多様化しているのは、働き方だけではありません。ダイバーシティの時代において、様々な個性や背景を持つメンバーをまとめることも、マネジャー共通の重要課題です。
そこで着目するのが「パーパス経営」。自社の存在意義を明確にし、それをミッション・ビジョンとして掲げる経営手法のことです。多様な人々の集まりは、あるミッションを共有することで結束できます。ですからリーダーも、折に触れミッションやそれが持つ理念を語り、それに基づいた行動をメンバーに促すことが不可欠です。
他方、企業のトップが掲げる「理念」は、得てして中間管理職には「他人事」のように映りがち。空虚な理想論だと感じることもあるでしょう。
しかし、頭からネガティブに捉えるのは禁物です。ほとんどの経営陣は、中間管理職が思うよりもはるかに真摯に考え抜いてミッションをつくっています。社の存在意義は、経営者にとっての最重要事項。決しておざなりにはできないものなのです。その前提に立ち、掲げられた理念が「自分にとってどんな意味があるか」を、前向きに捉えなおし、自分流にかみ砕いてみることをお勧めします。
実は、私にもその経験があります。日本IBMに在籍していた30代の頃、同社が掲げた『世界に価値あるイノベーション』という理念に、大いに悩みました。イノベーションとはそもそも何か。「変革」だとすると、自分はそんな大それたことをできるのか、会社はできているのか。考えても、なかなか答えは出ませんでした。
そんな中、たまたまお会いした日本語にも堪能なアメリカの大学教授に、英語圏での「イノベーション」の使い方を尋ねたところ、「新しい、という意味が伴えば、たいてい当てはまりますね」とのこと。適切な訳語は何ですか、とさらに問うと、「うーん......工夫、かな」という答えが返ってきました。
この答えで、突然視界が開けたのです。すべての業務に対し日々工夫をし、価値を創り出す。それは非常に現実感のある目標です。これは以後も長らく私の行動指針となりました。
このように、皆さんも自分なりの良い解釈が見つかるまで、ぜひ会社の理念と向き合ってほしいと思います。それは、自分の仕事はもちろん、きっと部下にも良い影響を及ぼしてくれることでしょう。
言うまでもなく、マネジャーはプレイヤーよりずっと大きな影響力を持っています。それは責任の重さでもありますが、それと同時に、大きな喜びにもつながるものです。
時に「上司と部下の板挟み」など、中間管理職ならではのストレスを感じたら、一度会社の外に目を向けましょう。プレイヤー時代よりも権限の範囲は広がり、動かせる金額も桁が変わっているはず。結果として、社会に及ぼす影響力も大きくなっているでしょう。世の中の役に立てている、何かを変えられるという手応えを、明確に感じられるはずです。
もちろん、社内で感じる喜びだって多々あります。私が仕事をしていて一番嬉しい瞬間は、社員の成長ぶりを目にするときです。仕事ぶりが変わり、それが数字に表われ、本人の自信につながっていく。その環境を提供できたこと、導けたことに喜びを感じます。本人が私に感謝していようといまいと、そんなことは関係なし。赤ちゃんが初めて立った瞬間の親の気持ちと同じです(笑)。
しかも、一人ひとりの部下に継続的に目を留めていれば、この変化を随時目撃できます。人の変わりゆく様を目の当たりにでき、それらが合わさることで組織の力も高まっていく──このダイナミズムを創り出せる醍醐味を、マネジャーの皆さんにはぜひ味わっていただきたいと思っています。
【河野英太郎】
Eight Arrows代表取締役,アイデミー取締役執行役員COO
1973年、岐阜県生まれ。東京大学卒業後、電通、アクセンチュアを経て、02年に日本IBMに入社。17年、(株)Eight Arrowsを設立。現在は同社経営の他、(株)アイデミー取締役執行役員COO、グロービス経営大学院客員准教授を務める。『99%の人がしていないたった1%の仕事のコツ』『社会人10年目の壁を乗り越える仕事のコツ』(いずれもディスカヴァー・トゥエンティワン)など著書多数。
更新:11月24日 00:05