
理想の方針を掲げるトップと、日々の実務を担う現場との間に生じるギャップ。社長が良かれと思って進めた新しい方針が、なぜ現場の混乱や反発を招いてしまうのか。社会福祉法人みなみ福祉会副理事長の荒井宏行さんに解説してもらった。
※本稿は、荒井宏行 著『No.2の戦略 トップを活かし、現場をつなぐ「水を運ぶ人」の仕事』(扶桑社)を一部抜粋・編集したものです。
組織のトップが業務改善や近代化を目的に、良かれと思って進めた試行錯誤が、かえって現場の負担や反発を招くケースは少なくありません。
実際、当法人でも理事長が業務改善を目的にチャットツールを次々と導入していた時期がありました。トップとしては良かれと思っての試行錯誤でしたが、結果として現場からは「また変わった」「慣れた頃に変えられる」といった職員の不満を招くことになりました。
また、ICTに不慣れな職員にとって設定やアプリの操作自体が大きな負担となり、使いこなせないことへの戸惑いが生じたほか、導入のたびに「自分たちに相談もなく決められた」と感じる職員も現れました。これらの背景にあったのは、理事長の意図と現場の受け取り方との間にある「翻訳不足」でした。
現代のように多様な価値観や働き方が混在する社会においては、トップの構想と現場の現実をつなぎ、橋渡しをする「翻訳者」のような役割が欠かせません。トップの発言や方針には、抽象的な表現や直感的な言い回しが含まれることがあります。
たとえばトップが「これはもういらない」と言ったとき、その背景には「もっとよい形を目指したい」という前向きな意図が隠れていることもあります。
ナンバー2が担うべきは、その真意を正しくくみ取り、管理職と丁寧に共有することで、現場に誤解が生まれないように調整することです。理論やフレームを正解として現場にそのまま押しつけるのではなく、日々の実務に耐えうる形に噛み砕いて伝える力が求められます。
ギャップを埋めるための現場とのやりとりにおいて、ナンバー2が守るべき鉄則は、組織の階層を飛び越えないことです。
当法人では、主に園長や主任といった管理職層との連携を軸に据えました。理事長の意図や方針を管理職層と丁寧に共有した上で、それが各職員にどう伝わるかを一緒に考えるプロセスを徹底しています。
組織構造の整備は単なるマネジメントの話ではなく、理念を現場に届けるための土台づくりでもあります。組織図に沿って、納得感のある情報共有を地道に重ねることこそが、結果として組織内の信頼関係へとつながっていくのです。理念は上から一方的に伝えるだけのものではなく、組織の意思決定や日々の行動に地に足のついた形で示し、ともに育てるものだからです。
もともと家族経営の色が残る組織などでは、役職よりも特定の個人の歴史や「家族の物語」が優先される空気が自然と残ってしまうことがあります。
ベテラン職員ほど「先代ならこうしていた」「あの頃はうまくいっていた」という鮮明な記憶に縛られやすく、現在のトップを無意識のうちに後継者として見てしまう傾向があります。
組織として将来を考えようとした際の前例も、家族が引き継ぐという形しか手元にないことが、後継の問題をより難しくします。
しかし、公的な社会福祉法人として信頼され、永続的に続いていくためには、どこかで判断の軸足を「家族の物語」から「組織の構造」へと移さなければなりません。この過程において必要とされるナンバー2とは、前に立って華やかに導く人ではなく、組織が続く形をなめらかに整える人なのです。
更新:07月24日 00:05