2025年09月24日 公開
学生時代に身につけたその勉強法、実はかなり効率が悪いかも?
安川氏は、米国の医師国家試験に上位1%以内の高得点で合格し、現在は米国大学病院で活躍している人物。
覚えるべきことも、求められる勉強量も膨大なはず。ここでは、自身も実践してきたという「科学的に根拠のある効果の高い勉強法」を解説してもらった。(取材・構成:塚田有香)
※本稿は、『THE21』2025年10月号特集[いま取るべき「資格」の選び方・学び方]より、内容を一部抜粋・再編集したものです。
資格取得を目指して勉強を始めたものの、学んだことをなかなか覚えられず、試験の点数も伸びない。そんな悩みを抱えるミドル世代は多いようです。中には「物覚えが悪くなる年齢だから仕方ない」と考える人もいるでしょう。
しかし、頑張って勉強しても成果が出ないのだとしたら、それは年齢や記憶力の良し悪しが原因ではなく、単に「効果の低い勉強法」を行なっているだけかもしれません。
私たち人間は100年以上前から、効果的な学習プロセスについて学術的な研究を行ない、知見を積み上げてきました。それにより、現代では「科学的根拠に基づく効果の高い勉強法」が明らかになっています。
私は現在、米国で医師として働いていますが、日米の医師国家試験に合格し、狭き門とされる米国の大学病院に外国人医師として採用されてから今日に至るまで、膨大な量の勉強を日々こなしてきました。覚えることがあまりに多く、限られた時間でいかに効率的に勉強するかを常に考え続けてきた経験があります。
その結果、米国の医師国家試験に上位1%以内の高得点で合格し、渡米後も内科や感染症の専門医試験に上位の成績で合格しました。これは決して私の頭が特別に良かったわけではなく、科学的に効果の高い勉強法を実践したからです。当初からそれがわかっていたわけではありませんが、医師として様々な論文を読むうちに、「あれは科学的に根拠があったのだ」と腑に落ちました。
そこで皆さんにも、脳科学や心理学の研究によって得られた客観的証拠に基づき、最短で成果を出すための知見をお伝えしたいと思います。
まず前提として知っていただきたいのが、一般的に行なわれている学習法の中に、実は科学的に見て効果が高くないものがあることです。例えば、教科書や本を繰り返し読む「再読」も、その一つです。
米国の大学生を対象とした研究によると、ある文章を続けて2回読むグループと1回だけ読むグループに分け、内容をできるだけ思い出す試験を2日後に実施したところ、2つのグループの成績に有意な差はありませんでした。
また、教科書や参考書の文章をノートに書き写したり、文章にハイライトやアンダーラインを引いたりする勉強法についても、同様の比較研究があり、科学的に見て有用性が低いと評価されています。
これらの学習効果が低い理由に、「流暢性の錯覚」があります。これは実際には脳が記憶も理解もしていないのに、覚えた気やわかった気になってしまう心理的現象です。
何度も再読するうちに文章に慣れてしまい、それだけで理解した気になってしまう。ノートに丁寧に書き写したり、ハイライトを引いたりすると、達成感があって勉強した気になってしまう。その結果、学んだ内容についてさらに理解を深めたり、長期的に記憶を定着させるための情報処理が行なわれにくいと考えられます。
資格学習に限らず、何かを勉強するときは、「流暢性の錯覚」に陥らないよう気をつける必要があります。
一方で、「科学的に効果の高い勉強法」とは、どのようなものか。その答えは「アクティブリコール(Active recall)+分散学習」であると結論づけられます。
「アクティブリコール」とは、簡単に言えば「勉強したことや覚えたいことを、能動的に思い出す(記憶から引き出す)作業」です。
学習に関する数多くの研究から、記憶を長期的に定着させるには、それを「脳から取り出す作業」が決定的に重要であることが明らかになっています。つまり何かを記憶するには、アウトプットこそが効果的な勉強法であるということです。
多くの人は、勉強に対して「とにかくたくさんインプットすることが大事」というイメージを持っています。ビジネスパーソンの皆さんも、忙しい仕事の合間を縫って、できるだけ多く本を読んだり、オンラインの講義を聴いたりする時間を増やそうと頑張っているかもしれません。
しかしインプットだけに重きを置いた勉強法は、科学的に見ると効率が悪いことがわかっており、それを示す研究報告も多数あります。
