
現役時代にバリバリと仕事していた人ほど、60歳を過ぎて現実とのギャップに苦しむものだ。周囲の態度や自身の役割、健康面や体力面などが思うようにいかず、理想とかけ離れていく。では、どうすれば幸福な定年後を送れるか。元外務省主任分析官で、作家、評論家として活躍する佐藤優氏が、自身の経験を踏まえ、60歳以降の身の置き方について説く。
※本稿は、佐藤優著『定年後の日本人は世界一の楽園を生きる』(飛鳥新社)より一部抜粋・編集したものです。
現役時代のビジネスパーソンは、会社での評価にこだわり、役職に執着することが仕事の原動力だったはず。しかし、60歳を過ぎても同じような態度でいたら、現実との埋めがたいギャップに苦しむだけだろう。
なぜなら家族やコミュニティのなかでは、会社における評価基準のような明確な指標が存在しないからだ。
また肉体の衰えも同様で、どんなに鍛錬しても、20代のころの自分には戻れない。肉体は確実に衰え、様々な箇所にガタが来る事実を受け入れ、上手に付き合っていく必要がある。
私自身の肉体については、2023年6月に腎臓移植手術を受けた。まだ危険信号が点滅していると言ってもいいだろう。私自身の余命を冷静に考えて、仕事や生活、あるいは家族との時間の過ごし方を調整している。
これも自分の肉体や健康に対する一種の諦観のようなものだと言ってもいいかもしれないが、さらに加えるならば、私自身がプロテスタントのキリスト教徒であり、すべては神によって定められていると信じているからだ。
やるべきことをやったら、そのあとは、神に委ねる──こうした宗教的な意識が、私の人生観の根本にある。
定年後、身の回りの状況が大きく変化していく場面で、これまでの自分にこだわって執着していては、周囲から孤立する。そうして不安を深めていくことになりかねない。
まずはビジネスパーソン時代の心をリセットすること。新たな価値観と視点をつかんで初めて、人生のゴールに向けて再スタートが切れる。
ただ再スタートといっても、還暦からのスタートは、未知なる世界に飛び出していくような華々しいものではない。もはや新しい冒険をするような年齢でもない。
人生を航海にたとえるならば、還暦とは、既に遠洋航海を終えて港に戻ってくるころ。嵐や荒波を乗り越えて母港に戻り、錨を下ろす。そして、その錨の遊びの範囲のなかで充実した人生を送ることを目指すのだ。
そして、その錨は何かといえば、自分がこれまで歩んできたなかで培った経験値や人生観のようなものだろう。それらがしっかり自分自身を固定してくれるからこそ、力を抜いて波間に漂うことができる。
というのも、自分なりの考え方やものの見方、言ってみれば「哲学」が確立されていないと、せっかく港に戻ってきても、また、あらぬ方向に流されかねない。それには、自分の行動範囲や興味の対象、そして人間関係などを限定したうえで、残りの人生を有意義なものにすべきである。
もちろん「還暦を越えても若いときと同じように挑戦したい」と言う人もいるだろう。ただ、それは、よほど専門性に自信があり、人脈もおカネもある人だけが実践すべきことだろう。
一般的には、60歳を過ぎてから起業などすべきではない。船体が大きく燃料を大量に積んでいる大型クルーズ船でなければ、日没後に外洋を目指してはいけないのだ。
ところで私は、2023年の腎臓移植手術の直後、菌血症になり、退院が2日延びた。そして、この延びた期間に腸閉塞になったが、もし自宅に帰っていたら、手遅れになった可能性が高い。
このように、人の生死は、自分ではどうすることもできない偶然に支配されている。
定年後は些事を気にしたり運命を呪ったりせず、人生の流れに身を任せる。錨の遊びの範囲のなかで──。
還暦を迎えると、当然、人生の折り返し地点は過ぎている。人生の残り時間も限られてくるため、時間に対する意識も、その使い方も、当たり前のように変わる。
30代や40代のときは仕事に集中し、成績を上げて、会社での競争に勝ち残るために費やす時間が多かった。社内の人間関係も大事なので付き合いもあり、また社外の人脈も広げていかなければならなかった。
定年後は、こうした仕事のために投入していたエネルギーや時間を、家族や友人などとのプライベートな人間関係や、あるいは個人的に興味のある趣味や勉強へと移行させてゆく。
私自身も還暦を越えてから、仕事も人脈も、かなり絞り込んだ。限られた残り時間においては何が重要か、あるいは何が不必要なのかを明確に線引きした。
たとえば酒を飲む機会が若いころに比べて格段に減った。40代までは、仕事の付き合いも含め、人間関係を広げるために飲む機会が多かった。ただ現在は、外で飲むよりも家族との時間を大切にしている。いま外食したり飲酒したりするのは、本当に親しい人や大事な人とだけに限定している。
ビジネスパーソンとして活躍していた時代は、上役や部下から様々に評価を下され、それが心地よいストレスになっていたはずだ。しかし、そうした緊張感を、自宅に持ち帰ってはいけない。もちろん自宅で家族を部下のように扱うのは論外。家族から煙たがられるだけだ。
もし定年後に、そうしたギャップに悩むとしたら、自分だけの「秘密基地」を造ってみてはどうだろうか。何十年も昼間は自分だけの時間を送ってきた主婦にとって、定年後の夫は、突如として現れた異邦人、時にはエイリアンのように感じられるからだ。
私が痛切に感じていることがある。「世の中に意のままにならないことがあると自覚している人は孤独にならない」という真理だ。こうしたことを若者よりも確実に自覚しているのが、定年後の人たちだろう。
ゆえに、ビジネスパーソン時代よりもストレスが少ない生活のなか、伸び伸びと生きることができるはずだ。特に、定年後の人たちのための「インフラ」が整っている日本では──。
たとえばイギリスには身分制度が残り、ゆえに就職においても縁故入社が多い。そして、労働者階級の人たちは、大学入学も難しい。
そこで、まず最も実力が評価される軍隊で力を発揮し、大学に入学したりする。日本ほど身分制度が顕著ではなく平等な社会はないだろう。
であれば、起業するなどの「賭け」を除き、何にでもトライできるはずだ。
「やったことは、たとえ失敗しても、20年後には笑い話にできる。しかし、やらなかったことは、20年後には後悔するだけだ」(マーク・トウェイン/アメリカの小説家)。
定年後の身軽な身分なら、何にでもトライしてみてはいかがだろう。
更新:11月19日 00:05