上司が「自分の本当にやるべき仕事」を知り、部下との信頼関係のもとで仕事を任せていければ、チームはより強い組織に生まれ変わる。ここでは、グロービス経営大学院教員を務める鳥潟氏に、「部下の成長を促す理想的な任せ方」「部下の状態を把握するためのコーチング的1on1への取り組み方」を聞いた。(取材・構成:川端隆人)
※本稿は、『THE21』2025年1月号特集「人が育ち、チームも伸びる最高の任せ方」より、内容を一部抜粋・再編集したものです。
プレイング・マネジャーとして忙しく仕事をしていらっしゃる方にとって、「部下に仕事を任せられたら」という願いは切実でしょう。
けれども、どうやって任せたらうまくいくのだろう。下手をするとミスのフォローで仕事が増えるかもしれない。「任せる」と称して丸投げというわけにもいかない。面倒だからもう自分でやってしまおう......こうして、ますます業務は増えていき、部下は育たない。そんな悩みはよくあります。
問題を解決するためには、「どうするか」の前に、まずは理想的な任せ方とは何か、それができるとどうなるのかをイメージすることから始めましょう。
理想的な任せ方には、三つの要素があります。
第一に、任せられた側、部下の視座を高めること。上司の仕事を部下に任せるということは、上司が見ている「景色」を部下にも見せるということです。それまで目の前の仕事しか見ていなかった部下が、チームや会社全体の目的、戦略、外部環境などにまで視界を広げることができるようになります。
第二に、部下の主体性を育むこと。例えば「この資料、作っといて」とただ仕事を投げられるのではなく、「実は、次の役員会議でこんな提案を通したい」「そのために、日頃からお客さんに接してニーズを把握しているあなたにお願いしたい」と任せられる。すると、部下はより主体的に仕事に取り組むようになります。
最後に、部下の成長につながること。それまで上司がやっていた業務に取り組むことは、部下にとってストレッチされた課題への挑戦です。任されることで主体性も高まり、成長につながります。
以上、三つの要素を備えているのが、「理想的な任せ方」です。 そのうえで、では実際にどうやって部下に仕事を任せていくかが問題になります。
例えば、こんな疑問を持つ方もいるでしょう。
「現実には雑用を部下に振らなければならないことも多い。雑用で視座が高まるとか、主体性がと言われても......」
たしかに、現状では「雑用」、あるいは定型的な業務しか部下に振ることができていないかもしれません。だとしても、できることはあります。
ある企業では、新聞五紙を毎朝チェックし、競合他社に関する記事をコピーしてファイルするのが、若手社員の仕事になっていました。この仕事は、もしも上司が「雑用だ」と思って指示するなら、部下にとっても「雑用」です。
では、そもそもこの業務は何を目的にしているのでしょうか。競合他社の動きを知り、市場の動向を見極め、自社の戦略判断を行なうための資料収集のはずです。上司がこの目的を理解して伝えるだけでも部下の視座は高まりますし、仕事の捉え方も変わってきます。
また、どんな業務でも効率化は可能です。「もっと情報を全社で共有しやすいやり方を考えてもらえると助かるんだけど」とお願いするだけでも、部下の主体性を引き出せます。部下の得意分野や志向を見極めたうえで、「集めた記事をPDFにして、検索できるようにできたら便利だと思うんだけど、◯◯さんならできる?」といった相談をしてみるのも一つの手です。
このように、上司がしっかりと仕事の意味を理解していることは、仕事を任せるうえで重要です。
もう一つ、大事なことは、部下の状態を正しく把握していること。
部下の能力ややりたいことがわからなければ、「あなただからお願いしたい」という任せ方はできません。 部下の状態を把握するために欠かせないのが、1on1、部下と一対一での面談です。
