
「家で引き継ぎ資料を整理するだけ」「仕事のためだから問題ない」――。
そんな善意や責任感からの行動が、思わぬ刑事事件につながることがあります。会社が管理する技術情報や顧客情報などの営業秘密は、自分で作成した資料であっても、無断でコピーして社外へ持ち出せば不正競争防止法に抵触する可能性があります。
本稿では、元刑事の視点から、営業秘密の持ち出しが犯罪となる境界線を解説。社員が陥りやすい勘違いと、個人・企業それぞれに求められる情報管理のポイントを紹介します。
※本稿は、森雅人(著)、足立直矢(監修)『これだけで、逮捕』(PHP研究所)より、内容を一部抜粋・編集したものです。
【危険度レベル】
★★★★☆ 逮捕リスク
★★★★★ 懲戒・損害賠償リスク(億単位の請求も...)
★★★★☆ ほぼ確実に実名公表されて人生終了
製造業に勤めていた技術系の会社員は、日常業務の中で製品の製造工程や設備構成に関する資料を取り扱っていた。これらの資料は社内サーバで厳重に管理され、「社外秘」と明示された技術情報だった。
退職を控えていたある時期、本人は「自宅で内容を整理し、引き継ぎの準備をするため」と、社内サーバに保存されていた資料を無断で複写し、USBメモリに保存して持ち帰った。
その後、複写した資料の一部を加工し、別の資料に転用していたことが判明。さらに、転職先とみられる外部企業との接触も確認され、会社側が内部調査を実施。アクセスログやコピー履歴から、無断複写と持ち出しの事実が明らかになった。
会社は被害届を提出し、当該行為は「営業秘密の不正取得・使用」に当たるとし、不正競争防止法違反で有罪判決が下された。
【ココがアウト!】
〇不正競争防止法違反(営業秘密侵害)
社内資料を無断で複写し持ち出す行為。「自宅作業」「引き継ぎ目的」でもアウト。
私が、実際にこの手の事件にかかわった中で意外だったのは犯人像です。多くの人が想像するのは、ライバル企業に情報を売る人や会社を裏切る人など、悪意のある人でしょう。しかし実際には、仕事熱心な人、責任感の強い人、まじめな人などが、当事者になることが多くありました。
本人としては、会社のためだったのでしょう。しかし、ここに大きな落とし穴があります。会社の情報は、自分が作った資料であっても、自分の物ではありません。会社が管理している情報です。
だから、仕事のため、効率化のため、善意だった、そうした理由があったとしても、ルールを飛ばして持ち出せば問題になります。本当に危ないのは、「会社のためだから大丈夫」という感覚なのです。
人は悪意がある時よりも、正しいことをしていると思っている時のほうが慎重さを失います。
だからこそ、頑張ることと、ルールを守ることは別だと考えるのが大切です。
この手の事件で問題になるのは、不正競争防止法における「営業秘密侵害」です。一見難しく聞こえますが、刑事の目で見るとポイントは三つです。
一つ目は、その情報が「営業秘密」かどうか。営業秘密というのは、
1.社内で管理されている
2.仕事に役立つ情報である
3.外に知られていない
この三つを満たしていれば成立します。「社外秘」「閲覧制限あり」「パスワード管理」という社内規定があれば、かなりの確率で営業秘密情報と言えます。
二つ目は、取得の仕方。
会社の許可なく、コピーする、USBに入れる、私用メールに送る、といったこれらの行動はすべて、「不正取得」に当たります。
ここでよくある勘違いが、「盗んだわけじゃない」「原本は会社に残っている」といった考えです。しかし、営業秘密は物ではなく情報なので、それらをコピーした時点で、「取得」は成立します。
そして三つ目が、管理を外れたかどうか。
実際に使ったか、売ったか、転職先に渡したか。ここは必須ではありません。
「会社の管理下から外に出た」。それだけで、犯罪として成立する可能性が生まれます。
だから、「家で見ただけ」「整理しただけ」「引き継ぎのため」といった理由は、刑事の前では意味を持ちません。
つまりこの事件は、「悪いことをしたつもりのない人」が、知らないうちに犯罪のラインを越えてしまう構造を持っているのです。
仕事上の問題は刑事上の問題へ変わることがあります。
だから私は、「仕事のためだから大丈夫」という考え方が一番危ないと思っています。
その善意が、一線を越えるきっかけになることがあるからです。
まず一番大事なことは、「会社の資料は、会社の外に出さない」。これを原則にすることです。どうしても社外で作業が必要なら、
・会社が認めたクラウド
・会社支給のPC
・正式な申請と許可
といった正式なルートを踏みましょう。自己判断が、一番危険です。
そして、USB、私用メール、個人クラウドへの保存。これらはすべて、「アウト」の入口です。「誰にも渡していない」「使っていない」は関係ありません。管理外に出した時点で終わりです。
特に注意すべきは、退職・異動が見えてきた時期。このタイミングでのコピーは、会社側にほぼ確実にチェックされています。
「後で困らないように」のひとことが、刑事事件の引き金になることがあります。
迷ったら、「これ、会社に堂々と説明できるか?」を自分に問いましょう。
少しでも詰まるのなら、その行為はやらない。
会社側がまずやるべきは、「コピー=犯罪になり得る」という認識を共有することです。多くの社員は、この事実を知りません。
次に、営業秘密の線引きを明確にすることです。
・社外秘表示
・アクセス制限
・持ち出し禁止ルール
これらの線引きを曖昧にしない。曖昧だと、会社はおろか、社員も守れません。
そして、サーバ、複写機、USBのログは、必ず取りましょう。「信頼しているから管理しない」は通用しません。「管理」とは、社員を疑うためではなく、社員を守るためにあるのです。
そして、相談できる場所を用意しておくことも大切です。「家で作業していいですか?」「この資料、持ち出してもいいですか?」と聞ける環境があれば、事件の九割は防げます。
この手の事件は、悪意よりも無知と焦りから起きることが多いです。
だからこそ、ルールと対話が最大の防犯になります。
更新:09月04日 00:05