THE21 » キャリア » 豪華列車・ななつ星で貫かれた、JR九州相談役の「人の心の動きを見る」姿勢

豪華列車・ななつ星で貫かれた、JR九州相談役の「人の心の動きを見る」姿勢

2025年05月14日 公開
2025年10月06日 更新

唐池恒二(九州旅客鉄道[株]相談役)

国鉄入社直後から、人事部で労使関係の矢面に立ち、そこで人心の機微を学んだと語る唐池氏。JR九州社長に就任してからは、九州新幹線全線開業に尽力。また、世界的な注目を集めるクルーズトレイン「ななつ星 in 九州」では、その企画立案から運行まで陣頭指揮に当たった。「元気のない組織を元気にすることこそ自分の使命」と語る同氏に、リーダーのあるべき姿を聞いた。(取材・構成: ひとりパブリッシング、撮影:まるやゆういち)

※本稿は、『THE21』2025年6月号の内容を一部抜粋・再編集したものです。

 

元気のない組織や人を見るとやる気が奮い立つ


1987年10月、JR 九州初代社長・石井幸孝氏(写真右)と。現場で説明中(34歳)

――国鉄に入社されてから10年目、民営化によって1987年4月にJR九州が誕生します。そのとき、厚生課の担当課長に就任。当時のエピソードをお聞かせください。

【唐池】厚生課は、社員の福利厚生を担当する部署なんですが、就任時、なんとなく職場全体に元気がないことが気になりました。命じられた裏方仕事をただ黙々とこなし、なんのチャレンジもしない。そんな雰囲気だったのです。

そこで私は、厚生課の業務を単なる福利厚生にとどめさせず、全社員のモチベーション向上に積極的に関わる「攻撃的な厚生課」をつくるというスローガンを掲げました。

――具体的にはどのような活動を?

【唐池】まず取り組んだのが、制服の刷新です。JR各社とも、新会社として生まれ変わったアイデンティティを明確にするために、新しい制服づくりに着手していました。

私は事務局を立ち上げ、他社に先駆けて最も早く新制服を導入すべく活動を開始しました。まず、アイビー・ルックの生みの親であり、「VAN」ブランドを手がけた石津謙介さんにデザイン監修を依頼。そしてデザインを決定したら、すぐさま制作会社に発注。

結果、JR各社の中で唯一、翌年4月1日のタイミングで新制服を導入することができました。このスピード感ある仕事で、厚生課のメンバーはじめ、JR九州社員の士気も大いに高まりました。

――その他に厚生課で取り組まれたことは? 

【唐池】5000人規模の社内運動会の開催です。当時は、国鉄時代からのこじれた労使関係の影響もあって、社員同士の交流機会はごく限られたものでした。そこで、組織の結束を強めるために、各部署・各地域の職員に競技に参加してもらう運動会を催したんです。これはJR九州発足後、全社員が一堂に会する初の大イベントでした。

――5000人規模ともなると、運営も大変だったのでは?

【唐池】初の試みですから、運営をスムーズに進めるために、社内でも影響力のある部門を巻き込む作戦を取りました。

 例えば、運輸部は現場の最前線を支える重要な部署であり、組織内での発言力も大きい。イベントの成功には、こうした力のある部門の協力が不可欠です。このときは発案時点から運輸部が乗り気になってくれ、準備段階から社内で一体感が生まれるかたちになりました。

――目標を掲げると、協力者が出てくるものなのですね。社員の反応はいかがでしたか?

【唐池】運動会をきっかけに、社員同士のコミュニケーションが活発になり、組織全体の雰囲気も変わりました。当時のJR九州は、厳しい経営環境に直面していました。運動会は、「単に業務改革を進めるだけでなく、社員が楽しく働ける環境を整えることで会社全体の活力向上につなげたい」と考えて企画したものでしたが、これはうまくいきましたね。

 

大きな夢を語りつつ、細分化した目標を伝える

――その後のキャリアはどのように?

【唐池】1993年、今度は外食事業部の責任者を任じられました。当時の外食事業部は年間売上約25億円、赤字8億円という厳しい状況。「お荷物」部門で社員の士気も低く、「赤字は当然」というような雰囲気すらありました。

そこでまず、事業部全体の数字を整理し、「何が問題なのか」「どこに改善の余地があるのか」を明確にしました。着目したのは、PL(損益計算書)とFL(食材費+人件費)の管理。売上は意識していても、原価率や人件費のコントロールが徹底されていなかった。FL比率が売上の60%を超えている店舗が多く、これを適正値にするだけでも収益改善が可能でした。そこから改革を始めたんです。

――現場である店舗には、どのように指示を出されたんでしょう?

【唐池】ここでもまず私は、「我々は外食軍団だ。即刻黒字化を目指し、『戦う外食事業部』になる」と宣言しました。

そして「赤字をゼロにする」といった大きな方針だけを示すのではなく、各店舗が具体的な数値目標を持ち、それを日々の行動に落とし込むことを徹底しました。

そのために、それまで年1回だった「店長会議」を毎月行なうようにし、勉強会の場としました。

――現場の変化はありましたか?

