THE21 » キャリア » すべては自分自身を知ることから タイで得たリーダーの心得とは?

すべては自分自身を知ることから タイで得たリーダーの心得とは?

高橋亨(グロービス経営大学院 教員/GLOBIS Europe Global Chief Strategy Officer)

すべては自分自身を知ることから タイで得たリーダーの心得とは?

優秀な人ほど海外で失敗する?日本での成功体験を手放し、「自分の限界」を知ることが重要な理由を実例から解説してもらった。

※本稿は、グロービス、高橋亨 著『海外で結果を出す人は、「異文化」を言い訳にしない』(英治出版)の内容を一部抜粋・編集したものです。

 

「自分自身」を理解することの重要性

海外でのビジネスではさらに、会社としてだけではなく、個人としても取引相手とパートナーシップを深めなければ、事業を円滑に進めることはできない。「個」として自分自身を理解し、そして、相手に伝える必要があるのだ。

ここで、自社の理解に加えて、個人としての自分自身への理解が、海外でのリーダーの行動に、どう活かされるのかを見ていこう。

タイで、初の内視鏡の医療トレーニングセンターの立ち上げに深くかかわった、オリンパス・アジアパシフィック(当時)の山田貴陽氏の話※を紹介したい。

※「自らの限界を知ることで周囲を巻き込むリーダーになる─新興国の内視鏡普及に挑戦するオリンパス山田貴陽氏」(GLOBIS知見録、2018年4月25日)

まだ開腹手術が主流の東南アジアで、高い技術を求められる最先端の内視鏡手術を普及させるのは容易ではなかったが、山田氏は見事にそのプロジェクトを成功に導いた。私が彼に「海外で新たに価値を創造するために必要なことは何か?」と問いかけたところ、次のような答えが返ってきた。

「自分の限界を知ることだ。それが人を巻き込む武器になる」

国内営業からキャリアをスタートさせた山田氏は、若い頃は何でも自分でやり切りたいという意識が強すぎて、逆に壁にぶち当たることが多く、自分の思い通りにならないことも多かった。そして、海外のビジネスを担当するようになると、あからさまに自分の限界を感じざるをえなくなったという。

海外から来るさまざまな新しいビジネスの案件や解決すべき問題を前にして、これまでの経験や日本の常識だけでは、とうてい太刀打ちできないと思い知らされた。海外の案件は、日本の案件よりも、ビジネス環境や課題の「不確実性」が圧倒的に高かった。不確実性の高いなかで仕事を進めようとすると、否が応でも、自分個人の力だけではどうにもならないことが現実問題として突きつけられる。

さらに、自分の能力の何を活かすことができ、何が足りないのかさえも見当がつかなかった。海外で仕事をすると、人材の多様性も高く、エッジが立って異彩を放つ人に出会う機会も多いので、自身の未熟さを痛感する。どうすれば、海外で目覚ましい活躍をしているビジネスリーダーや、先輩社員のようになれるのかと思い悩み、必死に勉強して経験も積んだ。

特に大きな気づきを得たのは、製薬会社に出向したときのことだ。同じ医療の世界を、違う角度から見ることになった。さらに、出向から自社に戻ったあとは、タイや香港に駐在し、今度は現地の視点で医療について考える機会を得た。こうして、さまざまな角度から世界を見ることで、山田氏は、自分の限界を前向きに受け入れるようになっていった。

タイでの山田氏は、医療機器メーカーの社員として、医療機器の販売の知識やノウハウに関しては十分な「力」を持っていた。また、現地の医師を含む医療関係者と、広汎な「ネットワーク」も持っていた。医療業界を管轄する日本政府や現地の政府関係者とも、それなりに「ネットワーク」を広げていた。

しかし、医療という公的サービスの世界で、内視鏡手術という新たな治療方法を普及させていくためには、現地の医師会や現地政府を「動かす力」が必要となる。その「力」を山田氏は持ち得ていなかった。これが自分の限界だと認識した。限界を受け入れると、「では、自分の価値は何なのか?」という問いが生まれる。自らに問うことで、次に何をすべきかがおのずと見えてきた。

 

要となった環境づくり

山田氏は、自分には「動かせない」人たちを「動かすための施策」をとことん追求することにしたという。つまり、関係者が動きやすい環境を作ることだ。たとえば、タイの日本商工会に医薬・医療部会を立ち上げ、その部会を通じて内視鏡を普及させようと試みた。

部会のアドバイザリーボードには、日本大使館にも加わってもらい、部会から現地の医師会にアプローチした。一企業ではなく、産学官のオフィシャルな枠組みを作ることで、大使館や医師会が動きやすくなる環境を作ったのだ。

