるアドラー心理学の根幹を、40年以上、その普及に携わる岩井俊憲氏に聞いた。(取材・構成:林加愛)

※本稿は、『THE21』2025年12月号の内容を一部抜粋・再編集したものです。

 

アドラー心理学が必要とされる理由 

近年、熱い注目を浴びているアドラー心理学。関連書籍は軒並みベストセラーとなり、一種の「ブーム」とも言える状況が続いています。

「勇気づけ」や「課題の分離」といった用語を耳にしたことのある方も多いでしょう。かれこれ40年以上にわたってアドラー心理学の普及に努めてきた私にとっても、非常に喜ばしいことです。

一方で、詳しい内容を知っている方は、まだ少ないでしょう。アドラーの思想は個人や社会の可能性を大きく拓く可能性に満ちていて、決して一過性で終わるべきものではありません。

アドラー心理学は、人生の様々なステージに活かすことができます。子育て、恋愛や結婚、思春期の問題、老年期の問題など。そして、人間関係形成、人材育成、チーム運営や会社経営など、ビジネスに関わるうえでの知恵も得られます。

とりわけ40~50代のビジネスパーソンにとっては非常に有用です。この年代は、人生における様々な課題――アドラーの用語で言う「ライフタスク」に満ちているからです。

アドラーはライフタスクを「仕事」「交友」「愛(家族)」の3分野に分け、さらに後継者が「セルフ」と「スピリチュアル」という項目を加え、現在は5分野で考えるかたちになっています。

セルフとは、身体的健康の他、自己肯定感や自己受容感といった、自分自身と向き合ううえでの課題です。そしてスピリチュアルとは、「人間より大きなもの」を意味します。大自然や、人知を超えた神的存在。生きる意味や、自らの「ミッション」といったことも含みます。

40~50代は、5分野それぞれの課題が切実になる時期です。加えて「時代」の趨勢が、ますますその課題感を強めています。終身雇用の崩壊、働き方改革、SDGsやコンプライアンス、AIの台頭など、目まぐるしい変化にさらされるVUCAの時代にあって、働く人は不安にさらされています。

しかし、変化(change)とは、「可能性の入り口」でもあります。挑戦(challenge)し、チャンス(chance)を追い求め(chase)、改革をもたらすきっかけにもなる。アドラー心理学の考えに立つと、今は「チャレンジの時代」です。

ところが今、日本人は「ディプレッション」状態にあります。この言葉には、精神医学で言う「鬱」と、経済用語の「不況」という二つの意味があります。両者に共通するのはエネルギーの低下、つまり勇気が枯渇した状態です。

だからこそ「勇気づけ」が必要なのです。個人や組織に働きかけて勇気づけを展開し、町おこしならぬ「人おこし」「組織おこし」をしていくのが、アドラー心理学に携わる私のミッションです。

 

すべての行動は本人が決めるもの

アドラー心理学には、二つの特徴があります。一つは、物事に対するシンプルな捉え方です。それは複雑な事象に囲まれた私たちの、有用で建設的な指針になります。

もう一つは、協力を重視するということ。一人で完結せず他者と連なり、社会と関わっていく姿勢を持っています。

骨子をなすのは、①自己決定論、②目的論、③全体論、④認知論、⑤対人関係論の「五大理論」で、相互に深く関わり合っています。

このうち①と②は特に連関的です。自己決定論とは、すべての人間は自らの人生の主人公であり、あらゆる選択は本人次第、ということ。そして目的論とは、人の行動にはすべて目的がある、という考え方です。

ちなみに目的論は、近年のブームの中で、少々拡大解釈される傾向があります。例えば「鬱」になるのにも目的がある、という考え方がありますが、これは誤解です。鬱で「い続ける」には目的があるかもしれませんが、発症に目的はありません。病気は行動のように意志を伴うものではなく、心身が起こす生理現象だからです。

一部で反響を呼んだ「トラウマは存在しない」という考え方も、アドラー自身は否定するでしょう。彼は第一次世界大戦に軍医として従軍し、戦後は帰還兵の精神治療に力を注いでいます。ですから、心が傷を負うことを体験的に知っていました。

しかしそれでもなお、彼は本人の意志と選択次第で未来をつくっていける、と考えるのです。

 