代表的なのが、2006年に心理学の研究者であるローディガーとカーピックが発表した報告です。この研究では、120人の大学生にTOEFLの教科書に掲載された2つの文章を読んでもらい、各文章について7分間の学習セッションを2回実施しました。1つの文章は、合計14分をかけて何度も読み返し、もう1つの文章は、最初の7分間は読んで勉強し、次の7分間はその内容をできるだけ思い出して書き出すアクティブリコールを行ないました。
この学習セッションが終わったあと、大学生を3つのグループに分け、それぞれ学習から5分後・2日後・1週間後に、文章の内容を書き出すテストを実施しました。その結果を示したのが上のグラフです。
学習直後のテストでは「1回読む+1回書き出す」を行なった学生のほうが、「2回とも読む」を行なった学生より点数が若干低かったものの、2日後と1週間後のテストでは明らかに点数が高くなりました。アクティブリコールを行なった学生は、行なわなかった学生に比べてインプットの時間が半分だったにもかかわらず、長期的に記憶が定着したことを示しています。
これ以外にも様々な年齢・教材・試験形式において、アクティブリコールの有効性を示す研究報告が数多く存在します。これまでインプット中心の勉強をしてきた人は、アウトプットを意識した勉強法に変えることで、学習効率やパフォーマンスを大きく伸ばせる可能性があるのです。
アクティブリコールには、様々なやり方があります。学んだことを紙に書き出す、誰かに話す、練習問題を解く、暗記カードやフラッシュカードを使うといった作業は、どれも能動的に思い出す行為です。あるいは問題を見て、ただ頭の中で答えを思い出すだけでも効果があることが確認されています。
中でも学習効果が高いと考えられるのが、「思い出すための手がかりが少ない状態」で行なうアクティブリコールです。
ある研究では、読んだ情報を何もヒントのない状態で思い出した学生は、文章の一部が空欄になっているようなヒントのある状態で思い出した学生より、記憶の定着が良かったと報告されています。
思い出す手がかりが少なければ、脳に負荷がかかります。これは「望ましい困難」と呼ばれ、学習効果を高める方法として知られます。
実は私が学生時代から現在まで続けているのは、まさに「望ましい困難」を与えてくれる勉強法です。その方法とは、「ブツブツ呟いて教えるふりをしながら書き出す白紙勉強法」。たいそうな名前をつけましたが、やり方は至ってシンプルです。
まず教科書や参考書などを読み、その内容を見ずに、覚えたいことを白紙にできるだけ書き出す。ただこれだけです。まったく手がかりがない状態で記憶を引き出すには、白紙に書く方法がうってつけです。
紙とペンさえあれば、いつでもどこでもできるので、忙しい人もスキマ時間を利用して、手っ取り早く学習効果を高められます。手書きではなく、パソコンに打ち出す方法でも、アクティブリコールの効果が得られることが研究でわかっています。
特に覚えにくい情報や難しい内容は、ブツブツ呟きながら書き出します。「プロダクション効果」と言って、ただ黙読するより、声に出したほうが記憶に残るためです。さらには誰かに教えているつもりでアウトプットすると、教える行為によって学習内容への理解が深まる「プロテジェ効果」も期待できます。
私が白紙学習法を始めたのは大学時代で、きっかけはインド旅行でした。学年の半分は落ちると言われる超難関の解剖学試験があったのですが、私は試験直前の春休みにどうしてもインドへ行きたかったのです(笑)。
そこで分厚い教科書から、最低限必要なページだけコピーしてバックパックに入れ、旅行中のスキマ時間に読んでは白紙に書き出しました。同級生たちに比べて学習時間は圧倒的に少なかったはずですが、帰国後の試験では合格ラインを余裕で超える点数を獲得し、これは非常に効果的な勉強だと確信しました。それがのちに科学的にも効果があるとわかり、なるほどと納得がいきました。
ただし、実際にやってみるとわかりますが、ヒントのない状態で思い出す作業は、想像以上に難しいものです。だからこそ流暢性の錯覚に陥らず、脳が本当に記憶しているか試せるのがメリットですが、「こんなに忘れてしまうなんて、自分の記憶力が悪いからではないか」と落ち込む人もいるかもしれません。
しかし、そんな必要はありません。なぜなら忘れるのが普通だからです。生きるために直接必要のない情報まですべて覚えていたら大変なので、人間の脳はどんどん忘れるようにできています。ですから思い出せないことがあって当然です。
ちなみに「もう歳だから覚えられない」と考えるのは、科学的に正しい認識とは言えません。
