THE21 » キャリア » 「企業命令の異動が最も多い国」 日本でキャリア自律が難しい本当の理由

「企業命令の異動が最も多い国」 日本でキャリア自律が難しい本当の理由

2025年03月29日 公開

小林祐児(パーソル総合研究所上席主任研究員)

パーソル総合研究所の小林祐児氏は、「日本でのキャリア自律は難しい」と言い切る。それは、日本の労働市場の伝統的な仕組みと、海外から持ち込まれた「キャリア自律」という概念にねじれが生じているからだ。誰もが感じていながら言語化しきれていないモヤモヤの正体を明らかにしてもらった。

※本稿は、『THE21』2024年3月号より、内容を一部抜粋・編集したものです。

 

上がっていない転職率大きく変わった「意識」

転職者比率はどの年代でも大きくは変化していない

「終身雇用が崩壊し、会社員も自律的にキャリアを考えなくてはならなくなった」と言われるようになってしばらく経ちます。

しかし、実は終身雇用自体、もともと「大卒・男性・大企業勤め」というごく限られた人々にしか当てはまらないもので、転職率は現在のミドルシニア層が社会人になってからそう大きく変化していない、と言ったら、意外に思われるでしょうか。

そもそも転職率は景気の動向に合わせてかなり上下するものですが、どのデータを見ても、この30年ほどの間で転職率が大きく上がったという事実は確認できません(図①)。ただし、転職に対する「意識」は大きく変わっています。

通勤電車の広告で、テレビCMで、あるいはウェブ広告で、今や転職情報を目にしない日はありません。インターネット転職も当たり前になり、転職やキャリア形成についての言説が盛んになって、実際に行動するかどうかは人それぞれでも、転職情報に圧倒的に囲まれて生きるような社会になっているのです。私はこれを「転職情報社会」と呼んでいます。

 

キャリア自律が進まない日本企業の特殊性とは?

そうした中で、いまの40代・50代を取り巻く状況を難しくしているのが、「キャリア自律」という言葉とムーブメントです。

いまも昔も、海外とは異なる日本企業の特徴は、「企業主導でジョブを決める」ということです。安定雇用と引き換えに、企業命令による異動がこれほど行なわれる国はほとんどありません。これが、日本のキャリア自律推進の落とし穴だと、私は考えています。言ってしまえば、日本でのキャリア自律は難しいのです。

その理由は、単純に言えば、日本には、企業横断的な賃金調整機能とスキルの維持・獲得機能がないからです。賃金相場を調整する組合と職業資格、教育制度──国ごとのグラデーションはありつつも、欧米先進国にはこの3つが企業横断的に揃っています。

アメリカでは労働組合は衰退してきていますが、コンサルティング会社によって、職種別のかなり細かい給与データが提供されています。要するに、海外では自分のジョブの価値はどのくらいか、何を学べばそれが上がるのかが、だいたいわかるのです。

雇用の流動性は国によって異なりますが、ドイツは日本ほどではないにしてもそこそこ長期雇用の国です。しかし、会社勤めの人々は、会社人であると同時に、企業横断的な労働組合員であるし、それ以上に自分のジョブに対してプロフェッショナリティーを持ちやすくなっています。

「自分はこの会社に勤めるんだ」ではなく、「自分はこの仕事をやるんだ」というキャリア観を、ホワイトカラーもブルーカラーもみんな持っているのです。ですから、「キャリア自律」のようなことは会社からわざわざ言いません。

一方、日本の企業は、賃金相場の調整、職業資格、教育制度のすべての機能を内部で調達してきた「内部労働市場」です。業界他社の水準はある程度意識されるにしても、社内の調整で賃金が決まり、職業資格が必要とされるのは超ハイグレードな一部の専門職だけ。社会人向けの教育制度は手薄で、社会人大学院はあっても、実際に行く人は圧倒的少数派です。

会社員からすれば、企業が配属先を決めて、スキルのない状態から育ててくれる、キャリア自律を必要としない環境であったわけです。ところがそこに、海外からキャリア自律という概念だけが持ち込まれてきたのです。そのねじれの中で、みんなモヤモヤしつつも、キャリア自律について考えなければならないような気がして焦っている。これが前提の構図だと私は考えています。

 