その過程で、タイの医師会とベトナムの医師会の横の連携がほとんどないことが見えてきた。そこで、その双方にネットワークを持っていた山田氏が、橋渡しを買って出た。自分の限界だけでなく、パートナーの限界は何かもきちんとつかみ、win-winの関係を作ったのである。

こうした経験から、山田氏は「日本でやってきたことを現地で実現するための管理型の人材はもう不要だ。これからは、海外の優秀な人材と、いかにパートナーシップが組めるかが問われている」ことに気づいたのだという。

自分の限界を知ることで、逆に自分の価値を認識できるようになる。そして、自身のやるべきことが定まれば、周囲の力を借りるのも容易になる。山田氏はこう述べている。

「どんなにテクノロジーが進化しても、人間理解はつねに求められる。すなわち、周囲を巻き込むリーダーは、己の限界を知り、己の価値と周囲に求める価値を明確に定義すべきだ」

まずは己を知ることが重要なのだと。今では、海外勤務を通じて身に付けた「シミュレーションする力」や「とことん考え抜く力」が、経営に携わるうえでの大きな財産になっているという。

海外で活躍する人の多くは、山田氏と同じような感覚を持っている。逆に言うと、海外だからこそ、自分の限界に気づくことができるのだ。前回紹介した「4つの壁」に見られるように、海外に来ると、自分のカバーすべきビジネス領域が広がったり、日本にいたときより上位の役割に就いたりすることが多いため、自分には何ができて、何ができないのかといった限界を、いやでも知ることになる。

ただここで、日本にいたときのビジネスのやり方に固執したり、役割が変わったことを受け入れずに「海外だから仕方ない」と言い訳したりすれば、自分の限界と向き合うことはできない。

得てして日本で活躍して海外へ来た人ほど、プライドが邪魔して、新しい環境になじむ努力ができない場合も多い。

また、たとえ自己認識ができたとしても、必ずしも、誰もが山田氏のように自己変革を成し遂げられるとは限らない。

理解を深める問い

プロフィール

グロービス経営大学院(ぐろーびすけいえいだいがくいん)

社会に創造と変革をもたらすビジネスリーダーを育成するとともに、グロービスがさまざまな活動を通じて蓄積した知見に基づく、実践的な経営ノウハウの研究・開発・発信を行っている。
https://mba.globis.ac.jp/

高橋亨(たかはし・とおる)

グロービス経営大学院 教員/GLOBIS Europe Global Chief Strategy

大学卒業後、丸紅株式会社に入社。イラン、ベルギーでの計8年間の駐在を含め、一貫して海外事業に携わる。この間、様々な海外プロジェクト、ファイナンスや投資案件の組成、取引先や投資先への経営支援、海外拠点の立ち上げなど、グローバルに展開する企業の海外事業支援を行う。その後、グロービスに転じて、企業研修部門にてクライアント企業の人材育成に携わる。日系企業のグローバル化に伴い、グロービス・チャイナの立ち上げ、グロービス・アジアパシフィック、グロービス・タイランドを設立し、自ら現地でクライアント企業の組織変革、海外拠点の人材育成支援に携わる。グロービス経営大学院 専任教員、現職は、グロービス・ヨーロッパのグローバル・チーフ・ストラテジー・オフィサーとして、グローバル案件を統括する。グロービス経営大学院及び企業研修において、リーダーシップ開発や「グローバル・パースペクティブ」「日本・アジア企業のグローバル化戦略」科目の教鞭を執る。上智大学経済学部卒業。スタンフォード経営大学院SEP修了。ブカレスト経済大学大学院博士課程修了(PhD)。著書に「海外で結果を出す人は、異文化を言い訳にしない」、共著に「グロービスMBAマネジメント・ブックⅡ」がある。

THE21の詳細情報

関連記事

編集部のおすすめ

海外での仕事はなぜ大変? ビジネスパーソンの前に立ち塞がる4つの壁

高橋亨(グロービス経営大学院 教員/GLOBIS Europe Global Chief Strategy Officer)

大卒初任給30万円台が続出!三菱・三井・住友で高待遇なのはどこか

山川清弘(東洋経済新報社『株式ウイークリー』編集長)

残業代を上げれば社員は定時で帰る? 「長時間労働は美徳」の価値観を崩すロジック

太田肇(同志社大学名誉教授)

「高学歴で無難な社員」だけ採る大企業 トップ層は、尖った独創的な人材を選べない

太田肇(同志社大学名誉教授)