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「スペックの呪縛」を脱し、ワインで相手の心を掴む一流の戦術

今野有子 (株式会社アルムンド代表取締役/Philosophy Technologies inc. Co-CEO)

喜ばれるワインを選ぶ方法とは?

「ワインはよくわからない......」と苦手意識を持っている人は多いのではないでしょうか。
「美味しい」「好き」という自分の感覚ではなく、パーカーポイントや格付けなどの数字に「正解」を求めてしまいがちな日本人。しかし本当に人の心を動かすのは数字ではありません。世界中のワイナリーを訪ね歩いたワインの目利き今野有子氏が、自分軸の言葉で相手の心を震わせるワインの選び方を紹介します。

※本稿は、今野有子著『エグゼクティブはなぜワインにはまるのか?』(クロスメディア・パブリッシング)より一部抜粋・編集したものです。

 

「西洋文化の象徴」という呪縛

1980年代後半、バブル経済の絶頂とともに訪れた「イタメシブーム」が、日本人が食事にワインを飲むようになったきっかけのひとつです。キャンティを筆頭とする赤ワインはトレンディドラマやメディアで紹介され「おしゃれなファッションアイテム」として広まりました。
さらに1980年代後半から本格化したボジョレー・ヌーボーのキャンペーンが日本人の「スペック愛」を決定的なものにします。

解禁日に空輸で届くワイン。
「新酒を世界で最初に飲める、日本」

このマーケティングは社会現象にもなり、「ヴィンテージ」という概念や「解禁日」、本来は実りの記録や収穫を祝う素朴な祝祭にすぎなかった情報を、日本人は「スペック」という名のエンターテインメントへと変質させ、熱狂したのです。

そして1990年代後半、小説・映画『失楽園』の大ブームが起こります。

主人公の男女が、ボルドーの最高峰「シャトー・マルゴー」を飲み干し心中するシーンは、日本人に「高価なワイン=究極の官能と贅沢」という強烈なインパクトを焼き付けました。

また、同時期に巻き起こった「ポリフェノール・ブーム」もワイン消費に拍車をかけます。赤ワインに含まれる成分が健康にいいという報道により、これまでワインに目もくれなかった層までが、「健康にいいという免罪符」を求めて一斉に赤ワインを飲み始めました。

赤ワインに含まれるポリフェノールが心疾患予防に効果があるため、フランス人は赤身肉やチーズのような脂肪分の多い食事をしても心疾患にかかりにくいというフレンチ・パラドックス説ですが、後に効果を疑問視する論文が出ています。2000年代になるとチリやオーストラリアのワインが大量に輸入されるようになり、コスパの良いワインが店頭に並ぶようになります。

安価で買える手軽さや、力強く分かりやすい味わいが支持され、ワインは一気に日常の飲み物へと民主化されました。しかし、この「ニューワールド・ブーム」においてさえ、日本人の関心は「いかに安くて、いかに高得点か」という、コストパフォーマンスという名の「数値」に集約されていきました。

このように、日本におけるワインは常に、西洋の洗練を象徴する特別な意味を持つ「記号」「数値化可能なもの」として導入されてきました。

今でも、私たちはどこかでワインを「よそもの」と感じています。
その心理的な距離が、「知らないと恥をかく」「間違えたら格が下がる」という不安を生み、その不安を埋める防衛手段として、パーカーポイントや格付けといった「客観的な数字(カンニングペーパー)」を盾にするようになってしまったのです。

 

主体的に味わう

少し視点を変えてみましょう。
私たちが日本酒や焼酎を酌み交わすとき、これほどまでにスペックに固執するでしょうか。日本酒や焼酎を飲むとき、私たちはもっと自由で、自分の感性に正直で、堂々としています。

しかし、ワインは「西洋の洗練された文化の象徴」として、私たちの生活に割り込んできました。だから「知識という二次情報を知らないと馬鹿にされる」と構えてしまうのです。