確かに個人の体験に関する「エピソード記憶」や、情報を一時的に記憶する「ワーキングメモリ」の機能は、年齢とともにある程度低下します。一方で、言葉の意味や知識などの一般的な事実に関する「意味記憶」は、加齢の影響を受けにくいことが科学的に解明されています。知識を学ぶ勉強において、年齢はハンデにならないと思ってください。
話を戻しましょう。人間は忘れるのが普通だからこそ、記憶したいことがあれば、自分の脳に「これは必要な情報ですよ」と伝えて、しっかり覚えてもらう必要があります。記憶を思い出すアクティブリコールは、そのための方法です。
ただし一度伝えただけでは、脳はまた忘れてしまう可能性があります。そこで重要なのが、時間を空けて同じ内容を繰り返し学習することです。これを「分散学習」と呼びます。
ある学習範囲について、一度にまとめて勉強するより、時間を分散して勉強するほうが、長期的に記憶が定着しやすいことがわかっています。ある範囲の英単語を覚えたい場合、2時間続けて勉強するより、今日は1時間、また別の日に1時間と、分散して学習したほうが、時間が経ってテストをしたときに覚えている単語の数は多いということです。
分散学習の効果を検証した論文は数百本以上あり、多くの科学的知見により有用性は高いと評価されています。よってすでにお伝えした通り、「アクティブリコール+分散学習」の組み合わせが、現代の科学的根拠に基づく効果の高い学習法であり、かつ誰でも実践しやすい"最高の勉強法"だと私は考えています。なおこの2つを組み合わせた学習法は「連続的再学習」と呼ばれることもあります。
私自身、前述の白紙学習法に分散学習を組み合わせて、連続的再学習を実践しています。具体的な手順は次の通りです。
①覚えたいことを元の情報を見ずに書き出す(アクティブリコール)
②その時点で忘れていることや理解していないことは、教科書などを見て確認する(フィードバック)
③内容を思い出せるようになるまで、①と②を少なくとも1〜3回繰り返す
④その後しばらく時間を空けて、同じ内容をアクティブリコールし、忘れていることがあればまたフィードバックする
このサイクルを繰り返すことで、最初は覚えられなかったことも、長期的な記憶として定着します。
どれくらい時間を空けるべきかについては、研究者の間でも様々な議論があり、決着がついていません。ただ個人的には、難しく考えなくていいと思っています。どんな間隔でやるにせよ、時間を空けて反復する効果は、科学的に裏づけられているからです。資格取得を目指すのであれば、試験までに出題範囲を何度も繰り返すことを意識して、学習スケジュールを組むといいでしょう。それが結果的に分散学習の実践につながるはずです。
科学的に効果が高い勉強法としては、他に「インターリービング(Inter-leaving)」があります。これは似たようなトピックを交互に学習する方法で、よりわかりやすく言えば、複数の分野やテーマを“混ぜこぜ”にして学習することを指します。
資格試験が複数の分野から出題されるなら、「A分野の教科書を読む→A分野の問題を解く」「B分野の教科書を読む→B分野の問題を解く」といった個別の学習のみで終わらせず、すべての分野が混ぜこぜで出題される過去問や模試を解くことで、最終的な学習成果が高まります。これは前者が「この問題はA分野の知識を使えば解ける」とヒントを与えているのに対し、後者はどの分野の知識を適用すべきかを自分で考えなければいけないため、脳により多く負荷がかかるためと考えられます。
もちろん学習初期の段階では、分野毎に勉強して理解を深める必要がありますが、個別の問題を6割程度解けるようになったら、過去問を解いたり、問題集の各章を混ぜこぜにして解いてみたりと、インターリービングを取り入れるといいでしょう。
覚えたいことをフラッシュカードや単語カードにする人も多いと思いますが、これも順番を固定したまま使うのではなく、バラバラに入れ替えて答えるといった工夫をすると効果的です。米国では「Anki」という分散学習アプリが人気で、入力した問題をランダムに出題してくれるので、こうしたツールを活用するのもお勧めです。
また、生成AIを学習ツールとして活用してもいいでしょう。私もChatGPTにわからないことを説明してもらったり、それに対する疑問をぶつけて理解を深めていくといった使い方をしています。
学んだことに対し、「なぜそうなるのか(Why)」「どのようにしてそうなるのか(How)」と問いかける勉強法は「精緻的質問」と呼ばれ、これも科学的に有用性があることがわかっています。生成AIを相手に精緻的質問を繰り返すことで、学んだ知識をさらに深めていけるでしょう。
更新:09月25日 00:05