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「好き嫌い人事」をやめたら3カ月で黒字に…経営学者が語る「理と情」の力

岩尾俊兵(慶應義塾大学商学部准教授),浜崎洋介(文芸評論家)

スピーチする人のイメージ

福田恆存の「利己心のすすめ」、九鬼周造の『「いき」の構造』といった日本の名作に示される思想や哲学を取り上げつつ、現代の組織に求められる発想について議論を重ねる浜崎洋介氏。その見解と、岩尾俊兵氏が提示する「経営思考」とが重なり合い、響き合うなかで見えてきた、組織と経営者のあるべき姿とは――。
※本稿は、岩尾俊兵著『武器としての経営思考』(PHP新書)より、内容を一部抜粋・編集したものです

 

組織に必要になる「ギバー」「ギブの思想」とは何か

【浜崎】今回、岩尾さんと深く話したいのは、「価値創造」の話なんです。じつのところ、価値創造の重要性に人びとが気づくには、もう一段階、考えの変容が必要なのではないかと思ったんです。

たとえば、組織内でA氏とB氏が対立している状況を考えてみましょう。2人に「皆が幸せになるような共通の目標を掲げて実行しよう」と説くだけでは、行動変容は起きないでしょう。

なぜなら、そもそもの問題はA氏とB氏が「自分のやり方が正しい」という思い込みに囚われていることだから。つまり、どうやって「思い込み」を解くのか、それが最も困難な課題なのではないかと。

【岩尾】頭ごなしに「対立はよくない」と伝えるだけでは、互いに強固な価値観をもっている以上、価値創造に向かわないと。

【浜崎】ええ。「価値創造」の一歩手前の段階で、その「価値創造」こそが価値であることを納得し、互いが自然と歩み寄れるような発想が求められるわけです。

【岩尾】どのような考え方がありうるでしょうか。

【浜崎】これは釈迦(しゃか)に説法なんですが(笑)、以前、岩尾さんにお会いしたときにご紹介いただいた、組織心理学の研究者アダム・グラント著『GIVE & TAKE 「与える人」こそ成功する時代』(三笠書房)が、ヒントになる気がします。

アダム・グラントは、人間の行動様式を以下の3類型に分類します。

1、ギバー(GIVER=与える人)

2、テイカー(TAKER=受け取る人)

3、マッチャー(MATCHER=ギブとテイクの量的なバランスをとる人)

グラントがフォーカスしたのが、1のなかでもとくに、「自己犠牲ギバー」のほうではなく、「他者志向ギバー」のほうです。つまり、他者と組み合うことの喜びに基づいて、見返りをカッコに入れても、まずは与える人。そして、このとき重要なのは、ギバーは、図らずもどこからかお返しがやってくるということを予(あらかじ)め知っているということです。

この議論は、マルセル・モースの『贈与論』(岩波文庫ほか)とも重なりますが、ギブによって人びとの頑(かたく)なさはほぐされていく。モノは有限ですが、相手への配慮や心配りには限界がない。グラントの研究が正しければ、ギブから始めることで、「価値創造」の道が開かれるのではないかと。

ギブの生き方に転じると、限られた資源やお金を奪い合うという発想が解かれ、共同体に余裕が生まれます。そして、その余裕がまた人びとを活気づけ、ともに折り合うことの意味や調和をもたらすのではないでしょうか。

【岩尾】大きな共通目標を掲げる前に、ギブの思想を人びとのあいだに醸成することが大事ではないか、ということですね。たしかにギバーが増えることで、組織や社会に信頼感や安心感が生まれ、「他者は全員で一緒に幸せになる仲間だ」という意識が芽生えてくるのかもしれません。

 

さらにギブを考える――利己心と偽善、欲望と精神的充足、快楽と幸福……

【浜崎】ただ誤解のないように申し上げれば、僕は「自分を犠牲にしてでも、皆を幸せにしたい」という偽善者は嫌いなんですよ(笑)。

【岩尾】えっ、なぜでしょうか。

【浜崎】自己犠牲の念に駆(か)られる人は、往々にして自分自身の経験的な喜びをカッコに入れて、道徳的な理念によって動いてしまうからです。

善いことを「しなければならない」という義務感や道徳心に基づいたギブは、むしろ見返りという概念に囚われた「テイカー」の行動に近い。

戦後日本を代表する保守思想家の福田恆存には、「利己心のすすめ」というエッセイがありますが、それは、利己心を徹底することで、逆説的に偽善のないかたちで他者に開かれることを説いています。

というのも、利己心を追求していけば、どこかで必ず他者の問題、調和の問題に突き当たるからです。要するに「情けは人のためならず」ということですが、自分の心に噓をつかない贈与こそ「成功」への道であり、それこそ私たちの実感ともズレていません。