日本酒を頼む時、「この大吟醸は精米歩合が〇%で、日本酒度がプラス〇で......」そんな数字を延々と並べ立てて、相手を圧倒しようとする人はまずいません。いたとしても、その場が冷え切ってしまうことを私たちは本能的に知っています。日本酒や焼酎の席で私たちが語るのは、もっと主観的で、血の通った言葉です。

「新潟もいいけど、広島や京都の酒もいいよね」
「いつもは冷酒だけど、この季節は熱燗が飲みたくなる」

日本酒を選ぶときに大事にしているのは「自分はどう感じるか」という主観と「相手は何に関心があるか」という想像力です。

私は山形県出身なので、メニューに山形の日本酒を見つけると、「あ、これ私の実家の隣町の蔵です。飲みましょう!」と自然に声をかけます。
そこにあるのは、山形が優れた産地かというスペック論ではなく、「あなたに私の故郷の味を楽しんでほしい」という純粋な思いと、楽しい会話のきっかけです。
これこそが、相手の心に届くスペックを超えた言葉の力です。

 

「偏差値」からの卒業

なぜ、ワインとなった途端、自分自身の「美味しい」「好き」という感覚を棚に上げ、誰かが決めた「点数」という採点表を必死に読み上げようとしてしまうのでしょうか。

日本人のワイン史は、常に誰かが用意した「正解」があり、ブームに後押しされてきました。その結果、自分の味覚よりも偏差値を気にする「受験生のような飲み手」が大量生産されてしまったのです。

スペックは「二次情報」です。誰かが調べ、誰かが評価した、あなたの外側にある数字です。
本物の社交場において求められているのは、調べればわかるワインの知識ではなく、山形の酒を勧める時のような「自分軸の言葉」です。つまり、「なぜ、私はあなたのためにこのワインを選んだのか(Why)」を、自分の言葉で語れるかどうかです。
そのために必要なのは、暗記した知識を披露することではなく、自分の感性を信じる勇気と、相手のコンテキストに寄り添う知性なのです。

本稿では、この「スペックの呪縛」を解き放ち、ワインという名の「魔法の杖」を使い、相手の心を掴み、場をデザインするための具体的なヒントをお伝えします。

 

「Why」の問いを大切にする

誰かのためにワインを選ばなければいけない時、人は大きく2つのグループに分かれます。ワインはわからないと意思決定を放棄するグループと、「正解」を探し始めるワインに詳しい人のグループ。

前者は、なんでもいいやと予算に合わせる、他の人に決めてもらうという手段をとります。後者は「この料理にはこの品種」「この予算なら、この格付け」と持てる知識を総動員し、教科書的な正解を探します。

どちらも通常の飲み会では問題ないですが、エグゼクティブとして振る舞いたいのであれば、どちらも惜しい。

ここで大事なのは、「Why」という問いです。
なぜ、今日、あなたのために、私はこれを選ぶのか?

何のワインを選ぶかという「What」は、あなたの「Why」を具現化するための、手段に過ぎません。「他者の評価が高いから」「有名シャトーだから」こうした外部の基準に判断を委ねるのは、自分の意思を放棄しているのと同じです。
それは、「自分では判断できません。権威が言っていることが私の正解です」という、敗北宣言に他なりません。

ワインを選ぶ真髄とは、ワインのスペックではなく、その選択に至った「あなたの思考のプロセス」とその伝え方にあります。
ワインを通じて、私たちは相手の人生の断片を拾い上げ、それに「色」を添えるという、極めて高度なコミュニケーションができます。

例えば、私がある投資家夫婦にワインを手渡した時はこう言いました。
「先日、新婚旅行はギリシャだったと伺ったので、今日はギリシャワインをお持ちしました。ギリシャは個性豊かなワインがたくさんある、面白い産地ですね。その時お二人がどんなワインを飲まれたのかな、と想像しながら探していたら、私もとても楽しかったです。奥様とぜひ楽しんでください」

