
生成AIの進化を前提にした経営と人材育成は、もはや避けられないテーマとなった。しかし、実際にどこから着手し、どう組織に落とし込むのか。机上論だけでは語れない"現場のリアル"に、多くの企業が直面している。
今回紹介するのは、グロービスで開催された、日清食品ホールディングス執行役員CIO・成田敏博氏と、株式会社グロービス マネジング・ディレクター/GLOBIS 学び放題 事業リーダーの鳥潟幸志氏による対談セッション。「AI時代のビジネスシフトへの挑戦」を掲げた本セミナーでは、AIを導入した日清食品の実例と、リーダー育成の視点から、組織変革の実装プロセスが語られた。
【鳥潟】導入してからの成果や、生産性の変化について教えてください。
【成田】AIの活用効果は「どれだけ時間が削減できたか」という定量的な指標で測ることが多いですが、私たちはそこにあまり重きを置いていません。導入前に想定した数値としては、全社で約9万時間の削減を見込んでいました。ただし、AIの利用範囲は急速に広がり続けており、ROI(投資対効果)を振り返ってもあまり意味がないと思っています。
【鳥潟】なるほど。では、人が作業する時間が減ると「じゃあ人はいらなくなるのでは」という話も出ますが、どのように考えていらっしゃいますか。
【成田】AIが人の仕事を肩代わりできる部分はありますが、人間の仕事はまだまだあります。AIが調査を10分で終えたなら、今度はその結果をもとに、どう分析するか、どう提案するか。むしろ人間にしかできない領域に時間を使えるようになります。とはいえ、人減らしの議論にはつながると思うので、そこは覚悟が必要です。ただ、人がこれまでできていなかったところにフォーカスしていくべきだと思います。
【鳥潟】人間はもっとこういう風に仕事をするべきだ、という目標をしっかりと持っている会社と持っていない会社。そして、個人レベルでも生産性を上げたらやりたいことがある方と無い方では随分話が変わってしまうだろうと思います。
では、積極的なAI活用をする前と後で、成田さんご自身の仕事はどう変わりましたか。
【成田】情報収集のスピードは比較にならないくらい上がりました。私は移動中でもAIに質問を投げて、仮説を立てて掘り下げています。AIは「間違ってもいいから類推して」と指示すれば、別の視点から考えてくれる。自分以外の頭脳をもう一つ持っているような感覚です。意思決定に必要な材料を短時間で出してくれるので、判断のスピードと質が格段に変わりました。
【鳥潟】ディープリサーチはとても賢いですよね。ちなみに、AIを使用して意思決定したものを、相手はすんなり受け入れてくれるものですか?
【成田】AIが出してきたものをベースとして、当然自分の考えとして自分の言葉で語るようにはしています。さらに、提案前に「この案に対する反論を出して」とAIに頼みます。
反論を想定して準備しておけば、意思決定の精度も高まります。経験のないテーマに取り組む時は、失敗パターンをAIに予測させる。そうすると、自分ではまだ経験していないことも、事前にシミュレーションできるんです。結果的に失敗確率が減って、成功の確率が上がります。
【鳥潟】提案前にAIで反論を出させるのは私もよくやります。上司の性格を踏まえて「こう言われたらどう答えるか」とシミュレーションできるのは便利ですね。グロービスでも「クリティカル・シンキング(批判的思考)」という人気講座がありますが、自分の考えを批判的に見直すのは本当に難しい。それをAIにサポートしてもらえるのは便利ですね。
【鳥潟】経営陣がAIに前向きではない企業も多いですが、そういった場合はどう活用を進めていくべきなのでしょうか。
【成田】当社の場合は経営トップの後押しがありましたが、もしそうでない企業だったとしたら、他社のAI活用の状況を経営陣にお話しする機会を設けるとは思います。
私も当初は経営会議で、GPT-4を使い、「日清食品グループがこれから向き合うべき課題は何か」と聞いたんです。すると、7つの課題を即座に出してきて、それを経営陣に見せたところ、「自分の考えていたことと一致している」と驚かれた。それが転機でした。
