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なぜ部下は「褒め言葉」で動かないのか?上司が知らない“フィードバック”の落とし穴

中原淳(立教大学経営学部教授)

ポジティブフィードバックの失敗パターン

ポジティブフィードバックのプロセスは、「観察」から始まる。普段から自分の仕事ぶりをよく見てくれていない上司の言葉を、部下は信用しないからだ。本記事では、ポジティブフィードバックの基礎となる、上司と部下の信頼関係を築くための「観察」の方法について解説する。(取材・構成:杉山直隆)

※本稿は、『THE21』2025年3月号の内容を一部抜粋・再編集したものです

 

典型的な失敗パターンがアンケートから見えてきた

ポジティブフィードバックのプロセス

ポジティブフィードバックとは、部下の強みや良い点を伝えるフィードバックのこと。

部下を成長させるためには、耳の痛いことを伝えるネガティブフィードバックだけでなく、ポジティブフィードバックも欠かせません。人は鏡がないと自分の顔貌がわからないように、自分の強みや良い点も、自分では、わかっているようでわかっていないからです。

ところが、自分自身が褒められて育っていないからか、ポジティブフィードバックに苦手意識を持っていたり、どうすればいいのかわからなかったりするマネジャーは、意外と少なくありません。

図表1が、ポジティブフィードバックをするためのプロセスです。

まず、面談の前に、部下をよく観察して、適切なポジティブフィードバックをするための情報を取得します(⓪観察)。

面談に臨んだら、まずは「いつもよくやってくれて、ありがとう」とねぎらったり、「最近、困っていることはある?」などと部下の話を聞いたりして、信頼関係を確保します(①場づくり)。

そのうえで、部下を観察することで得た情報にもとづき、部下の強みや良い点を具体的に伝えます(②強みの通知)。

「先日のプレゼン、3日前から繰り返し練習をしていたかいがあって、時間内にわかりやすく話せていたように感じたよ。クライアントに響いていたように見えたよ」などと、仕事の結果だけでなく、そこに至ったプロセスを褒めることがポイントです。

部下に強みをフィードバックしても、部下が腹落ちしないことも、よくあります。腹落ちしていないようなら、会話をしながら、部下の納得がいく方向に話を進めていきます(③対話)。

先ほどの例で言えば、「プレゼン前に練習する人は意外と少ないよ」とフォローしたり、「資料の図解をシンプルにしたのも良かったね」と別の角度で褒めたりしていきます。

部下が腹落ちしたら、それを踏まえて、強みを伸ばしていくために明日から何をやるかを、上司と部下で一緒になって考えます(④行動づくり)。

最後に、「いつも頑張ってくれて、ありがとう」という感謝と、「高い目標に挑戦することになるけれども、頑張って」といった期待を伝え、部下の自己効力感を高める(⑤感謝と期待の通知)といった具合です。

ただし、このプロセスはあくまで基本であり、落とし穴はたくさんあります。

いったい、どこに落とし穴があるのか。PHP研究所が、フィードバックを受ける立場の若手ビジネスパーソン34人にアンケートを実施した結果を見ると、「ポジティブフィードバックだとしても、これは聞き入れたくない」と思われてしまうパターンが見えてきました。

 

信頼していない上司の話は聞き入れられない

一つ目の典型的な失敗パターン は、信頼関係を築かないままフィードバックをしていることです。

普段、まったく部下とコミュニケーションをとっていない上司が、パソコン作業をしながら、目を合わせることなく、「あ、そう言えば、◯◯さん、この間のプレゼン良かったよ」と褒めてきた――。

こんなフィードバックを聞き入れる部下はほとんどいないでしょう。上司と部下の間で信頼関係が築かれていないからです。内容が同じフィードバックでも、信頼していない上司の言うことは、部下は聞きません。その発言が信用に足ると思えないからです。

上司と部下との信頼関係や協調関係は、上司と部下の間で交換される報酬によって築かれていきます。

例えば、上司が部下に対して評価や信頼、注目などの内的報酬を提供する一方、部下が上司に信頼や忠誠心などを提供することで、良好な関係が築かれます。つまり、信頼を得るためには、上司から部下に内的報酬を提供していくことが重要です。

先述した例では、部下の目を見ないで、パソコン作業をしながら、上司がフィードバックをしていました。これでは部下は、信頼や注目といった内的報酬を感じることができません。

相手の目を見て、相手のほうを向いて話すことで、上司が部下を評価し、敬意を払い、注目をしているという態度を示すことが大切です。

 

上司と部下の信頼関係は「観察」で醸成される

ポジティブフィードバックの失敗例と改善法

そもそも、ポジティブフィードバックを部下に聞き入れてもらうためには、最初のステップである「観察」をきちんと行なうことが不可欠です。

ポジティブフィードバックだとしても、「全体的に良かった」「きめ細かい仕事ぶりだった」などという曖昧な内容では、部下の心に響きません。むしろ、「何が良かったのかわからない」「ちゃんと見ていないのではないか」と見透かされてしまいます。

