
失敗するたびに落ち込み、
※本稿は、白石慶次 著『「好かれる人」のこれだけ いつも選ばれる人に変わる非認知能力のトリセツ』(すばる舎)の内容を一部抜粋・編集したものです。
少し刺激の強い話をします。人によっては「そんなことない!」と反発したくなるかもしれません。でも、ここが「自分を受け入れる」うえでの最大のポイントです。
心の準備はいいですか?いきますよ。
落ち込みグセがある人ほど、自分のことを“デキる人”だと過大評価しています。
「いやいや、過大評価どころか、自信なんてないし、自分に厳しくて自己評価は低めですよ」
と思うかもしれません。ですが、落ち込むということは、あなたのなかに自分に対する“期待”があるということです。
「自分はもっとうまくできるはず」という理想があるからこそ、現実とのギャップにショックを受けているのです。
落ち込みのメカニズムを整理しましょう。人はなぜ落ち込むのか?
それは、期待していた結果と、現実の結果にギャップがあるからです。
「うまくいくと思っていたのに、失敗した」
「評価されると思っていたのに、されなかった」
「できると思っていたのに、できなかった」
つまり、落ち込みの正体は「期待はずれ」です。
では、なぜ期待はずれが起きるのか?
それは、期待値が高すぎるからです。そして期待値が高いということは、「自分なら、これくらいはできるはずだ」と思っているのです。つまり、自分を過大評価しています。
落ち込むのは、期待しているから。
期待しているのは、自分を過大評価しているから。
この仕組みで落ち込みが発生します。
極端な話、キムタクや長澤まさみさんと結婚できないことで思い悩み、落ち込む人は(普通は)いません。自分にその可能性があると“自己評価”していないからです。落ち込むということは、「自分にはその可能性がある」と無意識に信じているということなのです。
誰のなかにも、「こうありたい」という理想の自分が存在します。
そして多くの場合、“その理想の自分でふるまっているつもり”になっています。
でも、周囲の人が見ているのはあなたの理想像ではなく、「現実のあなた」そのものです。
私は、この理想の自分を、「虚像の自分」と呼んでいます。
問題は、この虚像の自分と現実の自分を区別できていないこと。それにより、無意識に現実より高すぎる自己評価を持ってしまうことです。
多少のギャップは問題ないのですが、その差が大きくなり、虚像の自分に取り憑かれてしまうと、「自分はもっとできるはずなのに」「もっと評価されるはずなのに」と、理想との差に必要以上に落ち込むことになります。
また、現実の自分に対しても、常に不足を感じるようになってしまいます。
私自身、昔はひどい落ち込みグセがありました。失敗をするたびに、「なんで自分は、こんなこともできないんだろう」と自分を責めていました。
でも、この言葉をよく見てください。
「こんなこともできない」──これは、「本来の自分ならできるはずだ」という前提があるから出てくる言葉です。
つまり私は、虚像の自分に取り憑かれていたのです。
虚像による悪影響はほかにもあります。
まず、自分の努力を自分で認められなくなります。
なぜなら、努力の基準が“虚像の自分”にあるからです。
どれだけ頑張っても、虚像の自分からすると物足りないように感じ、その努力を誰かにほめられたり認められたりしたときでも、「いえいえ、自分なんてまだまだです」と素直に受け取ることができません。その人は現実のあなたを基準にして、本心からほめたり、認めたりしているにも関わらず、です。
虚像の自分に囚われていると、自分でも自分を認められず、他者からも認められていないと感じてしまうので、承認欲求が永遠に満たされません。これでは、自分が可哀想です。
さらに、この虚像の自分に囚われていると、後悔も増えます。
「もっと勉強しておけば...」「あのとき、別の選択をしていれば」と、過去の自分をいつまでも責めてしまいます。
確かに、当時の選択よりも、もっとよい選択肢があったのかもしれません。
けれど、そう思えるのは“いまの自分が成長している証拠”なのではないでしょうか?
いまの自分から見ると、当時の自分は物足りないと感じるかもしれませんが、おそらく当時のあなたには、それが精一杯だったのです。「あのとき、もっと本気を出しておけば...」──いえ、本気を出せないくらいの実力だったのです。
数年後のあなたも、きっといまの自分を見て「もっとできた」と思うでしょう。
でもそれは、“成長した自分”だからこそ感じるのです。
だって、いまのあなたも一生懸命に生きていますよね(受け入れてくださいね)。
当時の自分も、その時点での最善を尽くしていたはずです。このように考えると、後悔はなくなります。
虚像の自分を手放し、現実の自分を受け入れる。
このプロセスを、私は「健全な自己否定」と呼んでいます。
健全な自己否定とは、「ダメな自分を否定すること」ではありません。
「理想と現実を明確に区別し、現実の自分を認めること」です。これこそが、自分を受け入れている状態です。
誤解しないでほしいのですが、これは「自分に期待するな」とか「夢を持つな」という話ではありません。
目標は高く持っていいけれど、「いまの自分」を過大評価しないことが大切なのです。
「いまの自分」も発展途上であり、失敗することもあると認めてあげましょう。
目標と現在地は違います。
目標は高くていい。でも、現在地は正確に把握することが必要です。
この区別ができると、落ち込みグセから解放されます。
これができるとよい意味で諦めがつけられるようになり、変えられないことにエネルギーを使わず、未来をよりよくするための行動に集中できるようになります。
落ち込みやすい自分を責める必要はありません。
虚像の自分を手放し、現実の自分を受け入れる。それだけで、驚くほどラクになります。
そして、そんな人はどこか清々しく、魅力的です。
好かれる人はみな、「虚像ではなく現実の自分」を生きているのです。
更新:08月13日 00:05