このイギリス人夫婦はとても喜び、サントリーニの海の青さや、ミコノスのビーチの話など、にこにこしながら話してくれました。

このような一言を添えて渡されたとき、相手が受け取っているのは「ワイン」という目にみえる物質ではありません。「自分の話を覚えていてくれた」という、あなたへの深い信頼感という目に見えない価値です。
価格が高いワインであることよりも、相手の「ハネムーン」という一次情報にアクセスしたことの方が、何百倍も価値があるのです。

例えば、イタリアワインのように20州すべてに土着のワインがある産地は、物語の宝庫です。「イタリアのワインです」とひと括りにせず、話題に出た地名や、相手のゆかりの地を「地図」で追いかける。

シャルドネやカベルネ・ソーヴィニヨンといった国際品種は、確かに安心感はあります。しかし、相手に「おっ、やるな」と思わせるのは、そこでしか作られていない、その土地の個性が爆発している土着品種です。

ワインボトルには限られた情報しかありません。しかし、産地は必ず書いてあります。ワインショップを「ボトルの列」としてではなく、「立体的な世界地図」として眺めてみてください。

「あの人は今度イタリアのプーリアに行くと言っていたな」
「あのプロジェクトはスペインのバルセロナに関連していたな」

地図をイメージしながらワインを選ぶ。そのプロセス自体が、あなたの世界観を広げる最高に知的なエンターテインメントになるはずです。

 

ソムリエを「戦略パートナー」にする

レストランでの会食の場合、「Why」が決まったら、次にすべきことは自分でワインリストを読み込むことではありません。ソムリエを、会食を成功させるための戦略的なプロジェクトメンバーとして巻き込むことです。

多くの日本人は、ソムリエを単にワインの注文を取る人だと思っています。
しかし、自ら場をデザインできる人は彼らに「パス」を出します。その際のポイントは、教科書に書いてあるような知識(二次情報)ではなく、あなたにしか語れない「一次情報(目的と背景)」を伝えることです。

リストを睨みつけるのはやめましょう。ソムリエを静かに呼び、あなたの「Why」を伝えてみてください。

「今日は大切な投資家と一緒です。シリコンバレーでの長年の功績を祝い、今後のより良い関係性作りに繋げたいです。少し意外性があって、それでいて芯の強い一本を。予算はこのあたりで、今まさに飲み頃だと思われるものをいくつか提案していただけますか?」

自分の「目的(Why)」を共有し、選択の「権限」をプロに委譲する。ソムリエはあなたから信用されて初めて、戦略パートナーとして腕を振るうことができます。彼は、リストに載っていない秘蔵の一本をセラーから出してくるかもしれませんし、そのワインにまつわる最高のストーリーを、あなたの代わりに語ってくれるでしょう。

プロフィール

今野有子(こんの・ゆうこ)

株式会社アルムンド代表取締役/Philosophy Technologies inc. Co-CEO

早稲田大学商学部卒業後、武田薬品、リクルートエージェント(現リクルート)で法人営業を経験。ニュージーランド、スペイン、フランスに留学後、株式会社アルムンドを創業し、ワインを通じて、新たな市場と顧客体験の創出に取り組んできた。ファイナルファンタジー30周年記念ワイン(スクウェア・エニックス)をはじめ、ヤマハ、NTTドコモ、東急不動産、関⻄電力グループなど、多業種にわたる大手企業とのコラボレーションを実現。ワインの輸入販売にとどまらず、ボルドーやブルゴーニュ、ロンドンで得たワインの知見を活かした、さまざまなイベント企画、高級旅館やミシュラン星付きレストランなど、ハイエンド顧客層向けのコンサルティングを多数手掛ける。これまで6カ国で4言語を用いつつ生活した経験から培った多文化的な視点を強みとして、現在はシリコンバレーを拠点に、哲学的思考を活用したビジネスをグローバルに展開している。

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