
学び直しをするといっても、勉強のモチベーションを保ち続けるのは難しいもの。「勉強できる環境」はどのように作り出せばよいのか。明治大学教授の堀田秀吾氏に語ってもらった。(取材・構成:橋口佐紀子)
※本稿は、『THE21』2026年3月号特集[圧倒的な差がつく「学び直し」]より、内容を一部抜粋・再編集したものです。
※前後編の前編です。
新たな学びを始めるのに、遅すぎるということはありません。ただ、新しいことを学びたいと思いつつも始められない、始めても続かないという人は多いでしょう。
それは、私たちには「現状維持バイアス」があるからです。人間は、今の状態が安心・安全・安定していれば動きたくないものです。
一方で、新しい学びを始めるには大きな労力を要します。誰しも、面倒くさいことは避けたいもの。だから、意志だけでは新しいことを始められません。まずはそう理解することがスタートです。
では、どうするか。強い意志を要せずに「始められる」「続けられる」仕組みを構築することです。そのポイントは大きく二つあり、一つは既存の習慣に付け加えること、もう一つは環境を整えることです。
まず、「既存の習慣に付け加える」とは、すでに備わっている習慣(ハビット)に新しい行動をくっつける(スタッキング)こと。「ハビット・スタッキング」と呼ばれます。精神的な負担を少なくしながら、新たな習慣を身につけようというアプローチです。
例えば、歯磨きや朝のコーヒーといった「いつもの習慣」に、「英単語を5つ覚える」といった新しく習慣にしたいことをくっつける。些細な時間の使い方ですが、毎日5つ新しい単語を覚えれば、1カ月で150個、1年で1825個になります。ボキャブラリーは格段に増えます。
英語学習といえば、私も実践していたのが、通勤時に目に入るものを英語に変換するという勉強法。歩きながら、「電柱は英語でなんて言うのだろう」「あの女性は髪を三つ編みにしているけど英語ではなんて言うのだろう」などと、目に入ったものを片っ端から英語にしてみるのです。
今の時代、わからない表現は、ChatGPTに聞けばすぐに答えてくれます。英会話もChatGPTなどでできてしまいますし、英語以外でもわからないことは大抵のことは教えてくれます。スマホの画面を見たり、文字を打ったりしながらの歩きスマホは危ないですが、ChatGPTであれば音声で操作できます。
そして、気になったことはメモしておく。今はスマホに音声メモで残せますよね。通勤は毎日のルーティンですから、これもハビット・スタッキングの一例です。通勤中に気になった単語を音声メモで残し、夕食後、歯磨きをしながら5つ覚えるという循環をつくれば、使える英単語は自ずと増えていきますね。
次に「環境を整える」という点では、「勉強をしたくなる仕組み」と「勉強を妨げるものを防ぐ仕組み」を同時につくることが欠かせません。
勉強をしたくなる仕組みで一番わかりやすいのは、テキストやノートのページを開いたままにしておくこと。机の上に開いてあれば、いつでもすぐに始められます。翌日再開するときのハードルを下げるのです。
私は、自宅で仕事をするときにはそこから一歩も動かなくていいように環境を整えています。メインのデスクとは別に、自分の両サイドにサイドテーブルと可動式のラックを置き、必要な資料、モニター、飲み物などをすべて手の届く範囲に揃えています。
それらにコの字に囲まれて、ソファーに座って仕事するというのが、私のスタイルです。ソファーは快適ですし、そこから出るのが面倒なので、何時間でも没頭できます。実際、毎日寝落ちするまで仕事をしています。
これは極端な例で、みんなには「変態だ」と言われますが、仕事の環境づくりは非常に意識しています。「仕事を妨げるものを防ぐ仕組み」のほうも、もちろん工夫しています。
私は多趣味で、かつ自分の意志の弱さもわかっているので、没頭できる環境を整えなければ、すぐに気が散って違うことをやり始めてしまう。例えば、ギターが視界に入ると弾きたくなります。そこで、ハードケースに入れて押し入れに仕舞っています。
誘惑を断つポイントは、ツーアクション以上にすること。ギターをハードケースに入れて立てかけておくだけだと、ワンアクションでギターを取り出せますが、さらに押し入れに仕舞えば、ツーアクションが必要になり、途端に面倒になるのです。

勉強中の誘惑といえば、大敵なのがスマホでしょう。実際、テキサス大学オースティン校のエイドリアン・ウォードらの研究では、スマホが近くにあるだけで、ないときと比べて注意力が散漫になってしまうことが明らかになっています。
手が届くところにあるとつい触りたくなるので、遠ざけましょう。お勧めは、隣の部屋に置くこと。立ち上がって、部屋のドアを開けるというツーアクションを設けることで、使用のハードルを上げるのです。
さらに強力なのは、人に預けることです。「1時間使わないから預かっておいて」などと宣言してスマホを渡してしまう。一貫性バイアスといって、自分で他人に宣言したことは守らないとモヤモヤするもの。加えて、「1回スマホを使ったら500円」などと罰則を決めておくと、より効果的です。
たまに500円を払うくらいならいいのですが、毎日となると、なんだか癪に障りますよね。そうすると、500円払うのは癪だから1時間集中して勉強しようということになるのです。
結局は仕組みづくりです。意志の力だけでは、スマホ断ちも勉強の習慣化もできません。強制力を働かせるための仕組みをいかにつくるかが肝心です。
勉強に集中したいなら、あえてスマホを家に置いて図書館に行くという方法もあります。あるいは、有料のセミナーに参加する。お金を払った分、人は損をしたくないと思うので、勉強しようというモチベーションが働くのです。
また、ドミニカン大学カリフォルニア校のゲイル・マシューズらの研究では、(1)達成したい目標と行動の約束を紙に書く、(2)書いたものを友人に渡す、(3)進捗を毎週報告する、という3段階の工夫をすることで、目標をただ思い浮かべるだけの人に比べて、目標達成率が1.4倍、1.5倍、1.8倍にそれぞれ高まることがわかっています。人に公言することで強制力が高まるのです。
SNS上で宣言するという方法でもいいでしょう。大事なのは、誰かに監視されている状況をつくることです。
更新:02月21日 00:05