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18時に帰る若手を横目に残業...「管理職の罰ゲーム化」が加速する日本の職場

2024年05月06日 公開

小林祐児(パーソル総合研究所上席主任研究員)

管理職にかかる負荷

管理職になることは、もはや「罰ゲーム」のようなもの──。頑張って出世した先に待っている役職が、なぜこのようなそしりを受けるようになってしまったのか? また、どうすれば「罰ゲーム」から抜け出せるのか?『罰ゲーム化する管理職』の著者であるパーソル総合研究所の小林祐児氏に聞いた。(取材・構成:杉山直隆)

※本稿は、『THE21』2024年6月号特集「今より1時間早く仕事が終わる技術」より、内容を一部抜粋・編集したものです。

 

成果主義とフラット化で、管理職の負荷が増大

管理職の負荷が増大している

「朝から晩まで会議や1on1ばかりで、夜からしか自分の仕事ができない」
「若手社員がみな指示待ちの姿勢で、主体的に動いてくれない」
「部下がメンタルヘルスの不調を訴え、常に人員が欠けている状態」
「ハラスメントと言われるのが怖くて、部下を叱れなくなった」

これらは管理職から聞こえてくるネガティブな声です。かつて管理職に昇進することは、ビジネスパーソンにとって誇らしく喜ばしいことでした。ところが、今や管理職への昇進は「罰ゲーム」とさえ言われます。 なぜ管理職は罰ゲームと化してしまったのでしょうか?

その理由は、ここ20~30年の経営トレンドが、ことごとく管理職を苦しめるようなものばかりだったからです。

まず日本企業の人材マネジメントに大きな影響を与えたのが、90年代後半から広がった「成果主義」です。給与などの処遇が成果によって強く左右されるようになったため、管理職は短期的業績を追いかけることを余儀なくされました。

また、意思決定を速くするために多くの企業で進められたのが、旧来のピラミッド型組織の階層を減らす「組織のフラット化」です。これによって階層、つまり管理職の数も減り、一人あたりが統率する部下の人数が増えました。

それと同時に進んだのが、「プレイングマネジャー化」です。バブル以前の管理職はオフィスに留まってマネジメントをしていればよかったわけですが、バブル崩壊後は自らも数字責任を抱えて、第一線で汗をかくことも求められるようになりました。ただでさえ部下の面倒を見る手間が増えたのに、プレイヤーの仕事もするわけですから、業務が忙しくなって当たり前です。

 

管理職をさらに苦しめる「多様化とガバナンス強化」

苦しい立場の管理職の負荷をさらに上げたのが、「人材の多様化」です。

かつて日本企業は、男性正社員中心の同質的な組織でした。しかし近年、ダイバーシティ推進と人手不足によって、派遣社員やパート・アルバイトといった雇用形態の多様化に加え、年齢、性別、国籍なども多様化してきました。それぞれに適した指示の仕方やモチベーションの高め方が必要になり、マネジメントの難易度が格段に上がったのです。

「コーポレートガバナンスの強化」も、管理職にとってはマイナスの要素しかありません。例えば、2015年頃から政府が働き方改革に乗り出したことで、確かに従業員の残業時間は減りました。しかし、18時に帰る若手を横目に、管理職が不十分な仕事を残業してカバーしているのが現実です。

また、パワハラ防止法によってパワハラ対策が義務化されたことで、管理職は部下に対するハラスメントやメンタルヘルス不調による休職を恐れて、部下に厳しい指摘をしなくなりました。 こうしてマネジメントが複雑化し、指導もしづらいとなると、部下を育てるのは大変です。

そこで多くの管理職が行なうのが、仕事を自分で「巻き取る」こと。あるいは部下に仕事をお願いするにしても、事細かに指示して管理するマイクロマネジメントです。忙しいのに失敗されては困るので、最初から正解までの道筋を与えるわけですね。

しかし、これは管理職にとって自分の首を絞めるような行為です。マイクロマネジメントをすると、部下が自分の頭で何をするかを考えなくなるので、常に指示待ちの姿勢になります。あるいは上司に批判的になり、裏で文句を言うようになります。

どちらにしても部下は育たないので、ますます管理職の負荷が上がる、という悪循環に陥ります。優秀な人ほど管理職として苦戦する、という構図はこのように出来上がるわけです。

 