私がリーダーを務める事業部では、1~2週間に1回、30分間、全社員が上司と1on1ミーティングを行なうことになっています。また、「1on1は部下のための時間」という方針も明確に定めています。上司が聞きたいことを聞くとか、仕事の依頼をするとか、進捗を確認するための時間ではないということです。
1on1の目的は三つあります。まずは部下が業務を円滑に進め、成果を出すために支援すること。仕事で困っていることがあったら一緒に解決しようということです。
二つ目は部下の成長を促すこと。悩みを相談されたら、「こう考えてみたらいいんじゃない?」とか「こういう本があるから読んでみたら?」と部下自身の思考を引き出すようにします。
三つ目が、相互信頼を育むこと。話しやすい環境を作って、何でも相談できる信頼関係を目指します。 こうした目的を持って面談することが、結果的には上司が部下の状態を正しく把握することにもつながるのです。
1on1に苦手意識を持っているマネジャーは少なくありません。「相談されても、うまく解決してあげることができなかった。頼りにならない上司と思われただけじゃないか?」といった経験をお持ちの方もいるでしょう。
1on1において、解決策を出すのは必ずしも上司の仕事ではありません。私自身、部下に相談されてすぐに答えを出すことは、ほとんどないと言ってもいいくらいです。
「こんなことで悩んでいるんですが、どうすればいいと思いますか?」と私が部下に問われたとき、一番多い対応は「どうすればいいと思う? ちょっと一緒に考えよう」です。相手の力を引き出すコーチング的なアプローチと言ってもいいでしょう。
「とりあえず困っていることを書き出してみようか」「もうちょっと細かく言語化できる?」などと促しながら一緒に考えていくと、「実は部下自身が解決策を知っていた」とわかることは多々あります。解決策を明確に言葉にできていなかった、わかってはいたけれど解決に動くための後押しが欲しかった、というケースです。
コーチング的な1on1を続けていくと、問題は解決していきやすいですし、それによって部下の信頼を得ることもできるのです。
部下に仕事を任せるときに、うまく仕事を進めてくれるか、心配になるのは当然です。とはいえ「任せる」と言いつつ、あれこれ口出しするのは憚られます。どのように見守るのが正しいのか。これもよくある悩みです。
前提として、任せる仕事の重要度と部下の能力レベルの把握は欠かせません。重要度はそこまで高くないし、部下の能力も十分というケースなら、そもそも介入の必要はないでしょう。重要度が高かったり、部下にとって初めての仕事だったりといった場合が問題になるわけです。
そのような場合、まずはその仕事の目的や、ゴールイメージをしっかり共有すること。そのうえで、「途中で刻む」のが有効です。
例えば、資料の作成を頼むとしたら、「3日後にアウトラインを提出してもらって、確認しよう」とチェックポイントをあらかじめ設定します。そこで軌道修正を行なったうえで、「ではまた3日後に、これこれの段階まで進めたものを確認しよう」と次のチェックポイントを設定する。これをゴールまでに何段階か繰り返すのです。
思いついたときに「あれ、どうなった?」と介入するのは、ついやってしまいがちな失敗です。部下は「任せるって言ったのに、どういうこと?」と感じます。やる気と上司への信頼を削ぐまずいやり方です。あらかじめチェックするタイミングを決めることで、部下は「並走してくれている」「指導してもらっている」と感じるのです。
【鳥潟幸志(とりがた・こうじ)】
(株)グロービス マネジング・ディレクター
埼玉大学教育学部卒業。サイバーエージェントでインターネットマーケティングのコンサルタントとして、金融・旅行・サービス業のネットマーケティングを支援。その後、ビルコム(株)取締役COOを経て、グロービスに参画し、社内のEdtech推進部門にて「GLOBIS 学び放題」の事業リーダーを務める。グロービス経営大学院や企業研修において思考系・ベンチャー系等のプログラムの講師を務めている他、大手企業での新規事業立案を目的としたコンサルティングセッションのファシリテーションも行なっている。
更新:03月26日 00:05