
優秀なプレイヤーほど、リーダーになると「任せられない病」に陥りやすい――。日本電気株式会社(NEC)で1000人規模のプロジェクトを何度も率いてきた五十嵐剛氏は、そんなリーダーの"任せることへの苦手意識"を取っ払うためには、「任せる技術」だけではなく、メンバー心の底から信じ抜く「任せる勇気」が必要だと語る。本連載では、『任せる勇気』(三笠書房)から、真にメンバーを動かす"依頼の極意"を紹介します。
※本稿は、五十嵐剛著『任せる勇気』(三笠書房)より一部抜粋・編集したものです。
ある社会人の女性がいました。仕事が忙しいことを理由に、毎晩お菓子をつまみながら、運動もせずにだらだら過ごしていました。友人や家族に「そろそろダイエットしたら?」と言われても、彼女は「わかっているけど、今は無理」と言って、まったく聞く耳を持ちません。
そんなある日、彼女は家の掃除をしていたときに、学生時代のアルバムを発見し、スリムだった頃の自分の写真を見つけます。すると彼女は、少しずつ食生活を整え、ダイエットを始めたのです。
そうです。人は「自分で決めたこと」でしか動きません。
もっと言うと、自分で決めたことにしか主体的になれないのです。
仕事を任せて、ただ淡々とやらせても、そこに主体性がなければ、いい成果は期待できませんし、メンバー自身も成長を実感することはできません。あなた自身のプレイヤー時代を思い返しても、この「自分で決めたことにしか主体的になれない」という行動原理には、きっと共感できるはずです。
しかし、リーダーになった途端、この重要な原理を忘れてしまう人が少なくありません。「仕事を振りさえすれば、メンバーは動いてくれる」と、なぜか安直に考えてしまうのです。つまり前回の記事でお伝えした「この範囲までは、任せる」という伝え方も、それが単に一方的に仕事を振っているだけであれば、何の意味も持ちません。
大切なのは、メンバーに「これは自分がやると決めた仕事だ」という内発的動機を持たせてあげることなのです。
では、どうすれば、メンバーに「自分がやると決めさせる」ことができるのか。ここで重要になってくるのは、「疑問形」で尋ねることです。
次のような伝え方を参考にしてみてください。
「この仕事、○○さんに任せたいんだけど、いいかな?」
「このプロジェクトを○○さんに任せたいんだけど、やってもらえない?」
決して、「任せる」「任せた」と言い切ってはいけません。言い切り型で伝えてしまうと、たとえそれがメンバーにとってモチベーションのある仕事であっても、必ず「やらされ感」が生まれてしまいます。そうなると、どこかのタイミングでやる気が下がったときに「リーダーに任せられたから」という都合のいい逃げ道ができてしまうのです。
「君に任せた」とはっきり言えるリーダーは、一見するとかっこよく見えますが、それは幻想です。威厳なんて不要です。最終決定は、必ずメンバーに委ねましょう。これを実践するだけで、相手には自然と責任感が芽生えます。
「疑問形にして、断られたらどうするんだ」と思われた方へ。
少し厳しい言い方にはなってしまいますが、それはあなたがリーダーとして十分にメンバーとの信頼関係を築けていない証拠です。日頃からメンバーと対話を重ね、適性や抱えている仕事の負担をしっかり把握した上で任せようとしているのであれば、断られることはまずありません。
とはいえ、それを言ってしまうと身も蓋もないので、ここでは「断られないための伝え方のコツ」をお伝えしましょう。それは、任せたい仕事がどのような価値を生むのか、その大義名分を示してあげることです。
イソップ寓語の「3人のレンガ職人」の話をご存じでしょうか。
旅人が、黙々とレンガを積んでいる3人の職人たちに「あなたは何をしているのですか?」と尋ねました。
職人Aは顔をしかめて言いました。「見ればわかるだろう。レンガを積んでいるのだ。こんなこと、どうして俺がやらなきゃいけないのか......」
職人Bは額の汗を拭いながら答えました。「レンガを積んで、壁を作っているのだ。大変だけど、これで家族を養っていけるからね」
そして、職人Cは目を輝かせながら言いました。「レンガを積んで、後世に残る偉大な大聖堂を造っているのだ。大変だなんてとんでもない。こんな素晴らしい仕事はないだろう?」
同じ「レンガを積む」という行為でも、見ている目的が違うだけで、意識や行動もまったく変わることがわかります。
同様に、任せた仕事が、会社やチーム、社会にとって大きな意味を持つものだとメンバーに理解してもらうことができれば、彼らの仕事への向き合い方は劇的に変わるのです。
「このデータ集計で、新しい地域貢献サービスが生まれる」
「この仕事を成功させれば、○○さんのキャリアにも大きなプラスになる」
「この資料作成によって、会議の質が大きく変わるんだ」
このように、その仕事が持つ社会的意義や会社としての位置づけ、そして成功することで得られる恩恵やメリットなどを、しっかりと伝えてあげましょう。
さらに重要なのが、相手の「名前」を呼ぶことです。「〇〇さんに、この仕事を任せたい」と伝えてください。
人は誰しも「自分を特別に見ていてほしい」という承認欲求を持っています。そのため、チームに何人もいる中で、リーダーがきちんと自分を認識し、「個」として見てくれているという事実は、間違いなくメンバーを勇気づけます。
だからこそ、折に触れてメンバーの名前を呼び、絶対に間違えてはいけません。
私は人の名前を覚えるのが苦手だったので、名簿一覧や座席表を机の引き出しに入れて、いつでも確認できるように準備していました。覚えにくいときはマーカーでチェックしたり、付箋に書いたりして、何とか覚えたものです。
それくらい、名前を覚える努力には大きな価値があります。メンバーがどんなに多くて大変でも、関心と尊重を示すための「投資」だと考えましょう。
さて、ここまで述べてきたように、仕事を任せるときは、疑問形で尋ね、大義名分と相手の名前を添えることが大切です。
そして、もう1つ。可能であれば「なぜ、あなたに任せたいのか」という任命理由も具体的に伝えましょう。
「〇〇さんの諦めない根気が必要だから、この仕事を任せたいんだけど」
「〇〇さんの折衝能力に期待して、このプロジェクトを頼みたいんだけど」
「○○さんの発想力を借りたいから、この企画をお願いしたいんだけど」
具体的な任命理由を示すことで、任せる言葉にグッと説得性が増します。
「疑問形で尋ねる」「大義名分を示す」「名前を呼ぶ」「任命理由を添える」
この筋道をしっかり立てて、任せてみてください。
更新:11月25日 00:05