AIはすでに私たちの生活に深く入り込み、中にはAIに代替され始めた業務も存在します。「このままでは仕事を失うのでは」と不安を抱く人も少なくありません。
一般社団法人ジャパン・リスキリング・イニシアチブ代表理事の後藤宗明氏は、これからの時代に必要なのは「自分で自分の仕事を自動化する」リスキリングだと指摘します。本稿ではその理由を、書籍『AI時代の組織の未来を創るスキル改革 リスキリング 【人材戦略編】』より解説します。
※本稿は、後藤宗明著『AI時代の組織の未来を創るスキル改革 リスキリング 【人材戦略編】』(日本能率協会マネジメントセンター)より内容を一部抜粋・編集したものです
2025年5月、国際労働機関(ILO)は従来の6000万人の雇用創出から、5300万人の雇用創出へと雇用予測を修正しました。世界雇用成長率が1.7%から1.5%に低下しているのです。また労働所得分配(GDPに占める労働者の割合)は、2014年の53.0%から2024年には52.4%へと低下しており、労働者に支払われる所得割合が低下し、不平等が拡大している可能性があることを示唆しています。
また報告書では、新しいテクノロジーが仕事の世界に及ぼす影響についても取り上げています。それによると、既存の仕事がAIによって自動化される可能性がありテクノロジーの進化による労働の相対的価値の低下、労働の代替が進む可能性を指摘しています。
また2024年9月のフィナンシャル・タイムズ紙においても、ILOのデータ生産・分析部門責任者であるスティーブン・カプソス氏は、この減少は「労働者と資産保有者間の格差拡大の強い兆候」であり、政策立案者は技術革新が労働者に悪影響を及ぼすリスクに警戒すべき、また原因の1つに、技術革新があることも述べています。
同じ内容の労働を人間の時給以下のコストでロボットが遂行できる状態になれば、ロボット導入による労働の自動化、労働の代替は避けられなくなります。
技術的失業の推移について書きましたが、そもそも自動化は誰が行っているのでしょうか? AIやロボットが勝手に自動化を行う未来ももしかしたら将来はありうるのかもしれませんが、2025年現在では、人間が業務の自動化が可能な部分を見つけ、自動化テクノロジーを利用可能かどうかの判断を行い、最終的に自動化を行うことで人間の労働の一部タスク等を自動化しているのが現実です。
NVIDIAのJensen Huang創業者兼CEOは、2023年10月に開催されたコロンビアビジネススクールにおける講演において、以下のように言っています。
"AI is not going to take your job. The person who uses AI is going to take your job."
(訳: AIがあなたの仕事を奪うのではない。AIを使う人があなたの仕事を奪うのです)
今までは、雇用を奪うAIvs人間という構図で長らく議論がなされてきましたが、生成AIやAIエージェントが登場し、いよいよ大規模な業務の自動化が始まってきています。
そのため、生成AIが登場して以来、従来の生産性向上や新しい業務を担うためのリスキリングの目的に加えて、「自分自身の業務を自動化していくためのリスキリング」という追加要素が急速に必要になってきていると感じます。このプロセスを拒むと、結果的に業務の自動化を自ら行う人に仕事が流れていくということもありうるのではないかと考えています。
なぜ「自分で自分の仕事を自動化する」リスキリングが重要になってきているのか、少し説明を加えさせて頂きます。
①求められる職務価値の変化
これはすでに始まっていますが、欧米企業やテックスタートアップでは、「AIを使える能力」は持っていて当たり前という大前提に、職務価値の中心に移りつつあります。その結果、1人当たりの生産性を高めていくため、結果的に自分の業務を細分化して、自動化していくことで、多くの業務量を1人でこなせる状態になります。
AIやロボットと一緒に共創することで、何が生み出せるのか? ということが人間の労働の本質になっていき、そして現在の「労働」という概念は今のものと大きく異なるものに変化していくのではないかと考えています。
②競争優位性の源泉
①の結果、他者より早く業務を自動化できる人材が成果を出すという状態になります。一時的には、少ない人数で仕事が回せる状態になるので、人員削減が始まっているのです。現在のサービスや業務が拡大すれば、必要となる人材も増える可能性はありますが、AIを使って業務効率化ができる人材であることが重要となります。
③組織からの評価基準の変化
②が実現すると、当然、自動化・効率化の貢献度が直接的に評価につながるようになっていきます。エンジニアの世界ではすでに、自分の業務や部下の業務におけるコーディングなどの業務の自動化が加速しており、自動化プロセスをマネジメントできる人材が社内に残り活躍するという構図が始まっています。
④雇用流動性の促進
これはまだ日本では顕著な動きにはなっていませんが、将来的には、「自動化スキルのある人」が他社との奪い合いになるのではと考えます。いわば、「自動化引受人」のような役割です。
またスキルベース組織への変革が加速していくと、労働の要素分解に伴って細かくスキルで分解されることにより、人間が担うべきスキルと、マシーンに任せるスキルが明確に分けられるようになっていきますので、おのずと日本でもこの流れが加速するものと考えています。
これからは、仕事は"奪われる"ものではなく、"手放す"ものになっていき、結果的に、「AI・ロボットに仕事を"奪われる"のを防ぐためだけはなく、労働を自ら"手放す"ためのリスキリング」が求められるようになっていくと考えています。
AIやロボットに仕事を任せたら、自分の仕事がなくなってしまうと考えがちですが、リスキリングを通じて人間が担うべき仕事にシフトしていく必要性が急速に高まっているのです。
自分にメリットが大きくなるようにするためには、自分がやりたくない仕事をAIやロボットにやってもらうために仕事を切り出す、残った仕事の中で、自分が得意なこと、価値発揮ができていること、自分がやりたいことをリスキリングを通じて進化させていくのです。そのためには、「自動化スキル」を誰もが身につけていく必要があるのです。
更新:10月10日 00:05