過去を見て「悩む」か 未来に向けて「困る」か

悩むより困ろう

アドラーは、個人の苦境や心の問題を解決する方法として、「過去」ではなく、「未来」に目を向けることを提唱した、初めての心理学者です。

これを私の言葉で表現すると、「悩むより、困ろう」となります。

課題に直面したときに「悩む」と、人は「上司のせいだ」「環境のせいだ」というふうに、原因探し・犯人探しに走ります。「○○がないから△△できない」も、こういうときによく出るフレーズですね。

つまりは、ないものねだりです。ねだったところで「ない」ことに変わりはないので、その人はますます苦しみます。その結果、エネルギーが沈滞化し、「どうせだめだ」「頑張っても意味がない」と無気力に陥りがちです。

「○○を持たない自分」にしか関心が向かないため、視野が狭まって選択肢が少なくなり、さらに行動が縛られる。「悩む」はこうした悪循環を生みます。

対して「困る」の場合はどうでしょう。ここでは、過去に向かう原因探しと逆で、未来に望む結果、すなわち「目的」に目を向けることになります。何を目指すのか、どうなりたいのか、そのために何をするか。これにより、物事の捉え方が一気にシンプルになります。

原因を求めて過去をひもとくと、そこにはたいてい複雑な事情が絡み合っているものです。それらは問題の「解説」にはなっても「解決」に結びつけるのは困難です。

しかし未来に目を転じると、そこにあるのは「目的」のみです。ただ一つの対象に向けて焦点が定まるため、解決の糸口が見つけやすくなるのです。

もちろん、過去を完全に無視せよとは言いませんし、それは不可能でしょう。しかしこれまでの向き合い方が「原因8:目的2」だとしたら、その比率を逆転させる意識を持っていただきたいと思います。

なお、自然現象や出来事の解決を図る場合は、原因究明するのが適切な対処です。「なぜ機械が不具合を起こしたのか」「なぜ暑い夏が続くのか」と、徹底的に解明されるべきです。

しかし人間の行動だけは、それに当てはまりません。非生物が因果関係に則って起こす現象と違い、人は、意志と目的を持って行動する生物だからです。「現象モデル」と「行動モデル」を分けたことは、アドラーの偉大な功績と言えます。

 

「ないものねだり」から「あるもの活かし」へ

では、実際に課題を解決して目的に到達するにあたり、どのような行動が必要となるでしょうか。

ここで登場するのが「課題の分離」です。一般的には「これは自分の課題ではなく部下の課題なので、部下に任せるべし」といった意味にとられていますが、分離させることは最終地点ではなく、あくまでプロセスです。他者と協力して解決を図るために、まずは課題を整理しよう、ということです。

自分の課題が見えたら、次は、解決のためのリソースを考えます。人、金、物、情報など手持ちのリソースを見渡して、もし足りなければ、次は周囲を探します。

Aさんの専門知識やBさんの人脈など、自分にないリソースを持つ誰かに協力を求めていくわけです。

つまり、先ほど話した「ないものねだり」ではなく「あるもの活かし」です。これは、自分にのみ向いていた関心が、他者に向かう転換点でもあります。

協力体制を組む際に欠かせないのが、「勇気づけ」です。勇気とは、困難を克服する活力のこと。課題を解決して目的に向かうには、自分にも相手にもエネルギーがなくてはなりません。

勇気づけは、単に鼓舞することではありません。基盤にあるのは、相手への信頼と尊敬です。相手の良いところを見る、気づく、そのつど声をかける、感謝を伝える。それらの一見小さなコミュニケーションは、相手が「自分を信じる」ことにつながり、それが活力の源になります。こうして、共に目的に向かう力が最大化されるのです。

 

「目標の目的化」は人を疲弊させる

目的と目標の違い

「目的に目を向ければ、課題は一気にシンプルになる」と言いましたが、ここで陥りやすい間違いが「目的」と「目標」の混同です。

目的とは「何のために?」に対する答えです。文字通り「目指す的」であり、的は一つだけです。対して目標とは、目的に向かう際の指標であり、プロセスごと・時期ごとに複数置かれるものです。

企業で言えば「世の中をこう変えたい」といったビジョンが目的であり、「そのために年間売上を○○円にする」などが目標となるわけですが、時折、後者を目的に掲げる経営者やリーダーがいます。数値目標が目的化すると、それは「ノルマ」となって社員を疲弊させます。

