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「欧米は合理的」は幻想 アメリカ企業にも存在する“社内政治の実態”

2025年12月23日 公開

木村琢磨(昭和女子大学教授)

社内政治

「欧米は合理的で、社内政治とは無縁」――日本ではそんなイメージが語られがちです。しかし、歴史的背景や文化の違いを踏まえて見ていくと、欧米にも暗黙の了解や非公式な調整が数多く存在します。本稿では、なぜ合理性のイメージが生まれたのか、そして欧米企業に根づく社内政治の実態について、書籍『社内政治の科学 経営学の研究成果』より解説します。

※本稿は、木村琢磨著『社内政治の科学 経営学の研究成果』(日経BP)より内容を一部抜粋・編集したものです

 

欧米は合理的という幻想

日本では、欧米、特にアメリカの企業は率直なコミュニケーションと合理的な意思決定を重視していると考えられています。そのためか、社内政治のような回りくどいやり方とは無縁だというイメージが広がっています。

たとえば、

・ アメリカでは契約ですべて明文化される
・ 評価は実力主義で透明性が高い
・ 転職が自由でしがらみがない

といった見方は、日本の多くのビジネスパーソンに広く共有されています。こうしたイメージが、「日本の根回しや建て前のような行動は欧米には存在しない」という誤解につながっているのです。

しかし、こうした見方は単純化された幻想にすぎません。欧米でも、非公式に交渉したり、遠回しに伝えたり、人間関係に配慮した行動は日常的に見られます。これらが日本の根回しや建て前とは異なる形で現れているだけであり、その重要性は日本と変わりません。

アメリカ社会には「不文律」や「暗黙の了解」が多く存在します。たとえばメジャーリーグでは「大差がついたら盗塁してはいけない」という不文律が存在します。会社の会議でも、思ったことを自由に言ってよいわけではなく、「相手の発言を遮らない」「他人の意見をリスペクトする」といった暗黙のルールが存在します。これらの文化的現象は、欧米社会が単純明快な合理性だけで動いているわけではないことを示しています。

 

「欧米は合理的」幻想はなぜ生まれたのか

では、なぜ日本では欧米を「合理的で社内政治とは無縁」ととらえる幻想が広まったのでしょうか。それには歴史的背景があります。戦後、日本はアメリカから導入した経営手法を先進的なものとして受け入れてきました。そして、成果主義やジョブ型雇用、コンプライアンス重視の制度は、欧米的マネジメントの象徴として紹介されました。その結果、欧米のビジネス文化が理想化され、現実に存在する「非合理」な側面は見落とされがちになりました。

また、コミュニケーション文化の違いも一因です。日本は「ハイコンテクスト文化」と呼ばれ、空気を読む、察する、言葉にしないという前提が強く働きます。一方、アメリカは「ローコンテクスト文化」とされ、言葉で明示することが重視されます。

しかし、この違いが「欧米=率直」「日本=遠回し」といった二項対立的な誤解を生んでいます。実際には、欧米にも「察し」が求められる場面は多く、「明示的であること」がすべての場面に当てはまるわけではありません。

「アメリカは個人主義で契約社会」という認識も影響しているかもしれません。個人主義という言葉はしばしば誤解されていますが、個人主義の社会では人々は常に自分を優先しているわけではありません。個人主義であるがゆえに、自分が自由であるのと同等に他者の自由が尊重されます。

また、契約社会というのは個人の権利や責任を明文化して文書に残すことを重視するものであって、単にすべてを明文化するということではありません。他者を尊重し、人間の集団として共生していくために、形式的契約で規制できない人間関係の微妙な部分を、不文律で補う社会といえます。

社内政治や非公式な慣行は、日本特有のものではありません。組織が人間の集合体である限り、どの文化にも存在する普遍的なものです。ただし、その表れ方や言語表現、規範は文化によって異なるため、それぞれの文化に応じた社内政治のあり方を理解し、適切に対応する力が求められます。

 

そもそも社内政治研究は米国発祥

社内政治の研究史は、発祥地はアメリカです。その事実からも、アメリカ企業に社内政治が根づいていることがうかがえます。

社内政治研究の出発点とされるのは、リチャード・サイアートとジェームズ・マーチが『企業の行動理論』(1963年)で展開した理論です(Cyert & March, 1963)。彼らの理論では、組織の意思決定は合理的なプロセスではなく、交渉や妥協の積み重ねによる政治的プロセスであるとされました。

これは「企業は経済合理性に基づいて意思決定をする」という、それまでの組織論の前提をくつがえすものでした。サイアートもマーチもアメリカの研究者であり、『企業の行動理論』を発表した当時はカーネギーメロン大学に所属していました。

社内政治研究における初期の実証研究を主導したのも、アメリカの研究者たちでした。アンドリュー・ペティグルーは、1973年に発表した著書『組織意思決定の政治学』の中で、組織における権力闘争や情報のコントロールが、意思決定の内容やプロセスにどのような影響を及ぼすかを詳細に分析しています(Pettigrew,1973)。

1980年代に入ると、ジェラルド・フェリスらアメリカの研究者たちが中心となり、社内政治の実証研究が心理学のアプローチから進められました(Ferris et al., 1989)。

そして1990年代以降、社内政治の心理学的研究は、フェリスのほか、ミシェル・カクマール、ドーン・カールソンなどによって行われました。彼らの研究対象は民間企業にとどまらず、政府機関や大学の事務部門などにも広がりました(Ferris et al., 1994, 1996;Kacmar et al., 1999)。こうした研究からも、社内政治がアメリカ社会でもごく一般的な現象であることがうかがえます。

このように「組織は政治的な場である」という見方は、アメリカの経営学において古くから定着している認識であることが分かります。社内政治が日本特有だという認識は、研究の歴史を見れば誤りであることが明らかです。むしろ、アメリカをはじめとする世界各国の経営学は、社内政治に限らず、組織の裏側や目に見えにくい側面を深く議論してきました。

 

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