管理職研修と1on1で、罰ゲーム化が加速する

管理職の罰ゲーム化を加速させる人事とのすれ違い

このように管理職が罰ゲーム化し、人材も育たないという問題に対して、企業の人事はどのような改善策を講じているのでしょうか。実はここに現場と人事のズレがあることも、管理職の負荷をますます上げることにつながっています。

パーソル総合研究所が管理職と人事部に実施した調査に、それが現れています。 まず、「管理職自身が感じている業務上の課題」で上位を占めたのは、次のようなものでした。

・人手不足
・後任者の不在
・自身の業務量の増加

これに対し、「人事部が考える管理職が抱える課題」では、
・働き方改革
・ハラスメント
・コンプライアンス の対応増加
が上位を占めました。

管理職が挙げた3つに関しては重要度が低い、という認識だったわけです。

こうした会社側の認識から実施されるのが、管理職研修です。課題の原因が組織の構造にあるとは考えず、「管理職が機能していないのは、マネジメントスキルが足りないから」と管理職の責任にして、個々に対処させようというわけです。

こういった施策の背景には、何でも一人で解決できてしまう超優秀な「スーパー管理職」が一定数いることがあります。できている人はいるのだから「トレーニングして彼のようになればいい」という発想になるのですね。

しかし、このような「筋トレ発想」では物事は解決しません。たとえれば、「地球の大気の重力が変わってしまい、歩けなくなった」というときに、重力の問題を調べるのではなく、「足腰を鍛えれば大丈夫」と言っているようなもの。すぐに限界が訪れます。

また、対話型リーダーシップがトレンドになったことで、多くの会社で課せられるようになったのが、部下との「1on1」です。しかし、それによって管理職のスケジュールが1on1で埋め尽くされて、ますます仕事をする時間が減る羽目に。

それで効果があればまだよいのですが、実際は業務進捗会議を個別にバラバラにやっているだけで、メンタルヘルスの問題やキャリアの悩みを解消することには寄与していないケースが珍しくありません。 管理職の「罰ゲーム化」は、会社側の施策でますます加速しているというわけです。

 

「筋トレ発想」を捨て 仲間をつくる

2つの役職にわけて管理職の負担を軽減

管理職の罰ゲーム化を改善するためには、管理職の個別対処に頼るのではなく、会社側の組織改革が必要なのは確かです。

例えば、プラントエンジニアリング大手の日揮では、部長の下に、プロジェクトを取り仕切る「プロジェクトコーディネーションマネジャー」と、部下のキャリアの面倒を見る「キャリアディベロップメントマネジャー」の2つの役職を置き、マネジャーの仕事を分割しました。管理職が増える分、会社の人件費は上がりますが、一人の管理職の負荷は確実に減るでしょう。

しかし、こうした企業は少数派です。会社側が何かしてくれるのを待っているだけでは何も変わらないのが現実でしょう。管理職の負荷を軽減するには、管理職自らが何らかの手立てを打つしかありません。

では、何をすればよいでしょうか。まず私が勧めているのは、先に述べたような「筋トレ発想」を捨てることです。

会社側が筋トレ発想に陥っている話はすでにしましたが、実は管理職自身も筋トレ発想に陥っていることは少なくありません。部下が思うように働いてくれなかったり、結果が出なかったりすると、「自分の能力やスキルが足りないのがいけない」「自分が正しいリーダーシップスタイルを身につければ、うまくいくはずだ」と自分のトレーニング不足にすべての責任があると考えてしまうのです。

しかし、大谷翔平選手が猛烈なトレーニングをして165キロの剛速球を投げられるようになっても、その球を誰も捕れなければ意味がないように、会社のチームも一人だけがトレーニングしても問題は解決しません。

また、日本の職場は優秀な人ほど仕事が降ってくるので、優秀であればあるほどマネジメントが難しくなるし、残業が増えます。自分を責めすぎるとメンタル不調を起こすので、過剰に自己責任だと思い込むのはやめましょう。

メンタルを守るために、もう一つお勧めしたいのが、「社内の管理職仲間をつくること」です。同じ会社の社員なのに、他の部署の管理職とはほとんど関わらず、ライバル関係だと思っていて話す機会があっても腹は割らない、という人は多くいます。

しかし、実は他部署の管理職も自分と似た悩みや苦労を抱えているものです。同じ会社の仕組みの中で働いていますから、悩みや苦労も似てくるのですね。 だから、他の管理職を"仲間"と考えて相談し合えば、少しは心が楽になります。

また一人では難しくても、複数の管理職と一緒に制度改革などを会社側に掛け合えば、何かが変わる可能性もあるでしょう。

 