私が支援に関わったある企業も、毎年「技能オリンピック」に出場する中で、同じ状況に陥っていました。精鋭を集めて技能研修所で腕を磨いてきたものの、今一つ結果が思わしくないとのこと。

研修講師の依頼を受けて研修所に赴いた私は、まず出場メンバーとコーチに目的を聞きました。すると案の定「メダルです」との答え。「もしメダルが取れなければどうなる?」と問うと、「職場に迷惑をかけて面目ない」と、メンバーもコーチもうなだれるのみでした。

そこで改めて、「メダルは脇に置いて」目的を問いかけてみました。すると、「技能伝承」という、新たな答えが返ってきました。

メダルはあくまで目標であり、最終目的は、高い技能を職場に還元することだったのです。ならばそこにフォーカスしよう、と呼びかけて、勇気づけをしながら講習を進めたところ、その企業は、前年の1.5倍のメダルを獲得しました。

適切な目的と適切な勇気づけによって、人もチームも、大きく変わることができるのです。

 

「性格」は習慣に過ぎず変えることが可能

いつでも、何歳からでも、人は変われる

「人は変われる」ということに懐疑的な方もいるでしょう。特に「性格」は持って生まれたものだから変わらない、と見なされがちです。しかしアドラーの考えは違います。

アドラー心理学では、性格を「ライフスタイル」と言い表します。パターン化された生活スタイル、すなわち「習慣」に近いものと捉えるのです。

試しに「腕組み」をしてみてください。それも、腕の上下をいつもと逆にして組んでみましょう。きっと、違和感があるでしょう。とはいえ、できないわけではないですね。

性格も同じです。あえていつもと違う考え方をし、違った行動をしてみましょう。

例えば、先延ばしがクセになっているなら、小さなことでいいから早めに片づけてみる。仕事を抱え込む傾向があるなら、無難なところから人に任せてみる。すると、これまでと違う感情を覚えるはずです。このように思考・行動・感情が変わる体験を重ねるのが、自分を変える一番の方法です。

変える必要アリと知っているのに変えないのは、短期的には快適ですが、長期的には不快を招きます。毎日美味しいものを飲み食いして、そのうち生活習慣病になるようなものです。

逆に、慣れたパターンを崩すのは短期的には不快です。人間の脳は現状を維持したがる性質があるからです。しかし長期的には、快を得られるでしょう。

コツは、頑張らないこと。頑張りすぎは無理なダイエットと同じでリバウンドします。あくまで少しずつ、脳が気にとめないくらい「さりげなく」進めましょう。

ライフスタイルが変化するまでには、短くとも3カ月はかかります。時には「三日坊主」になることもあるでしょうが、また次の日から始めればOKです。3日ごとに1日休んだとしても、年間で240日ほど実践したわけですから、変化するには充分な日数です。

この方法の指導に携わる中で、多くの方が思考や行動を変化させてきました。その中には70歳を過ぎた人も。いつでも、何歳からでも、人は変われるのです。

 

勇気づけに感謝し、毎日爽快に生きる

祝福で始まり、感謝で終わる毎日

アドラー心理学の考え方を取り入れると、1日の過ごし方と、それに伴う感情が大きく変わります。私の場合は「祝福で始まり、感謝で終わる」毎日になりました。

毎朝6時に起きたら、まず仏壇と神棚にあいさつします。日中は良いこと悪いこと、思いがけないことなど色々ありますが、1日の最後にはもう一度、仏壇と神棚に向かって「今日も良い1日でした」と感謝します。ベッドに横たわったあとも、今日1日の新たな出会いや、得た協力や、こちらが役に立てたことなど良いことを振り返り、幸福な気持ちで眠りにつきます。

始まりと終わりで幸福な気持ちになれば、オセロゲームのように「すべて良かった1日」になり、毎日健やかに過ごせます。

なぜ感謝するのか、疑問に思われますか? それは、人を勇気づけ、人から勇気づけられる日々を送っているからです。

勇気づけは、還流するものです。人を勇気づけると、それができた自分自身に対する喜びが自分の勇気になりますし、実際に人から勇気づけられる体験も増え、必然的に感謝することが増えていくのです。

