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岸田政権はぬるま湯化した日本市場を「再加熱」した 海外投資家が評価する理由

ワイズマン廣田綾子(米ホライゾン・キネティックス社 アジア戦略担当ディレクター)

海外投資家はなぜ、日本に投資するのか

ウォーレン・バフェット氏の来日や、一流企業の大株主として海外ファンドの名前があがるなど、これまでにないほど海外投資家から日本市場、日本企業への注目が、かつてないほど高まっている。この背景には、企業や機関投資家に関する行動規範の整備や取引所による改革要請といった内的要因があるという。

本稿では岸田政権の目玉政策"岸田プラン"がもたらした影響について、40年間米国で投資家として活躍してきた、米ホライゾン・キネティックス社 アジア戦略担当ディレクターのワイズマン廣田綾子氏による書籍『海外投資家はなぜ、日本に投資するのか』より、解説する。

※本稿は、ワイズマン廣田綾子著『海外投資家はなぜ、日本に投資するのか』(日経BP)より内容を一部抜粋・編集したものです

 

岸田プランの影響

海外投資家に対する積極的なアピールを官民一体で本格化させるきっかけを作ったのが、岸田政権下で内閣官房直轄組織「新しい資本主義実現会議」が策定した2つのプラン―「資産所得倍増プラン」(22年11月)、と「資産運用立国実現プラン」(23年12月)です。厳密にいえば前者の「倍増プラン」の中身は策定後、後者の「実現プラン」に統合されていますので、ここでは便宜上、まとめて「岸田プラン」と呼ぶことにします。

岸田プランで最も注目を集めたのは、何といっても個人による少額投資を税優遇(非課税化)するNISA制度の拡充です。が、プランの本来の目的は金融市場全体としての資金循環の実現にあり、税制改正による個人投資促進はそのパーツの一つに過ぎません。

資金の好循環の実現というコンセプトについて、政府はよく「インベストメントチェーンの強化」という表現を用いて説明しています。インベストメントチェーンとは直訳すれば「資金供給の鎖」のことで、投資を受けた企業が成長し、その恩恵を投資家側が公平に受け取る互恵関係といった意味合いがあります。

チェーンと聞くと、何かシンプルな鎖の輪っかのようなものを想像したくなるところですが、現実の市場内の資金の流れは極めて複雑で、多種多様なプレイヤーの縄張りや思惑が絡み合っています。

岸田プランではインベストメントチェーンを構成するさまざまな主体を、家計(個人投資家)、金融商品の販売事業者(銀行や証券会社など)、資産運用業者(投資信託の運用会社など)、アセットオーナーなどの機関投資家、そして市場で調達した資金を活用して成長を目指す企業というふうに整理し、それぞれの機能を強化するための施策を打ち出しました。

その具体策として、NISA拡充により家計に滞留する2000兆円超の預金を投資に回し、プリンシプルの整備や規制強化(金融サービス提供法改正による、いわゆる「最善利益勘案義務」の創設)によって販売事業者、資産運用業者の業務高度化を促したのです。アセットオーナーについては、岸田政権下で新たなプリンシプル(アセットオーナー・プリンシプル)が制定されました。

インベストメントチェーンを強化するこうした政策の中でも、特に企業におけるガバナンス改革および市場改革はその後、国内上場企業の経営姿勢、資本政策に大きな影響を与えました。

東京証券取引所は23年3月、プライム市場・スタンダード市場の全上場会社を対象に、「資本コストや株価を意識した経営の実現に向けた対応」を要請。その後、金融庁側も東証と共に、要請を受けた各社の対応について「フォローアップ」するとの方針を公表し、各社をけん制しました。

東証による要請の中身をみると、「政策保有株を売却せよ」「自社株買いを積極的に実施せよ」といった明確な具体策が明示されているわけではありません。実際の文面ではただ資本コスト・収益性の現状分析、改善に向けた計画策定とその開示・実行というサイクルを提示しているに過ぎないのです。

にもかかわらず、東証による改革要請は各社の経営姿勢を変えました。実際、上場企業による株式の売出総額は23年、24年ともに2兆円を超える高水準で推移しています。24年最大の売出となったホンダ株については、大手損害保険会社、メガバンクなどが売り手となり、金融業界を含む各分野の大企業が持ち合いの慣例から脱却しつつあることを印象づけました。

政策保有株が占める割合は、日本経営がどれだけ変わったことを示す、最も有用な指標だと言えます。企業経営者たちがどれだけ立派な戦略を口にしても、それは単なる意思表示に過ぎません。一方、持ち合い株の保有状況に関するデータは、株式を売却する企業側が価値向上への意志を行動に移しているかを示しているのです。JPXの公表データによれば、株主に占める金融機関と事業会社の比率は1990年には68.5%に上っていましたが、2023年には37%まで減少しています。

東証が公表している調査結果によれば、24年7月時点でプライム市場の86%にわたる1406社、スタンダード市場の44%にあたる701社が、要請を受けた自社の対応状況について対外的に開示済みだといいます。法的な強制力に頼ることなく、情報開示を求めることによって、乗り遅れによる悪目立ちを防がなければいけないという心理的プレッシャーを与えるこの手法は、コーポレートガバナンス・コードやスチュワードシップ・コードにおける実効性確保のアプローチともよく似ています。

岸田政権発足以前から準備が進められてきた東証の市場区分再編(2022年)に合わせ、上場維持基準が引き上げられたことも注目に値します。グロース市場の上場維持基準を「上場10年後に時価総額40億円以上」と定めたことについては、依然として規律づけが不十分といった批判はあるものの、ぬるま湯化していた株式市場を「再加熱」し、左うちわでは激動の時代を生き延びることができない現実を各社の経営層に知らしめる警鐘として、大きな意義があったと思います。

上場を継続する理由が乏しい企業に退陣に迫ったことも、公開市場を通じて幅広い投資家から成長資金を集めるという株式市場本来の役割を、改めて明確化するきっかけになったのではないでしょうか。

 

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