2025年07月11日 公開
ChatGPTが世間の話題をさらってから約2年。AIは私たちの生活やビジネスに大きな変化をもたらし続けている。この変化にどう向き合い、どう活かしていくべきなのか。連続起業家であり、AIにも高い関心を寄せるけんすう氏と、エンジニアとしてのバックボーンを持ち、起業家として活躍しながら政治活動にも力を入れる安野貴博氏の対談が実現。未来の生活やこれからの働き方を考えるうえで必読の内容だ。
(取材・構成:石澤寧)
※本稿は、『THE21』2025年8月号特集[圧倒的な差がつくAI仕事術]より、内容を一部抜粋・再編集したものです。
【けんすう】私はエンジニアではないので、AIを使うのは文章作成の場面が多いですね。Cursor(カーソル)というAIを使ったコードエディタがあるんですが、これが文章作成にもめちゃくちゃ使えるんです。私の過去の文章を学習して、私が次に書きそうな内容を提案してくれる。以前は30分かかっていた記事が5分で完成するようになりました。人生観が変わるレベルです。
【安野】タブキーを連打するだけで自分の文章が完成する、という不思議な体験ですよね。私の場合、AIのディープリサーチをよく使います。調べたいことを伝えると、10分後には数万文字のレポートが上がってくる。しかも言語を超えて検索してくれるので、中国の法律やトルコの政策なども、ちゃんと現地語の資料から情報を引っ張ってきてくれます。
【けんすう】わかります! 私も最近、トルコの初代大統領であるムスタファ・ケマル・アタテュルクが、現代のトルコでどう評価されているかを調べたんですが、日本語の情報はほとんどない。でも、ディープリサーチなら、トルコ語の資料から瞬時に情報をまとめてくれます。AIを通じてアクセスできる情報の量が飛躍的に増えましたよね。
【安野】情報を取り込む方法も多様化してきています。GoogleのNotebookLMに資料をアップすると、人工音声のポッドキャスト番組のようなものができます。難しい話も2人の会話で聞くと頭に入りやすい。文字、音声、画像、動画と、色んなかたちで情報を取り込めるのがAIの良さですね。
【安野】発想の面でも大きな変化があります。例えばウェブデザインを考える場合、以前はラフから始めていたのが、今はAIで一気に100種類くらいの完成形を出力して、その中から選ぶことができます。段階を経て完成に近づけていくんじゃなくて、完成形の中から「これだ」というものを探す作業に変わりました。
【けんすう】まさに、アウトプットからスタートできるようになりました。人間がプロットを作って、構成を決めて書き始めるのではなく、まずAIに書いてもらってそれを修正していくほうが早いし正確だという。
【安野】そうしたワークフローの見直しが、あらゆる業界で起きています。人間の知能の限界に合わせた仕事の進め方をする必要がなくなったわけですから。
【けんすう】完成形を自分で調整して出せるから、人とのやりとりで生じる意思疎通のズレやイライラもなくなりました。そうすると、社内の人間関係もめっちゃ良くなるんですよ。AIの利点は効率化だけではないことに気づきましたね。
【安野】スモールチームでできることが格段に増えました。先ほど話に出たCursorを開発した会社は、従業員が10人くらいで時価総額は1兆円規模。5年前とは全然違うビジネスのルールになっています。
【けんすう】最近のAI系サービスで驚いたのが、DreamCoreというゲーム制作プラットフォームです。エンジニアでもない20歳の学生がAIと一緒に作ったらしい。若者がイノベーティブなサービスをさっと作って公開できる時代になりました。
【安野】私は最近、「V-1グランプリ」というイベントをやったんです。これは、「Vibeコーディング」、つまり「ノリ」でコーディングするという意味で、エンジニア界隈では最近注目のワードになっています。
具体的には、ソースコードを見ずに、AIへの指示だけでゲームを作る試みなんですが、1時間でなかなか面白いゲームがいっぱいできました。私が作ったのは「量子テトリス」。落ちてくるテトリミノの姿が重ね合わせの状態になって、何かに触れた瞬間に一つに収束するという......。
