2025年11月06日 公開

テクノロジーを駆使した植物工場でイチゴなどを生産し、成長を続けるOishii Farm。同社の古賀大貴CEOは、「農業といえば屋外でやる仕事。そうイメージする人が多いだろうが、人口が激増している今の地球において、それはもはやサステナブルではない」と話す。同氏に植物工場の現状と今後の展望を聞いた。(取材・構成:川端隆人)
※本稿は、『THE21』2025年12月号の内容を一部抜粋・再編集したものです。

――屋内の工場で農産物を生産する「植物工場」で起業した理由は?
【古賀】世界の人口は増加していて、2080年代に103億人でピークを迎えるとされています。増加する食料の需要をまかなう必要がありますが、土地、水、さらには労働力といったリソースはまったく足りていません。
100億人を食べさせるためにはインド2つ分の森林を伐採して農地にしなければ間に合わないんです。使用する水の量は今の1.5倍必要になりますが、地球上にある人間が利用できる水の96%は、すでに利用されています。
つまり、既存の農業はもうサステナブルではない。このままだと確実に農業は崩壊する、ということです。
農業を持続可能にするには、テクノロジーの力が必要です。そこで、植物工場によって、この問題を解決しようとしているのです。
屋外で行なっていた農業を工場内で行なうというのは、自動車の動力源がガソリンから電気に変わるよりも、もっと抜本的なパラダイムシフトです。これが確実に起こります。
――アメリカの工場で主にイチゴの生産を行なっています。なぜ最初の作物としてイチゴを選んだのでしょうか?
【古賀】僕らがやろうとしているのは、世界最大の農業ブランドを作ること、世界最大の農業生産者になることです。これから数十年かけてその目標に向かうとして、利益が上がらないと規模拡大ができません。
当社以前にも植物工場に取り組んだ企業は多くありますが、生産しやすい葉物野菜に取り組んでいました。しかし、どんなに美味しいレタスを作れたとしても、差別化が難しく、利益を上げにくい。その点、イチゴは品質に差が出やすくて差別化しやすいのです。
ご存じのように、イチゴやリンゴなどの果物にはブランド化の成功例がたくさんあります。
ただ、植物工場でイチゴを生産するには受粉が課題でした。そこで、AIやデータサイエンスを使い、あらゆる環境パラメータを制御することで、ハチによる自然受粉の技術を独自に確立しました。
――現在、御社のイチゴはアメリカ国内で高級品として販売されています。今後は低価格化していくという方向性も考えていますか?
【古賀】イチゴの市場規模は5兆円で、プレミアムゾーンの1割だけでも5000億円もあります。まだしばらくは、高級路線を維持するつもりです。
ただ、当社の最終的なミッションは、今ある野菜や果物より美味しいものを、少なくとも今と同じような価格で作ることです。テクノロジーを使って、農業のやり方自体を完全にアップデートしていきたいと考えています。
自動車で言えば、フェラーリを目指したいわけではなく、トヨタやテスラ、BYDのように、新しい農業を一般に普及させることを目指しています。いきなり200万円代のクルマを出すのは難しいので、まずは高級車を造りながらブランドを築いている、というのが現在の状況ですね。

Oishii Farmのイチゴは、ニューヨークの一流レストランなどから扱いが始まり、2022年からはアメリカの大手高級スーパーマーケット「ホールフーズマーケット」でも販売されている