「仕事のものさし」を ゆるめてみる

部下を育てて自分の仕事を楽にするためには、「仕事のものさしをゆるめること」が重要です。

仕事のものさしとは、部下や自分に対する仕事の期待水準のことです。さらに分解すると、特定の仕事において求める成果・クオリティの水準である「タテのものさし」と、仕事のやり方・進め方の多様性についての許容度である「ヨコのものさし」の2つに分かれます。

部下に仕事を任せられない管理職は、総じてこの2つのものさしがガチガチに凝り固まっているものです。タテのものさしの水準が高すぎると、クオリティの低い仕事を許すことができなくなります。ヨコのものさしに許容度がないと、マイクロマネジメントをしてしまうのですね。

しかし、これでは部下が育つはずがありません。 この2つのものさしをゆるめるには、仕事によって完成度のメリハリをつけるという考え方が必要です。どんな仕事でも100点を取ろうとするのではなく、ものによっては80点でよいとするのです。

そう考えるようにすると「80点でいい仕事は、部下にやり方を任せてみよう」という発想が芽生えます。すると、部下は、思考と行動が自由になるので、試行錯誤をしながらゴールにたどりつくという経験ができます。そのような経験が、成長を促すのです。

また、同じゴールにたどりつくための新たなやり方が見つかれば、チームの引き出しが増え、様々な事態に対応できるようになります。そうしてチーム全体が成長していけば、管理職の仕事はぐっと楽になるでしょう。

仕事のものさしが硬直しがちな人の特徴は、売上や利益などの目標達成志向が強いことです。それも大切なことですが、管理職の目標は数値目標だけではありません。部下を育てることも大切な目標です。そう考えると、マイクロマネジメントで目先の売上目標を達成することだけがすべてではない、と気づけるはずです。

 

専任性を高めても仕方ない、専門性を高めよう

専門性が見につけば選択しも増える

いま管理職をしている人だけでなく、管理職予備軍の人にもぜひ取り組んでほしいのが、「特定のジョブに対する専門性を高めること」です。日本のビジネスパーソンは専門性を持った人が少ないと言われますが、これは日本企業特有の構造があります。

多くの日本企業では、経営幹部候補を20代で早期選抜することなく、すべての社員を候補にして、候補のまま30代まで引っ張り続けます。30歳を過ぎてもジョブローテーションが続くのはそのため。経営幹部になるには様々な業務を知っておくことが必要だからです。

しかし、畑違いの部署にジョブローテーションされて、数年後にまた別の部署に移ると考えると、そのジョブの専門性を高めようとは思えないでしょう。それより「配属が決まったあと、その部署のノウハウをOJTで学ぶ」のが最も合理的です。日本のビジネスパーソンは諸外国と比べて学ばないと言われますが、その背景にはこのような理由があると考えられます。

だからといって専門性を持たなくていいというわけではありません。40歳を過ぎても専門性を持っていなければ、転職しづらくなるので、今の会社にしがみつくしかなくなります。すると精神的に苦しくなってきます。 同じ事業畑にいる期間が長いだけでは、専門性は高まりません。専任性(上図参照)が高くなるだけです。

専門性を身につけたければ、会社の外で学びましょう。 私がお勧めするのは、社会人大学院です。本物の専門性に触れられますし、他社の人と交流することで視野が広がります。 社外で学ぶことで専門性が高まってくると、「最悪、会社を辞めればいい」と割り切れるようになります。

すると管理職の仕事をするうえでも余裕が出てくるでしょう。 ただでさえ忙しいのに勉強する時間なんてないと思うかもしれませんが、仕事のものさしをゆるめれば、少しは勉強する時間が捻出できるはずです。仕事のものさしをゆるめることはあなたの未来のためでもあるのです。

 

著者紹介

小林祐児(こばやし・ゆうじ)

パーソル総合研究所上席主任研究員

上智大学大学院総合人間科学研究科社会学専攻博士前期課程修了。NHK放送文化研究所、総合マーケティングリサーチファームを経て現職。労働・組織・雇用に関する多様なテーマについて調査・研究を行っている。単著に『早期退職時代のサバイバル術』(幻冬舎新書)、『リスキリングは経営課題』(光文社新書)、共著に『残業学』(光文社新書)、『働くみんなの必修講義 転職学』(KADOKAWA)など多数。

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2024年12月

THE21 2024年12月

発売日:2024年11月06日
価格(税込):780円

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