【鳥潟】やはり百聞は一見にしかず、ですね。ボトムアップの動きも重要ですが、どうAIの活用を広げていったのでしょうか。
【成田】まずはやる気のある部署に導入することです。やる気のない部署に働きかけても成果は出ません。まずはオーナーシップを持つ部門に導入し、短期間で成功事例を作る。その成果を社内で可視化し、「自分たちもやってみよう」という動きを生み出す。当社では営業部門が最初の突破口でした。
【鳥潟】AIを使って解決できる課題が大きい部門に導入して、短期間で成功事例を作ることが重要ということですね。また、管理職の中には「AIを使わなくても逃げ切れる」と考える人もいますよね。そういう方にはどう働きかけていますか。
【成田】実例を見せるのが一番です。経営企画部では会議の準備もAIで行うのが当たり前。そのアウトプットを見れば、使っていない人は焦りますよね(笑)
【鳥潟】若手社員の動きも変わりましたか。
【成田】はい。新卒が出してくるアウトプットを見れば、AIを使っていることがすぐわかります。内容の網羅性や妥当性を見ると、確実にAI使ってるでしょ、と(笑)
彼らにはChatGPTのプロプランやGeminiなどを使用してもらい、常に最新機能をキャッチアップしてもらっています。中には従業員向けデジタル教育プログラム「NISSIN DIGITAL ACADEMY」で講師を務める2年目の社員もいます。
【鳥潟】2年目で! 博報堂さんでも、若手が経営層にAIの利用について教えることで、双方の理解が深まったと聞きました。教える側も上司の視点を知り、組織の理解が深まる。非常に良い流れだと思います。
最後に、人材育成や組織づくりの今後について教えてください。
【成田】AIを前提にした人材設計が必要だと考えています。これまでAI活用はIT部門が中心でしたが、今後は経営企画、人事、AI推進が連携して、どんなスキルを持つ人材をどこに配置するか、どう採用するかを決めていく。AIエージェントの活用も含め、経営のど真ん中で扱うテーマになっていきます。
AIを前提にした人材設計が必要だと考えています。これまでAI活用はIT部門が主導していましたが、これからは経営企画部、人事部、AI推進部門が連携して進めるべきです。どんなスキルを持つ人をどこに配置し、どう採用するか。AIエージェントの活用も含めて議論しています。
【鳥潟】AIが"ツール"から"経営のど真ん中"に変わり、それを制度に落とし込むのはこれからということですね。
●登壇者紹介

鳥潟幸志(とりがた・こうじ)
株式会社グロービス マネジング・ディレクター/ GLOBIS 学び放題 事業リーダー
グロービス・デジタル・プラットフォーム部門の責任者として、AI活用を中心とした新規事業開発と組織のデジタル推進をリード。AIを活用した学習体験の向上を牽引するなど、人材育成のイノベーションを推進している。教育現場では、グロービス経営大学院や企業研修において、思考系・ベンチャー系プログラムの講師を務めるほか、大手企業の新規事業立案に向けたコンサルティングセッションをファシリテートし、理論と実践の双方に基づく教育を展開している。著書『AIが答えを出せない問いの設定力』(クロスメディア・パブリッシング、2024年)は、発売前から注目を集め、Amazonランキング「ビジネスとIT」「情報社会」部門で1位を獲得。AI時代に求められる人材像を提示した同書は、多くのビジネスパーソンの支持を得ている。

成田敏博(なりた・としひろ)
日清食品ホールディングス株式会社 執行役員CIOグループ情報責任者
1999年、新卒でアクセンチュアに入社。公共サービス本部にて業務プロセス改革、基幹業務システム構築などに従事。2012年、ディー・エヌ・エー入社。グローバル基幹業務システム構築プロジェクトに参画後、IT戦略部長として全社システム企画・構築・運用全般を統括。その後、メルカリ IT戦略室長を経て、2019年12月に日清食品ホールディングスに入社。2022年4月より現職。
更新:12月03日 00:05