【岩尾】福田先生の言葉に寄せるのは畏れ多いですが、じつは私も経営者向けの講演会で、利己心のすすめならぬ「強欲のすすめ」をあえて語ることがあります。もちろん逆説で、いわゆる強欲は嫌悪しています。

まず「人は欲望を突き詰めたらどうなるか」を問い掛ける。すると第一に「金銭的な制約」に直面する。仮に1億円を得て第一の制約を乗り越えても、第二の「時間の制約」が現れる。自由を得て時間の制約がなくなったとしても、やがて第三の「肉体の制約」に突き当たる。

では、肉体的な限界を超える欲求とは何か。じつは、他者への貢献などによってもたらされる「精神的な充足」だというのが結論です。利己心を追求した場合も、やはり同じ道をたどるのではないでしょうか。

【浜崎】おっしゃるとおりです。金銭的・肉体的な欲求の充足は、福田の言葉を借りれば「快楽」だと言い換えられます。快楽は末梢神経の刺激でしかないし、行きすぎれば中毒となる。その点、金銭はまさしく快楽という毒です。

他方で「幸福」とは、「私の人生はこのためにあったんだ」と納得して死ぬことができるような自足した状態です。僕の解釈でいえば、「他者と組み合った際の調和感」こそが、人間にとっての幸福であり、善悪の基準でしょう。

 

経営では、「いき」の思想、精神が生かせるのではないか

【岩尾】自分で言うのは気が引けますが、私はよく周囲から「ギバー(与える人)」だと言われるんです(笑)。一方、実際、上場企業の経営再建に携わるなかで、「岩尾社長は冷たい」と言われることもたびたびありました。

私が社長に就任する前は、社内に情実や気分で動く人事や金の流れが横行しており、その体制を刷新してしまったからです。皆が幸せになるという最大目標を達成するために「公明正大な人の流れ、金の流れが何より大切」と毎日社内で訴え、不合理な仕組みはすべて廃止を宣言、実行しました。

「情」から「理」への転換を図った結果、赤字続きだった会社は3カ月で黒字になり、売上高も2・2倍に急増しました。このように、組織が理で動くようにすると、組織が豊かになり、その結果として働く個人も豊かになります。

短期的には情が働くと個人も満足度を上げるように見えますが、それは長期的には成り立たないかもしれない。しかし、情も使いどころでは必要で、バランスが大事だと。それ以来、私にとって最大のテーマが「理と情の経営」となりました。

【浜崎】いまの話で思い起こされるのが、哲学者の九鬼周造(くきしゅうぞう)の『「いき」の構造』(岩波文庫ほか)ですね。僕は、人と人との関係をマネジメントする経営には、「いき」の思想が生かせるのではないかと考えていて。

九鬼によれば、「いき」は媚態(びたい)、意気地(いきじ)、諦めの3つの要素で構成されています。目の前の人への最低限の「媚態」=サービスは必要ですが、でも、空気に流されると野暮(やぼ)になる。

だからときには武士のような「意気地」が必要になるんですが、これも行きすぎると自己絶対化に陥って野暮に堕(だ)す。そして、意気地を相対化するために「諦念(ていねん)」が必要になるんですが、しかし、これも行きすぎるとシニシズムに陥って野暮になる。で、最後にはまた、目の前の人に対する「媚態」へと戻ってくると。

つまり「いき」とは、媚態にも意気地にも諦めにも偏ることなく、それらを時と処(ところ)と立場で使い分けて生きていくことなんです。岩尾さんの話に即していえば、まさに「理と情」のバランスが重要なのではないかなと。

【岩尾】情に流されすぎてもいけないし、理に偏りすぎても野暮になると。糸井重里さんとの対談では、「ダサい」という言葉が経営者にとって最もこたえるという話になりました。浜崎先生のお話と重ね合わせると、経営者は「ダサさ」を避け、「いき」の精神で行くべきかもしれない。

プロフィール

岩尾俊兵(いわお・しゅんぺい)

慶應義塾大学商学部准教授

慶應義塾大学商学部准教授。株式会社トライアイズ代表取締役社長CEO。佐賀県生まれ。東京大学大学院経済学研究科マネジメント専攻博士課程修了。東京大学史上初の博士(経営学)を授与され、2022年より現職。組織学会評議員、日本生産管理学会理事を歴任。義塾賞、組織学会高宮賞(第36、37回)、日本生産管理学会賞、表現者賞等受賞。主な著書に『13歳からの経営の教科書』(KADOKAWA)、『日本企業はなぜ「強み」を捨てるのか』(光文社新書)、『世界は経営でできている』(講談社現代新書)、『経営教育 人生を変える経営学の道具立て』(角川新書)など。

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