「若手の育成が難しい」と感じる管理職が増えている中、若手のキャリア形成と育成に詳しい古屋星斗氏は、意外にも「今の若手と上司はコミュニケーションがしやすくなっているはずだ」と言う。では、何が若手育成を阻む障壁となっているのか。今日からできる「距離の縮め方」を聞いた。(取材・構成: 橋口佐紀子)
※本稿は、『THE21』2025年6月号特集[もう苦労しない!新・若手育成の教科書]より、内容を一部抜粋・再編集したものです。
「人材育成や、組織と人との関係において、"Z世代"なるものは存在しない」
若手社員のことが理解できず、その育成に苦労されている方には驚かれるかもしれませんが、私はそう考えています。
その理由は2点あります。1つは、今の20代の就業への価値観が非常に多様化していることが様々なデータからわかるからです。
私が所属するリクルートワークス研究所の調査では、例えば「現在の会社で長く勤めたいか、魅力的な会社があれば転職したいか」「会社で色々な仕事をしたいか、会社で専門分野をつくりたいか」「忙しくても給料が良い仕事がしたいか、給料は低くとも落ち着いて働きたいか」のいずれも、ほぼ50%ずつの回答になりました(上図参照)。
この3つの軸だけでも、2の3乗で8通りに分かれます。そして実際、この8通りの組み合わせが10~15%の出現率でほぼ均等に出るのです。そうすると、「Z世代」とひとくくりにするけれど、「Z世代とは誰ですか?」という疑問が生じます。
もう1つは、若者論を遡ると、半世紀前から言われる内容は変わっていないからです。残業しない、飲み会に来ない、コミュニケーションが苦手、すぐ辞める、安定志向、指示待ちという6点セットがよく言われますが、それは半世紀前の若者も同じでした。今の60歳前後の方々が若かった頃、いわゆる「新人類世代」の頃からまったく同じことが言われてきたのです。
また、若者論の中で「プライベート志向」もよく指摘されます。実際、「プライベートと仕事のどちらが大事か」を問う設問では、Z世代の7割がプライベートを選びました。
しかし実のところ、このプライベート志向は30代、40代でも同じ傾向が見られます。ということは、若手だけが変わってきたわけではなく、日本社会全体が変わってきたということです。
もう一つ、興味深い研究があります。博報堂生活総合研究所では30年ほど前から「生活定点」調査を行なっており、年代別の価値観や嗜好を様々な項目について調べています。そして同調査によると、この30年で、年代による差が大きくなっている項目よりも、差が小さくなっている項目のほうがずっと多く、世代間の差は縮小していることがわかったのです。そのことを同研究所では「消齢化」と呼んでいます。
これら様々なデータが指し示しているのは、少なくとも60代から20代という現役世代においては「世代間の差が縮小している」という事実です。つまり今の60代と20代は、昔よりもはるかに会話がしやすくなっているはずなのです。
それなのになぜ、そうはなっていないのか。私は、コミュニケーションの量が減ってしまったことが根本的な原因ではないかと考えています。
ハラスメントに対する過度な怖れや、「Z世代はこうだ」といった情報の氾濫が、Z世代とその上の世代との間で断絶を生み、その結果、コミュニケーションの頻度と量が下がり、さらに「彼らは自分たちとは違う」という思い込みを加速させています。
そうすることで、目の前にいるたった一人の若手、たった一人の部下と話をするのではなく、メディアから摂取する情報に頼った若者像をつくりあげて、ますます目の前の若手とのコミュニケーションを減らして悪循環を生んでしまっているのではないか、というのが私の仮説です。
そこで、繰り返しになりますが強調して申し上げたいのは、「皆さんと20代はまったく変わりませんよ」ということです。日本人は健康寿命も延びていますし、見た目も、考え方も15歳ぐらい若返っています。
ですから、若手との関係における大前提として、「コミュニケーションを取りやすくなっているはずだ」という思いを、まずは持っていただきたいと思います。
では、どうすればいいのかという話ですが、非常に重要なのがコミュニケーション頻度です。私の研究でも、頻度が高ければ高いほど、育成成功率が上がるという結果が出ています(上図参照)。