【唐池】目標を細分化・具体化したことで、店長たちの意識が大きく変わりました。最初は「本社からの指示」として捉えていた改善策も、「自分たちの店舗を良くするためのもの」 として意識するようになったんです。

勉強会を続けるうちに、彼らの服装や立ち振る舞いも変わったのには驚かされました。それまではジャンパーで参加だったのが、ネクタイをしてくるようになるとか。意識が変わると、人は身にまとうものまで変わってくるものですね。

――結果は、どうだったのでしょうか?

【唐池】赤字だった外食事業部は、2年後には黒字転換を果たしました。そして外食事業を、JR九州の成長を支える事業の一つとして位置づけ、1996年には「JR九州フードサービス株式会社」として独立させるまでに至ったのです。私はここで初代社長に就任します。

――目覚ましい躍進ですね。その秘密をさらに詳しく伺いたいのですが。

【唐池】店長たちに「事業部の2億円の赤字をゼロにしよう」と伝えても、あまり響かなかった。そこで、「皆さんの担当するお店で、各店舗年間400万円、1日1万円コスト削減してほしい」と伝えたんです。

すると、「1日1万円なら、アルバイトのシフト調整や食材の使い方を見直せば達成できる」と店長たちが具体策を考えるようになりました。

――現場にとって実行可能な目標に落とし込むことが重要だったわけですね。その後の、クルーズトレイン「ななつ星」でも、外食事業の成功体験が活かされたとか。

【唐池】「人をよく観察し、最適なタイミングで、わかりやすい言葉で働きかける」。私が培ったそうした基本姿勢は、「ななつ星」の接客でも活かされています。

例えば、クルー(乗務員)の接客指導では、マニュアルに沿ったものだけではなく、お客様一人ひとりの表情や動きに注意を払いながら、「お客様が今、何を求めているのか」を見極め、最適なタイミングでサービスを提供することを徹底しました。

また、彼らの採用時も「人を楽しませる力があるかどうか」 を重視しています。人を笑顔にすることが得意な人であれば、「ななつ星」でも活躍できると考えたのです。

結果、乗客との距離感を大切にしながら、独特かつ自然なサービスを提供できるチームが実現しました。そして「ななつ星」は、高額な乗車料金にもかかわらず、乗客の約4割がリピーター、次回の予約をするのも難しいという状況を生んでいます。

――「人をよく観察し、その人の心の動きを見る」。こうした姿勢は、経営全般にも通じるのでしょうか?

【唐池】もちろん、業種や目的、またその時々によって重視すべきことは変わるでしょう。

しかし、リーダーとして理解しておかなければならないのは、どんなときでも、指示や命令だけでは人は動かないということ。

大切なのは、人々の反応をよく観察し、働きかけることです。「こうすれば相手はこう反応する。こう話せば、こう動いてくれる」ということを敏感に感じ取る。そして、部下であれば、その人のやる気を引き出すツボを押し、力以上のものを引き出す。これこそ、リーダーの役目なのだと思います。

 

「一緒に仕事がしたい」と思われるリーダーに

――なるほど、リーダーには、「人を観察する目」が必要だと。

【唐池】あと、組織を率いる立場になれば、指示命令する権限が与えられますが、それだけで人は動きません。「この人についていきたい」「この人と一緒に仕事がしたい」と思われるだけの信望が必要です。

人は、単なる業務の指示ではなく、「夢のある」事業やプロジェクトに心を動かされるものです。「ななつ星」も、はじめは小さな夢物語レベルでしたが、「こうなったら面白い」「こんなものをつくりたい」と夢を膨らませ、多くの人を巻き込んでいきました。

ですから、「この人の言うことならやってみよう」と思わせる力、そして夢を示し続ける姿勢を、リーダーである方は持ち続けてほしい。それが最終的に、組織を動かす大きなエネルギーになるのです。

――これからの唐池さんの展望はありますか?

【唐池】実は、夢は「実現させたあと」が難しい。夢が実現するということは、夢がなくなるということ。目標がなくなると人や組織は動かなくなります。ですから、「次の夢をつなぐ」こともリーダーの大事な役割です。

今年2月に、私は九州の博多駅前で「にっくん」というイベントを催しました。九州の肉の魅力を発信するために、九州の肉料理の名店を集め、特製料理を提供してもらった本格的なグルメイベントです。大好評のうちに終えたので、これも今後さらに大きくしていきたいですね。

唐池氏の座右の銘

 

【唐池恒二(からいけ・こうじ)】
九州旅客鉄道(株)相談役。1953年生まれ。77年、京都大学卒業後、日本国有鉄道(国鉄)入社。87年、国鉄分割民営化に伴い、新たにスタートした九州旅客鉄道(JR九州)の勤労課、外食事業部などで活躍。その後、JR九州フードサービス社長を経て、2009年、JR九州代表取締役社長に就任。2023年より現職。近著『ななつ星への道』(PHP研究所)が好評発売中。

 

THE21の詳細情報

関連記事

編集部のおすすめ

「叱責で緊張感を作る必要はない」サントリー営業マン時代の挫折で得た気づき

河原浩史(サントリーフィールドエキスパート[株]代表取締役社長)

「じっと席に座るマネジメントはしない」アース製薬社長の叩き上げのリーダー論

川端克宜(アース製薬(株)代表取締役社長)

一軒の焼き鳥店から世界的外食企業に成長...トリドール社長の「社員を信じ、任せる」姿勢

粟田貴也([株]トリドールホールディングス 代表取締役社長兼CEO)