
経営学の理論は、国や文化、そこで働く人びとの関係性を超えて、どこでも同じように通用するものなのでしょうか?
岩尾俊兵氏は、経営学の本質を、現場の具体的な経験から理論を導き、再び現場で確かめる「具体化と抽象化の往復運動」にあると捉えます。そこには、日本固有の価値観や文化を経営に生かすという視点も含まれています。慶應義塾大学商学部准教授の岩尾氏と文芸評論家の浜崎洋介氏が、経験主義や人間関係の重要性、理論偏重の経営学が見落としがちなものについて語り合います。
※本稿は、 岩尾俊兵著『武器としての経営思考』(PHP研究所)の内容を一部抜粋・編集したものです。
【浜崎】岩尾さんは、経営学者としては珍しいタイプですね。僕は現在、縁あって京都大学の経営管理大学院に籍を置いていますが、岩尾さんのように思想や価値観を前面に出す経営学者をほとんど見たことがなくて。
【岩尾】じつは、経営学の泰斗・野中郁次郎先生と生前、お会いした際にも、同様の言葉をかけていただきました。「君は、いままでにいないタイプの経営学者だ」と。
【浜崎】僕のなかでは、経営学者というと、第一に「グローバル市場に対する適応志向が強い人たち」というイメージがありますが(笑)、でも、岩尾さんの著作を読むと、むしろ「日本という場所」の条件と真摯に向き合おうとされているという印象を受けました。
【岩尾】おそらく、経営学が「日本」に向き合っていないという問題意識が、私のなかに強くあるからだと思います。
野中先生は最後の著作『二項動態経営』のなかで、「経営とは生き方(a way of life)」であると書かれました。だとすれば、人間の生き方に深く影響を与える国や地域の固有性は無視できないはずです。むしろ、日本固有の価値観や精神を前面に出すことこそが、世界で戦える経営につながるというのが野中先生の考え方でした。僭越ながら、私の主張と重なるところでもあります。巷間いわれるグローバリズムの「グローバル」とは、主として「英語圏」のことです。日本の経営者が文化的独自性を放棄して完全に欧米の土俵で戦おうとしても、結局のところ勝算は薄いといわざるをえません。
【浜崎】おそらく野中先生や岩尾さんの思想の根底にあるのは、「経験主義」です。頭で考えるよりも前に、生き方や関係性が自分にとって喜ばしいものかどうかを判断する経験的=身体的直観を重視している。その点、発想が「生態学的」であるというのは自然なことです。
たとえば僕たち日本人は、「僕」「俺」「私」「小生」など、相手との関係性や場面に応じて主語を柔軟に使い分けます。また「です・ます」調や「である」調のように、語尾を変化させることで敬意の度合いを変えている。つまり、日本語の話者は、つねに関係性への鋭敏な配慮が求められるわけで、英語の話者とは日々経験する内実が異なってくるはずなんです。それを考えれば、英語圏の経営と、日本の経営が同じであるはずがない。
【岩尾】「経営学≒経験主義」という浜崎先生のご指摘を掘り下げると、経営学の本質とは「具体化と抽象化の往復運動」にある、というのが私の考えなんです。
たとえば経営学は、次のように理論化と実践を繰り返します。
1.企業・組織内の個別・具体的経験の観察
2.観察内容をもとにした理論化・抽象化
3.2で得た理論の経営現場への適用・具体化
4.1~3の手順の繰り返し
経営学の理論が実際の現場で役に立たなければ、即座に「1」の「個別・具体的経験の観察」へ立ち返るわけです。
先ほどとの関連でいえば、個別・具体的経験は当然、日本人だけの企業か、欧米の企業か、グローバルサウスの企業かによっても大きく異なります。裏を返せば、経営学はつねに組織の個別・具体的な文脈に深く依存している、ともいえる。
【浜崎】お話を伺っていると、岩尾さんの経営学は、保守思想にたいへん近いですね。保守思想とは、刻々と変化する状況のなかで固有の経験や文脈に基づいて、「具体と抽象の往復運動」を通じて調和をめざす思想です。反対に、保守の対義語である「革新」とは、具体的な経験よりも「理念」「理想」をもとにした設計を重視する思想。改革主義者や、最近の理念先行型のリベラルは、形而上学的側面が強く、経験主義とは対極の考え方です。
とくに野中先生や岩尾さんに感じるのは、組織や社会の調和を重んじ、人びとの関係性を重視する考え方です。岩尾さんがしばしば家庭にも恋愛にも、宗教にも経営がある、と言っているのは、人と人との付き合い方にこそ、経営学が扱う本質的領域があると考えているからではないでしょうか。
【岩尾】おっしゃるとおりで、『世界は経営でできている』という自著のタイトルは、まさに世界と経営の関係性を示したわけです。ただ、恥ずかしながら私自身、現在とはまったく異なる方向性で経営学の研究を進めていた時期もありました。
【浜崎】面白いですね。どんな研究をされていたのですか。
【岩尾】野中先生にも驚かれたのですが、大学院在籍時に取り組んでいたのは、数式とコンピュータ・シミュレーションを駆使して組織経営の最適解を導き出すという気負ったタイプの研究でした。海外学術誌に研究論文が掲載され、一定の評価を得たと思います。
ところが、途中で「この研究に何の意味があるのか」と虚無に陥ってしまったのです。というのも、数式やシミュレーションを重視する研究手法には、どうも人間を人間として捉えていない感覚があるのではないか、という疑念が私のなかにあった。たとえば理論上、部署Aと部署Bを組み合わせれば利益が最大化する企業があったとしても、実際には両部署のa部長とb部長が不仲なので改革が進まない、という事態が往々にして起こるわけです。現実の関係性を、理論に偏重した経営学は排除してしまう。
【浜崎】そこで岩尾さんは、自分と他者とを同時に幸せにする「価値創造」という概念を提唱するに至った。矛盾や対立を止揚し、皆が幸せになるための道を模索し始めたわけですね。
【岩尾】おっしゃるとおりです。ちなみにいまの話を野中先生にしたところ、「まともな道に戻ってきたな」と言われました(笑)。
更新:09月22日 00:05