その際、コミュニケーションの内容は何でもいいのです。武勇伝を話してもいい、懇親会や飲み会に誘ってもいい、もちろん、若手のやりたいことや困っていることを聞くという今流行りの忖度型コミュニケーションでもいい。いずれにしても、コミュニケーション頻度をいかに高めるかを意識していただきたいと思います。
つまり、1カ月に1度、1時間の1on1ミーティングをするよりも、1日2、3分毎日話したほうが効果は高いということです。総時間が同じなら、頻度が高いほうが効果的です。そして、1日数分ということは、「昨日何食べた?」といった程度のカジュアルなコミュニケーションになります。
こうした会話は得意な方もいれば苦手な方もいますよね。そこで必要になるのが、話す相手の情報を知ることです。バックグラウンドがわからない状態で雑談をしようとしても、すぐに途切れてしまいます。そして雑談には、一般的なZ世代の情報ではなく、その人の情報が必要です。
例えば、就職時の採用面接で話した内容は一番参考になります。今の大学生は学生時代にやっていたことも多様化していて、それぞれにユニークな経験を蓄えています。その情報を人事部が持っているはずですが、ほとんど現場には降りてきていません。もったいないなと思います。
また、職場で雑談タイムを設けているところもありますが、「さぁ、どうぞ」と言われるとお互いにハードルが高いもの。ざっくばらんには話せません。カジュアルなコミュニケーションは、時間を決めて行なうものではなく、奇襲攻撃が基本です。
コミュニケーションを取るうえで、若手が何を考えているのかがわからないという悩みもよく耳にします。
若手に自分の気持ちを開示してもらわなければいけないわけですが、その際、「まず若手に話を聞く」方が多いようです。でも、それは確実に逆効果になります。聞かれても彼らは決して本音は話さないからです。
例えば、直近の調査で、転職するときに辞める理由を前職で話したかを調べたところ、全部話したという人は全体の2割しかいませんでした。本音をいかに話しづらいかがうかがえる結果です。そこで私がお勧めするのは、上の方が先に自己開示をすることです。自分はこういう転職活動をしたことがある、こんな悩みがあって最近こんなことを学んでいる、などです。もちろん、昨日何を食べたかでもいい。何でもいいので、上の方が先に白状することです。
若手と上司・先輩がすれ違う根本的な原因は、上の方からすると「若手が何を考えているのかわからない」ですが、逆も然りで、若手の方には上司・先輩が何を考えているのかさっぱりわからないのです。
若手からすると、上司や先輩、特に出世している方は、会社に対して1ミリも不満も不安もないように見えます。でも、そんな人はいませんよね。みんなを率いている強いリーダーという過去のリーダー像が残っているのか、不満や不安を表に出してはいけないと思っているリーダーの方は多いですが、若手にとってはそれが開示における障壁になります。だから、上司や先輩のほうが先にひと言本音を言うことで、若手側はグッと話しやすくなるのです。
上の方が先に自己開示するというのは、オンライン上のコミュニケーションでも同じです。この数年、リモートワークが取り入れられるようになって、SlackやTeamsなどでのコミュニケーションの仕方も問題になっています。でも、私が大手化学メーカーの方と行なっている、新入社員に関する共同研究では、オンライン上のチャットなどによるコミュニケーションも、対面での会話と同等の効果があることがわかりました。
ただ、オンライン上のコミュニケーションの場合、どうしても事務的な会話のみになりがちです。それこそ、カジュアルなコミュニケーションになりにくい。そこで、雑談を織り交ぜるような仕掛けをつくる必要があります。例えば、朝決まった時間帯に、昨日あったことをひと言、チームのチャット上に投稿するなどです。それを上の方が先にやることで、コミュニケーションが生まれやすくなります。
ここまではチームリーダーの方が個人で取り組めることですが、一方で、組織として、カジュアルなコミュニケーションをしやすい組織をいかにつくるかという視点も欠かせません。現代風に言うと「心理的安全性を高める」ということですが、昭和的に言えば、社内運動会や社内旅行、懇親会といったことです。
実は日本企業は、そういうやり方でカジュアルなコミュニケーションの場をつくるのが得意でした。それが、カイゼンやQCサークル、ワイガヤなど、世界の企業にインパクトを与えたイノベーションを生み出しました。ところが、失われた30年の中、効率一辺倒な価値観によって全部切り捨ててしまったのです。