「具体的にどういうところで、そう思ったんですか?」と問いかけられたときに、うまく答えられなければ、信頼関係を失ってしまうでしょう。

そうならないためには、きちんと観察したうえでフィードバックをすることが大切です。

誰にも指摘されたことがないような具体的なフィードバックをされた部下は、「この上司は自分をちゃんと見てくれている」と感じ、信頼するようになるでしょう。

普段の仕事の中で、具体的で的確なポジティブフィードバックをするための情報を得るには、SBI情報を意識することが重要です。

SBI情報とは、以下の3つのことです。

・S=シチュエーション(どのような状況で、どんな状況のときに)
・B=ビヘイビア(部下のどんな振る舞い・行動が)
・I=インパクト(周囲やその仕事に対して、どんな良い影響を与えたのか)

例えば、営業であれば、

・ここ半年の営業実績の件だけど(=シチュエーション)
・アポ取りの電話を1日平均20件に増やしたからか(=ビヘイビア)
・営業実績が前年同月比で3割上がったね(=インパクト)

あるいは、総務や人事・労務の仕事であれば、

・月末の勤怠の提出の件だけど(=シチュエーション)
・提出の方法を改善してくれたことで(=ビヘイビア)
・遅れる人が以前の半分に減ったね(=インパクト)

といった具合です。

自分の仕事の行動が良かったかどうかは、自分自身ではそうだと思っていても、誰かに言ってもらわなければ確証が持てないものです。それを上司から具体的にフィードバックすることで「自分がやっていたことは間違いではなかった」と確信を持つことができ、自信を持って、その行動を続けようと思えるようになります。

 

1回15分だけでも頻繁に1on1を

1on1は、フィードバックの場としてだけでなく、SBI情報を収集するうえでも欠かせません。

最近の仕事について報告をしてもらい、「何が良くて、何が良くなかったのか」「問題が起きた原因は何なのか」などを振り返ってもらえば、ある程度のSBI情報が入手できます。

失敗したことの中にも「うまくリカバーした」というように褒める要素はありますから、ネガティブな話であっても、ポジティブなところがないか探してみましょう。

重要なのはその頻度です。

1on1自体は既に取り入れている職場も多いと思いますが、大部分の職場では、年1回、期初や期末の目標達成度評価をする面談と同じタイミングで行なう程度ではないでしょうか。

しかし、年1~2回では不十分です。「ここ半年間の仕事ぶりを振り返ってほしい」と言われても、半年前の自分の仕事を事細かく覚えていられる人はそうはいません。

例えば営業なら、1カ月の訪問数は言えるかもしれませんが、トークの内容やクロージングまで持っていくプロセスなどは細かく覚えていないでしょう。

抽象的な振り返りに終始するのでは意味がありません。1回にかける時間は15分程度で良いので、少なくとも隔週1回は行ないたいものです。

 

超多忙で時間がなければ朝の声かけをしよう

1on1をするときに重要なのは、部下が話したいことをしっかりと聞き切ることです。

自戒を込めて申し上げますが、「Hear(意識しなくても聞こえてくる)」はできても「Listen(意識して聞こうとする)」はなかなかできないものです。

部下が話している途中で話の腰を折ったり自分の話をしたりせずに、「そうだよね」とうなずきながら、理解しようとする。そのような積極的・能動的な聞き方こそが、マネジャーに求められる聞き方です。

SBI情報を入手するには、朝の声かけをするのも良いでしょう。毎朝、出勤したときに、職場を回遊して、一人ひとりの部下にひと言、ふた言の声かけをするのです。

例えば、「あの件は順調に進んでいる?」「何か困ったことある?」と、今の仕事の状況を軽く聞く。すると、「うまくいっていない」「悩んでいる」というようなネガティブな情報が入ってくることのほうが多いと思いますが、ポジティブな情報が得られることもあります。

特にSBI情報が得られなくても、毎日言葉を交わしていれば、部下との心の距離を縮める効果も期待できます。

 

互いに褒め合う仕組みを作る

とはいえ、最近は在宅勤務が進んでいますから、1on1や朝の声かけをする時間がない職場もあるでしょう。そうした職場なら、自分の眼だけでなく、部下たちの眼も使うこと。同僚が他の同僚を褒める仕組みを作ると良いでしょう。

例えば、手助けしてくれた同僚に紙や電子のカードでお礼を伝える「サンクスカード」は、多くの会社が導入しています。この長所は、数字に表れにくい部下の活躍が可視化されることです。

プロジェクト終了後に褒め合う機会を作るのもお勧めです。

自然とポジティブなフィードバックを言い合う文化を確立できれば理想的です。そうなれば、上司がわざわざ言わなくても、互いに自分の長所に気づくことができ、強みを伸ばせるようになります。

 

著者紹介

中原淳(なかはら・じゅん)

立教大学経営学部教授

1975年、北海道生まれ。東京大学教育学部を卒業後、大阪大学大学院、マサチューセッツ工科大学客員研究員、東京大学准教授などを経て、2018年より現職。企業や組織における人材開発・リーダーシップについての研究を専門に扱う。主な著書に『フィードバック入門』(PHPビジネス新書)などがある。

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