――今年、東京都羽村市に研究開発施設「オープンイノベーションセンター」を開設しました。その目的は?
【古賀】さらに研究開発を進め、より美味しいものをより安く世に出していくこと。また、イチゴ以外の品目についてもできるだけたくさん研究していきたいという狙いもあります。
そして、大きな理由がもう一つあります。
2024年にアメリカ・ニュージャージー州で本格稼働を始めた当社のメガファームは、センサーからイチゴを摘むロボットのパーツ、栽培する棚の小さな部品に至るまで、すべて独自にカスタムメイドしています。そのため、とても手間がかかっています。
すでにニーズは世界中にあることがわかっているなかで、生産拠点をいかに早く、大量に世界展開していくかを考えたとき、現在のやり方では難しい。例えば「次は中東に植物工場を造りたい」となったら、工場を造るのに必要なパーツ一式を送り、現地の施工業者が組み立てれば稼働できる、組み立て式の家具のようなかたちにしていく必要があります。
こうした量産化は当社1社でやれることではなく、パートナーと組む必要があります。
そこで、日本にオープンイノベーションセンターを作って、国内のメーカーなどとともに、工場の量産化を進めていきたいと考えています。
――いわば、工場をパッケージ化して輸出するようなイメージですね。
【古賀】石油プラントや化学プラント、新幹線などの輸出で、日本はすでに数多くの実績を持っています。それに近いとも言えるでしょう。
植物工場は、グリーンハウス農業の技術とエンジニアリングの掛け合わせです。
前者は非常に特殊な分野で、そもそも、世界を見渡しても、ほぼ日本とオランダにしかノウハウがありません。
エンジニアリングについては、植物工場で必要なのは、空調、LED照明、ロボティクス、IoTといった分野です。いずれも世界トップ10に日本企業が並ぶ分野です。
そもそも植物工場は約20年前に日本で生まれた技術で、研究開発の場として最もふさわしいのが日本なんです。
もちろん、データサイエンスやAIなど、アメリカが非常に強い分野の技術も必要ですから、アメリカと日本の両方に研究拠点を持つことで、今後は両方の「いいとこ取り」をしていけると思います。
アメリカで生産したイチゴを輸出する、というかたちの世界展開でいいのなら、来週からでもできるでしょう。実際、「中東に空輸して1パック1万円で売ろう」というような話はたくさんいただきます。
でも、僕らがやろうとしてるのは、短期的に利益を最大化することではなく、農業のパラダイムチェンジをすること。そのためには、ビジネスとしても、サステナブルなものにしなくてはいけない。
基本的には、現地生産、現地消費のかたちで世界中に広げていきます。

2024年にアメリカ・ニュージャージー州で本格稼働が始まった世界最大級(敷地面積2.2万㎡)の植物工場「メガファーム」では、温度・湿度・二酸化炭素・光・風速などのあらゆるパラメーターを自動制御している。完全無農薬で、使用した水の大半は再利用され、電力は隣接した太陽光発電所で発電したものを利用している
――今後の展望を教えてください。
【古賀】遠くない将来に、アメリカ以外の地域での生産を発表できればと思っています。
その先には、ほぼ世界中のすべてのスーパーにOishii Farmのイチゴ、トマト、メロンなどが並ぶ棚がある、という状況を実現したい。そこからは、どれだけ品目を増やしていけるかですね。
今のところ、専門家はほぼ全員が、植物工場で穀物を生産するのは割に合わないと言っています。確かに、現在の常識で考えるとその通りです。けれども、決して不可能ではないと、私は思っています。
「人々の生存を支えるカロリーの主な源である穀物も、屋外で作るより植物工場で作るほうが安い」というところまで持っていかないと、歴史を変えるには至りません。将来的にはそこまで行きたいと思っています。
私は、植物工場は21世紀の日本に残された最大級のチャンスだと思っています。他の産業と比べて圧倒的に「勝ち筋」があると考えています。
技術的には誰がどう見てもリードしているので、あとはちゃんとした戦略さえ考えれば、リードを守れます。
農業には、今の日本の基幹産業である自動車産業と同じレベルのポテンシャルがあり、日本人として本当にやりがいがあるビジネスだと思います。
この点に共感してくださる仲間がどんどん集まってくださると嬉しいです。
【古賀大貴(こが・ひろき)】
1986年、東京生まれ。少年時代を欧米で過ごし、帰国。慶應義塾大学を卒業後、コンサルティングファームを経て、UCバークレーでのMBA取得のために渡米。「日本のもので世界を驚かせたい」という長年の想いから、日本の農業技術と工業技術を活かした植物工場領域で起業を決意。2017年にOishii Farmを米国ニュージャージー州にて共同創業。高品質な農作物を生産するとともに、サステナブルな農業の実現と、日本の技術を基盤とした新たな世界産業の創出に挑戦している。
更新:11月07日 00:05