能動的でも完全に受動的でもない日本のキャリア

日本のキャリアは受け身ではなく中動態的

日本の、特にミドルシニア世代のキャリアを考えるとき、「受け身のキャリア構築から能動的なキャリア構築へ」と二分法で語られることも多いのですが、私はこれも間違っていると思っています。

比較言語学の話になってしまいますが、古代の言語体系には受動態と能動態のほかにもう一つ、「中動態」というものがありました。例えば、「I love you.」は能動態ですが、「I fall in love with you.」ならどうでしょうか。恋に落ちているのは自分だし、文法的にもたしかに能動態ですが、「落とされている」という受け身の感覚も含まれますよね。これが中動態的な感覚です。

日本のキャリアも同じで、とても中動態的なのです。特に正社員の場合、企業が配属先やジョブ、賃金を決めるけれど、従業員側も完全に受け身ではありません。そこでどのくらい頑張るかは従業員次第だからです。

訓練を受けて適応するのも、皆勤賞を目指すのも、査定評価のために目標管理をするのも、全部従業員側の意思によるもの。ジョブに対するwillはなくても、主体性を発揮する余地はものすごくあるのです。

だから「あなたたちのキャリアは受け身だ」と言われてもピンと来ません。これまで中動態的に生きてきたミドルシニアは、主体的にジョブを選んだり学んだりはしてこなかったけれど、仕事は楽しかったし給与も上がってきたし、人との出会いを通じて成長もしてきたという感覚がある。突然キャリア自律を突き付けられて戸惑うのは、その感覚の裏返しでもあるのです。

 

お勧めは社会人大学院 積極的な他者との対話を

では、ミドルシニア世代はこれからどうしていけばいいのでしょうか。端的に言えば、「自分の意思を信じないこと」が大事です。

いまお話ししたような環境の中では、主体的にキャリアを考えようとしても続きません。個人の意思なんてそんなものだと思います。できることと言えば、なるべく人と話をして、社会関係資本を増やしていくこと。

世界価値観調査によると、日本人は圧倒的に他者に対する信頼がないという結果が出ています。初めて会う人をまったく信頼しないのです。一方、もともと知っている人に対する信頼度は高いので、すでに所属しているコミュニティに閉じこもりがちな傾向があります。

しかし、何かやりたいことを見つけてチャレンジしている人は、ほぼ例外なく既存のコミュニティの外に出たり、コミュニティの外の人と交流したりといった経験をしています。

会社の中でも外でも、自分のキャリアや仕事について、腹を割って話し合える人はどのくらいいますか? もし一人も浮かばないのであれば、おそらくあなたの中でやりたいことも見つからないと思います。自分のキャリアについて一人でじっと考える暇があったら、キャリアについて話し合える友達をつくりにいきましょう。

一番のお勧めは社会人大学院です。大学院は最強です。仕事上の力関係が一切存在しない他者ばかりですから、視野が一気に広がります。お金はかかりますが、ほとんど確実に人生観、キャリア観が変わるはずです。

他者との対話というものの効果をいかに信じられるか──これが中動態的に生きてきたミドルシニア世代の皆さんの、キャリア自律への一歩になると思います。

 

プロフィール

小林祐児(こばやし・ゆうじ)

パーソル総合研究所主席研究員 執行役員 シンクタンク本部長

上智大学大学院総合人間科学研究科社会学専攻博士前期課程修了。NHK放送文化研究所、総合マーケティングリサーチファームを経て現職。労働・組織・雇用に関する多様なテーマについて調査・研究を行っている。単著に『早期退職時代のサバイバル術』(幻冬舎新書)、『リスキリングは経営課題』(光文社新書)、共著に『残業学』(光文社新書)、『働くみんなの必修講義 転職学』(KADOKAWA)など多数。

THE21の詳細情報

関連記事

編集部のおすすめ

18時に帰る若手を横目に残業...「管理職の罰ゲーム化」が加速する日本の職場

小林祐児(パーソル総合研究所上席主任研究員)

「部下に指示しない」のが当たり前 マイクロソフトの管理職が持つ常識

牛尾剛(米マイクロソフトAzure Functionsプロダクトチーム シニアソフトウェアエンジニア)

50代求人は「若手の16分の1」…ミドル社員が「転職」より「独立」を選ぶべき理由

前川孝雄(FeelWorks代表取締役/青山学院大学兼任講師)