2026年05月22日 公開

「心の強さ」は、生まれつき決まるものではない。2人の一流経営者・
※本稿は、藤田晋、堀江貴文 共著『心を鍛える』(角川文庫)から一部抜粋・編集したものです。
大学1〜2年生のときの雀荘での話をしようと思います。
現在はどうかわかりませんが......当時のバイト先だった厚木の雀荘には、「悪い人」が少なくありませんでした。もう時効でしょうから忌憚なく言わせてもらいます。
騙そうとしてきたり、卑怯なことをやってきたりする人が多かったのです。
たとえば、「お金を貸してほしい」と頼まれたので、お貸しした途端にお店に来なくなる人。「住み込みで働かせてほしい」と言い、そこで働き始めた途端、レジのお金を盗んで消息不明になる人。さらに、1週間泊まり込みで麻雀を打ちっ放しだったあるお客様は、指名手配中の人でした(店側が気づいた瞬間に、その人はいなくなってしまいました)。
つまり、私の郷里である福井の片田舎では、なかなか見かけないタイプの〝アンダーグラウンドな人たち〞が出入りしていたのです。まるでドラマのようでした。
世の中は、いい人ばかりではありません。人当たりが良くニコニコしている人でも、店のお金をこっそり盗んだりするわけです。
まだ若く、ピュアなところが残っていた私は、店でそんな〝事件〞が起こるたびに裏切られたような気分になり、ショックを受けていたものです。しかし、雀荘で働くうちに、「自分の身を守るためにも、店を守るためにも、人を見る目を養うことが大事なんだ」と思えるようになりました。
今思えば、それも「心を強くする」ことだと感じます。
このように、さまざまな出来事に見舞われ、対処して、それでもへこたれずに前を向いて進んでいくこと。それが「生きていく」ということなのでしょう。
だから、心を鍛えるためには、少し痛い目に遭っておくということも必要なのです。
たとえ痛い目に遭ったとしても、「いい筋トレをしたなあ!」くらいに捉えたほうがいいのでしょう。
No pain, no gain.──痛みなくして得るものなし。そう思えてなりません。
上京を遂げた若き日の藤田さんが、麻雀によって育まれていったのだとしたら、僕を現実社会に適応させ、成長させてくれたのはヒッチハイクだった。
「浪人時代からヒッチハイクでの貧乏旅行にハマってさ」。そんな友人・中谷君の誘いがきっかけで、大学1〜2年の僕は、北海道以外の都府県すべてを彼と回った。
高速道路のサービスエリアやパーキングエリアで、休憩中のドライバーに片っ端から声をかけた。とはいえ1台目から乗せてもらえることは稀だ。
断られたらショックを受けるし、めげそうにもなる。でも10台に1台くらいの確率で乗せてもらえる。どんなときでも30台に声をかければ確実だ。初めて声をかけたときの緊張感、承諾してもらえたときの達成感は、今でも記憶している。
些細なことに思われるかもしれないが、こんな小さな成功体験を積み重ねることで、相手が見ず知らずの人だろうと、堂々と声をかけたり、目を見て話したりできるようになった。そして、生粋の男子校上がりの大学生にありがちな「女性アレルギー」も、少しずつだが克服できるようになっていった。
意外に思われるかもしれないが、僕はヒッチハイクを通じて、自分の殻を破れるようになったのだ。
自分の殻を破りたいとき、言い換えると「誰とでも自信を持って接したい」とき、何もせずにダラダラと過ごしていても現実は変わらない。でも、どんなに小さなことでもいいから、人にもまれる経験を積めば、自分を変えていくことだってできる。
つまり、生まれつき口八丁手八丁で、社交的で、営業や交渉に長けている人なんていないと思ったほうがいい。優秀な営業マンやタフなネゴシエーター(交渉人)に見える人ほど、過去に人にもまれる経験を積み重ねているはずだ。
もちろん、「心を強くしたかったら、今すぐヒッチハイクをしろ」なんて短絡的なことを言うつもりはない。ただ、なんらかの小さな成功体験を積み上げていくことはマストだと思う。
更新:05月23日 00:05