もちろん日常にはつらいことも起こりますが、私はそれも「成長の機会」として感謝しています。これまでの人生で、逆境から糧を得た経験が多々あるからです。

私は35歳のとき、勤務先の外資系企業が経営不振に陥り、自らをリストラするかたちで退職をしました。同時に離婚して妻と子どもと、財産も失いました。

アドラー心理学と出合ったのはまさにその頃です。過去を振り返らず、自分と他者を勇気づけて生き、活力を取り戻していくという考え方は、人生の指針となりました。そこから、若い頃には想像だにしなかったキャリアが拓かれ、今も現役で働くことができています。

去年も、一見すると逆境ととれる経験をしました。左手に血栓ができ、指が壊死して切断せざるを得なくなったのです。

そのとき、私の左手の指を3本半失いました。しかしそれは、全身のわずか2%です。体の98%が健康でいられるのは、非常に喜ばしいことです。障害を持つ身となり、多くの方の支えを得ていることにも、尽きない感謝を覚えています。

 

ミドルリーダーこそが変革の原動力

個人が変われるのと同様に、組織も変わることができます。「どうせ変わらない」ではなく、「変わろう」と決めればいいのです。

誰が決めるのか、というと――アドラーは『人生の意味の心理学』という著書の中で、このように語っています。

「誰かが始めなければならない。他の人が協力的でないとしても、それはあなたには関係ない。私の助言はこうだ。あなたが始めるべきだ。他の人が協力的であるかどうか、など考えることなく」

残念ながら、この言葉は現代のビジネスパーソンに、まだまだ届いていないようです。企業の研修講師を務めると、中間管理職の方々から、しばしばこんなコメントをいただきます。「我が社は変わりません、上が変わりませんから」。

それは大いなる誤解です。本当は、中間管理職こそが変革の原動力を持っているのです。

私が昔勤めていた会社では、「middle up, middle down」という言葉がモットーでした。中間にいる人間が上司へ、部下へ揺さぶりをかけていくことで組織は変わる、という意味です。

『7つの習慣』の著者であり、アドラーの影響を強く受けているスティーブン・コヴィー博士も、「Inside out」=内側にいる個人が、人と手を携えて外側へ働きかけることで組織変革は成る、と語っています。

そのとき活きるのが、前述の「自分を変える」取り組みです。過去はどうあれ、変わろうと決めて変わった人の思考や発言や行動には、力があります。何より、「この人、変わった」と周囲に感じさせること自体が強い勇気づけになるでしょう。

 

究極目標は自分と他者の幸福

最後に、アドラー心理学の究極目標についてお話しします。

アドラーは、「人生の意味は貢献である」と語っています。自分のそばにいる人に、属する共同体に、自分が生きる世界に何ができるか、を模索する心理学なのです。

つまり、自分と他者を幸福にすることが究極のゴール。古くはアリストテレスが「最高善」という名で、同じ思想を展開しています。

対して現代の心理学系の専門家を見渡すと、他者貢献の色合いは希薄です。モチベーションに関する理論は概ね、自分自身の能力開発や成長にとどまっています。

その中で数少ない例外が、「欲求段階説」を提唱したA・マズローです。①生存、②安全・安定、③所属、④承認、⑤自己実現の五段階が有名ですが、実はマズローはその上に、「自己超越欲求」というものを置いています。

自分の外側の、より大きな存在のために働きかけていく――マズローもアドラーの影響を受けているので、「共同体感覚」に近い思想を持っていたのでしょう。

自分だけが成長するのではなく、他者や環境に振り回されるのでもなく、双方を幸せにしましょう。そこからチームが、会社が、社会が、日本が、世界が変わる。そんな未来を、私は夢見ています。

 

著者紹介

岩井俊憲(いわい・としのり)

(有)ヒューマン・ギルド代表取締役

1947年、栃木県生まれ。早稲田大学卒業。アドラー心理学カウンセリング指導者。中小企業診断士。外資系企業の管理職などを経て、85年に㈲ヒューマン・ギルドを設立。40年以上にわたって、アドラー心理学に基づいた研修、セミナー、講演などを行なう。著書は『マンガでやさしくわかるアドラー心理学』シリーズ(日本能率協会マネジメントセンター)、『超訳 アドラーの言葉』(ディスカヴァー・トゥエンティワン)など70冊に及ぶ。

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