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床のゴミを拾わない社員ばかりの会社は滅びる…内田樹が語る「縁の下の力持ち」が去る理由

岩尾俊兵(慶應義塾大学商学部准教授),内田樹氏(思想家・合気道凱風館師範)

会社を去る人のイメージ

「アンサングヒーローがいる集団は強い」「オーバーアチーバーは管理する必要も、査定する必要もない」と語る思想家・武道家の内田樹氏。東京大学史上初の経営学博士で、上場企業の社長も務める岩尾俊兵氏との対談からは、成果主義や能力主義の組織が見落としがちなものが浮かび上がります。

各界のプロフェッショナル7人との対話から「経営する力」の本質に迫った岩尾氏の著書『武器としての経営思考』より、内田氏との対談の一部を紹介します。
※本稿は、岩尾俊兵著『武器としての経営思考』(PHP新書)より、内容を一部抜粋・編集したものです

 

床に落ちているゴミさえ拾わない人たちばかりの集団はいずれ滅びる

【内田】経営学や組織論ではまず見ることのない文字列があります。「アンサングヒーロー(歌われざる英雄)」です。誰にも知られず、本人さえ気づかないまま集団を救う存在のことです。

たとえば、堤防から水が漏れているのを見て、なんとなくそこに小石を詰めておいた。その人のおかげで、その集落は台風のときに堤防決壊せず洪水を免れた。でも、この人が村を救ったことを誰も知らない。本人も知らない。でも、そういう人がいる集団は強い。

ビジネスでも、ほとんどのトラブルは「ジョブとジョブのあいだ」に起きます。誰の仕事でもないのだけれど、「誰もやらないなら、オレがやっとくわ」と言ってさりげなく引き受けた人のおかげで会社に大損害をもたらすトラブルが未然に防げたというようなことは現実にしばしばあるわけです。

でも、その人が会社にもたらした利益を誰も知らない。本人も知らない。あらゆる集団はこの「歌われざる英雄」によって、「起きたかもしれないトラブル」を免れています。でも、「歌われない」から誰も知らない。

成果主義や能力主義が基本の組織では、「歌われざる英雄」が貢献度をゼロ査定されるということもありえます。

「歌われざる英雄」たちがひそやかに集団を支えているのだということに考えが至らない人たちが評価する組織では、トラブルが顕在化する前に補正して、その後の大きなダメージを回避してくれる人はしだいにいなくなります。「そんなのは私のジョブ・ディスクリプションには書かれていない」と言って、床に落ちているゴミさえ拾わない人たちばかりの集団は遠からず滅びます。

【岩尾】強く同意します。たとえば、真に創造的な仕事が生まれるときは、皆が盛んにアイデアを出し合うので、誰の貢献かが見えづらいことが多い。誰とはなしにいつの間にか三々五々、仲間が集まり、知らないうちに良いプロダクトやサービスができていた――。そんな環境が、じつはいちばん理想的です。

 

アンサングヒーロー、オーバーアチーバーがいなくなると……

【岩尾】しかしながら、多くの経営者は活躍の「場」をつくった偶然や関係者をあまり評価しません。株主も「目に見える実績が出ていない人はプロとして即クビ」と平然と言い放ったりする。その結果、善意で組織を維持していたアンサングヒーローがいなくなり、残っても組織のために貢献する意欲をなくします。そして最終的に、会社は慢性的な赤字に陥っていく。

【内田】組織に利益と発展をもたらすうえで欠かせない存在がもう一人います。それが「オーバーアチーバー(over-achiever)」です。「給料以上の仕事をする人」、期待され指示された以上の仕事を進んで行なう人のことです。

組織を牽引(けんいん)し、利益をもたらすのはこのオーバーアチーバーなのですが、組織論の本でも、ビジネス書でも、まず「オーバーアチーバー」という文字列を目にすることはありません。

逆に、多くの組織では、評価・査定制度によって「給料以下の働きしかしていない」アンダーアチーバーの検出と処罰にリソースを割いています。まことに愚かなことだと思います。そんな暇があったら、どうやってオーバーアチーバーに気分よく仕事をしてもらうか、それを考えるべきなのに。

どんな組織にも「フリーライダー」はいます。これは根絶できません。全体の20%くらいは必ず、「ぶら下がるやつ」がいる。そんなのは放っておけばいいんです。フリーライダーを探し出して、処罰しても、何の価値も生まれません。

莫大な「管理コスト・評価コスト」をかけて「働く気のないやつ」をいじめるよりも、オーバーアチーバーが好きに仕事ができる環境を整備するほうが、生産性がはるかに高い。

 

経営者の仕事の根本は「モラル」を高めることにある

【内田】オーバーアチーバーたちは手がかからないんです。だって彼らが求めるのは何よりも「自由」だからです。「好きにさせてくれ」というのが彼らの最優先の要求で、それさえ満たされたら、ほとんど文句はないんです。管理する必要も、査定する必要もない。放っておけばいい。

アンダーアチーバーもオーバーアチーバーも、どちらも「放っておけばいい」んです。つまり、マネージャーはほとんどする仕事がないというのが理想的な組織なんだと僕は思います。

そもそも経営者の最優先の仕事は「未来を見ること」です。仮にいまのビジネスモデルが成功していたとしても、決して「勝ちに居着かない」で、連続的な自己刷新をめざす。遠い目をしてぼうっとしていること、そのような「無刀流」が経営においては理想だと僕は思います。

【岩尾】内田先生のお話をほぼすべて首肯(しゅこう)しながら伺っていましたが、「経営の本質は無刀流」という点について一言、補足させてください。

管理をせずに裁量を任せればうまくいくと考えるのは、先生が根本となる道徳や哲学をおもちだからではないでしょうか。

仮に道徳や哲学に乏しい経営者が同じことをすると、社長も含めて誰も働かない風土だけが形成されてしまう。アンサングヒーローもオーバーアチーバーも現れず、社員が次々と去っていく組織になってしまう恐れがあります。

その意味で、やはり経営者の仕事の根本は「モラル」を高めることにあるように思います。

【内田】そうですね。経営者やリーダーに必要なのは「本気で遠い目標をめざしている」ということだと思います。それを「道徳」と呼んでもいいし、「哲学」と呼んでもいい。

ふつうの人なら恥ずかしくて口にできないような「きれいごと」を本気で実現しようとしている。そのスケールの大きさが人を牽引し、組織を結束させる。そういうものだと思います。

プロフィール

岩尾俊兵(いわお・しゅんぺい)

慶應義塾大学商学部准教授

慶應義塾大学商学部准教授。株式会社トライアイズ代表取締役社長CEO。佐賀県生まれ。東京大学大学院経済学研究科マネジメント専攻博士課程修了。東京大学史上初の博士(経営学)を授与され、2022年より現職。組織学会評議員、日本生産管理学会理事を歴任。義塾賞、組織学会高宮賞(第36、37回)、日本生産管理学会賞、表現者賞等受賞。主な著書に『13歳からの経営の教科書』(KADOKAWA)、『日本企業はなぜ「強み」を捨てるのか』(光文社新書)、『世界は経営でできている』(講談社現代新書)、『経営教育 人生を変える経営学の道具立て』(角川新書)など。

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