もちろん、過去と同じやり方では無理があり、カジュアルなコミュニケーションの場に上下関係が介在してしまうと、人間関係の負荷がかえって高まり、逆効果になります。その点、好事例が昨年から社内運動会を復活させたパナソニックです。企画も運営もすべて20代の若手社員が担っているそうです。
私は、人間関係の負荷を上げずに若手を育てるには、「横の関係で育てる」ことが解決策になると考えています。つまり、フラットの関係の中で切磋琢磨できる場をつくることです。
今、スタートアップ企業や外資系企業では、チームビルディング登山やチーム選択制社内旅行など、日本企業のいいところを真似しつつ、従来とはやり方を変えた社内行事が広がっています。サウナ部などの社内部活動も流行っています。いずれにしても、社内におけるコミュニケーション頻度を担保する仕組みが必要になっているのです。
私は、コミュニケーションがうまく生じるのは、「居場所のある組織」だと思っています。ただ、その居場所のあり方に一つの正解があるわけではありません。
それぞれの会社に強みや特徴があり、自分たちの会社はどういうコミュニティであるべきかを突き詰めて考えていかなければいけない時代になっています。なぜなら、そのコミュニティの価値観に沿って集まった組織でなければ、メンバーの持つ力は十分に発揮されないからです。
人材が多様化しているからこそ、自分たちの会社で活躍する人はどういう人なのか、一緒に働きたい人はどういう人なのか、限界まで考えなければいけなくなっています。
ただ、社内運動会などの行事をやろうにも、チームリーダー一人が個人で決められることではありません。私は、管理職や上司・先輩が職場だけで若手を育成できる時代は終わったと考えています。従来、日本企業は「OJT×内製化」で人材育成をしてきましたが、それも限界にきています。
働き方改革が進んでも、労働時間が一番減らないのが40代、50代であり、上司・先輩が一番忙しいのです。であれば、人材育成を職場内で閉じてしまうのではなく、もっと外の力を使っていかなければいけません。例えば、他社や他部署で修行するという「越境学習」です。
越境学習の一番と言っていい効果は、外に出ることで、自分の会社や仕事の良さがわかることです。逆に言えば、それらは外に出なければわかりません。
副業・兼業や社内副業をチームリーダーの一存で決めることはできませんが、「こういう勉強会があるよ」と、社外の勉強会やイベントの情報を提供することなら明日からでもすぐにできます。情報だけ提供して、行くかどうかは本人に決めてもらうのです。
そのためには、上司自身も会社の外に目を向ける必要があります。実際、越境学習されている上司のほうが人材育成は上手いという結果も出ています(上図参照)。
逆に、組織内で成果を上げて出世していく上司を、若手はロールモデルにしにくくなっています。社内外で色々な活動をしている"変な上司"のほうがロールモデルになりやすいのです。
育成が上手い上司と数字を出すのが上手い上司はイコールではありません。ところが、現状はほとんどの企業で、その異なる2つの機能を同じ人に担わせています。そのこと自体に無理があり、私は育成専門職を置く必要性さえあるのではないかと考えています。
若手の育成が難しいと感じている方に最後に申し上げたいのが、「無理なら無理だと言うべきだ」ということです。
今、大手企業の管理職の75%が「若手が十分に育っていない」と感じていて、65%は「このままでは職場の若手が離職してしまう」と感じているといいます。ですから、若手の育成が難しいというのは、あなただけの問題ではなく、みんなの問題なのです。
そのことを経営層に理解してもらうには、一人の意見として伝えるのではなく、横のつながりを活用し、チームリーダー同士、管理職同士で問題意識を共有して、複数人の意見として伝えることが有効です。
自律とは、一人きりで生きていくことではなく、誰にでも頼って無理なことは無理だと言えることだと私は思います。我慢するだけでは、組織は良くなりませんし、イノベーションも起きません。「無理だ」「改善が必要だ」と声を上げることから、新たな発明が生まれます。
若手の育成が難しくなっているなら、どうすればいいのかを話し合える土壌を作る。その任を担うのが、新しい時代のリーダーではないでしょうか。
更新:06月04日 00:05