
定年前後で、生活は一変する。それに合わせて人生像を考え直すうえで、何を指針にすればよいだろうか。定年前でも始められる準備の秘訣を、経営コンサルタントの藤井孝一氏に語ってもらった。(取材・構成:辻 由美子)
※本稿は、『THE21』2026年3月号特集[圧倒的な差がつく「学び直し」]より、内容を一部抜粋・再編集したものです。
※前後編の後編です
人生の締切りがより現実的になってくるのも、50代ならではの特徴です。50代からは人生の様々な締切りがやってきます。
50代半ばには役職定年がやってきますし、60歳になると定年という締切りを迎えます。そのまま雇用延長しても、65歳、70歳で雇い止めという締切りもくるでしょう。
さらに健康寿命という締切りも無視できません。人の命は永遠ではありませんから、自分はいつまで元気で活動できるのか、締切りから逆算して生き方を考える必要があるでしょう。
私はときどき「自分は死ぬまでに何冊本が読めるだろう」と考えることがあります。すると毎日をのうのうと生きている暇はないと感じるのです。
限りのある時間の密度をどう高めて生きていけるのか。60歳になってから考えるより、50代のうちから考え、行動に移したほうが、より有意義な人生が送れるでしょう。締切りが間近に見え始めた50代だからこそ、何をすべきか真剣に向き合えるはずです。
50代でやっておくとよいことを具体的に挙げてみましょう。
まず試みていただきたいのは、自分のプロフィールをつくってみることです。今はまだ会社の名刺がありますが、定年後は、その名刺や肩書もなくなります。
これから悠々自適の生活をするにしても、雇用延長で勤めるにしても、あるいは自分で起業する場合も、人に自分を説明する必要はあります。50代のうちに、ぜひ、魅力的なプロフィールをつくってみてください。
注意していただきたいのは、プロフィールといっても、履歴書や職歴書ではないことです。何年にどこの部署にいて、何をしたかといった羅列を見せられても、人は面白くも何ともありません。相手が知りたいのは、あなたがどんな人間かということです。
何に興味があって、どんなことが得意で、どんな価値観を持っていて、どんなライフスタイルを送っているのか。こんな人となら仲良くなりたいと思わせるような魅力的なプロフィールをつくれば、人脈が広がりますし、新しい仕事につながる可能性もあります。
ネットのマッチングサービスで仕事を探すような場合も、魅力的なプロフィールがあれば、ライバルたちに差がつけられるでしょう。私はソムリエの資格を取ったことで今までとは違ったつながりが広がりました。「ワインがお好きなんですね」というところから会話が弾み、思いがけない人と仲良くなったり、仕事につながったこともあります。
もし、プロフィールに書ける魅力的な内容がない場合は、50代のうちに新しく増やしていくことをお勧めします。こんなプロフィールの人になりたいという仮定のものをつくって、それに合わせて50代に学んでいくのもいいと思います。
魅力的なプロフィールをつくるという意味では、新しいことにチャレンジするのもお勧めです。私は最近になって、ヨガと料理教室に通い始めましたが、気づいたことがたくさんあります。料理は同時並行で何品もつくるので、マルチタスクをこなす勉強になります。
ヨガは健康に役立つだけでなく、インド哲学を通じた精神性を知ることができました。直接仕事に役立たないかもしれませんが、今までやったことがない世界に触れる経験は、新鮮な刺激になりました。
50代は少し時間的な余裕も生まれます。趣味でも勉強でも、自分が興味を持つ新しいことに挑戦するのは、これからの人生に彩りを与え、魅力的なプロフィールをつくることに役立つのは間違いありません。
会社のリソースを上手に使うことも、50代でやっていただきたいことの一つです。会社にいる間は気づきにくいのですが、実は会社員でいるメリットはとても大きいのです。
例えば、会社が用意してくれる研修も、個人で受けようとすれば、それなりのお金がかかります。でも会社にいれば無料で受けることができます。会社員でいるうちに研修にはどんどん参加してください。
海外出張も、会社を辞めたあとはなかなか実現が難しいでしょう。個人で海外旅行しようとしたら、いったいいくらかかるでしょうか。私も会社に勤めている間は、海外での仕事には積極的に志願して、経験の幅を広げていました。海外に出れば新しい発見や刺激があります。その経験が直接仕事につながらなかったとしても、異国で見聞きしたことや感じたことは人生の幅を広げてくれます。
肩書や名刺を使えるのも、会社にいる大きなメリットです。50代ならある程度の肩書はついているでしょうから、名刺を利用してできるだけたくさんの人に会っておきましょう。個人では絶対会えないような人たちと交流できるかもしれません。
それが定年後の人脈や仕事につながるかは不確かですが、それでもチャンスがあるのなら、できるだけ多くの人に会っておくにこしたことはありません。
私は会社を辞める前、自分から手を挙げて、役員のカバン持ちをさせてもらったことがあります。役員に付き従っていると、他の企業の偉い人に会ったり、自分では絶対行けない場所に行くことができました。残念ながら、その後のコンサルタントの仕事にはつながりませんでしたが、話のネタにはなりましたし、やってよかったと思います。
また、会社にいれば、総務や営業、経理など様々な部署を見ることができます。彼らが何をしているのか、幅広い業務を知るチャンスです。定年で会社を辞めたあと、他の業界に転職したり、自分で起業する人もいるかもしれません。そんなとき、広い業務知識があれば心強いでしょう。
そのためにも、他部署の手伝いなどを積極的に行なうことをお勧めします。今まで会社はどちらかといえば、辞めさせられないようにしがみつく対象でした。でも50代になったら、会社は「しがみつく存在」から「将来に備えて上手に利用する存在」に変えていけばいいのです。

会社に長くいると、求められたことだけをやる習慣がついてしまいます。そして与えられた宿題を解くことは得意でも、ゼロから何かを生み出したり、自分から動いて行動するのは不得手な人が多くなります。
すると会社を辞めたあと、何をしたらいいのかわからなくなり、戸惑うことになります。ちょうど白紙の画用紙を与えられて、好きな絵を描いていいよと言われても、何を描いていいかわからないのと似た状況です。
白紙の画用紙にどんな絵を描いたらいいのか。その問いに私は答えられません。なぜなら答えは、その人自身の中にしかないからです。自分はどんなことをしてきて、どんなことが楽しくて、どんなことが得意だったのか。本当はどうしたいのかということを考え、白紙の画用紙を少しずつ埋めていく。そんな時間が50代なのではないでしょうか。

更新:02月12日 00:05