【けんすう】それ、めっちゃ面白いですね! うちの会社のメンバーは、5歳の子どもにAIにしゃべらせてゲームを作っているそうです。「このルールだとつまらない」「敵が速すぎる」とか、子どもが指示して改良していく。こういう学習方法はこれまでありませんでした。フィードバックループを回しまくって学習が進んだ新世代が登場してくるでしょうね。
【安野】我々の時代に1カ月かかっていたゲーム作りが数時間でできるようになった。今はまだ任天堂のゲームにはかなわないけれど、将来凌駕するものが出てきてもおかしくないですね。
ところで、私は最近、政党を作ったんですが、そこで面白い試みをしています。政策を公開して、誰でもAIとチャットしながら改善提案ができるシステムを作った。AIが考えを言語化するのをサポートしてくれて、最終的に改善提案をまとめて、党側に送ってくれるんです。
【けんすう】Cursorのマニフェスト版ですね。めちゃくちゃいいです。
【安野】公開から3日で1000くらいの改善提案が届きました。しかも、それなりに練られているものが多い。今までできなかったコミュニケーションが成立しています。
【けんすう】言語化力や論理力がなくて政治に参加できなかった人も、AIと会話することで、政策に採用できるクオリティの提案書が出せるようになった。すごくいいですね。
【安野】政治面のみならず、ビジネスパーソンも、AIフレンドリーなワークフローを作れば、仕事の効率は格段に上がります。例えば、PDFやパワポより、AIが読みやすいマークダウン形式でドキュメントを作るだけで、AIとの協働がスムーズになります。
【けんすう】これまではパワポの資料が「丁寧」だったわけですが、「AIが読みづらいかたちで資料を用意するなんて、失礼なやつだな」と言われる時代になりそうですね(笑)。
チームみらいマニフェスト:https://policy.team-mir.ai/view/README.md
【けんすう】AIの進化が早くてついていけない、という声を聞きますが、来年にはもう誰も追いつけなくなるんじゃないかと思います。
【安野】AI研究者ですら追いついていませんから。人間の情報処理能力ではすべてを把握しきれない状況になりつつある。でも、みんなが取り残されているわけで、その意味では安心してもいいのかも(笑)。
【けんすう】誰かが「人間は馬みたいになるだろう」と言っていて、なるほどなと思いました。馬は自分がなぜ使われているか理解しないまま走らされている。人間も「理由はわからないけど、AIが言っているからやる」という状態になるんでしょうね。
【安野】理解と成果のデカップリング(切り離し)が起こるわけですね。これまでは、世界のメカニズムを理解するほど成果も上がりました。でもAIが賢くなることで、中身がわからなくても成果が出る。その中身についてAIに尋ねたとしても、その説明が本当に真実か人間には判断できない、という状態になると思います。そうすると、理解することが必ずしも大事ではなくなってくる。
【けんすう】運動は健康にいいとみんなが知っていますが、そのメカニズムまで理解している人は少ないですよね。でもそれを知らなくても、運動すれば効果は上がる。だから、メカニズムまで理解する必要がないことがほとんどかもしれません。
【安野】人間が馬になる、なんて言われたらディストピアのように感じると思いますが、必ずしもそうではないと思います。AIによって生産性は上がり、モノの値段が安くなったり、多くの病気が撲滅されて寿命が延びる可能性もあります。私はAIの発展によって、人間にとってより良い社会になると思います。
【けんすう】昔の人がランニングマシンで走っている現代人を見たらきっとディストピアと感じるでしょう(笑)。でも私たちは違和感がないわけで、生活の多くをAIに任せる生活もそうなっていくんじゃないでしょうか。
【安野】人類の歴史の中で産業革命級のインパクトをもたらすのは間違いないですね。生産性が大きく向上すると同時に、雇用にも大きな混乱が起きるでしょう。
【けんすう】産業革命後の100年は労働者の雇用状況が悪化しました。長期的、マクロ的な視点で見たら大きな発展でも、短期的にはやはり混乱すると思います。
【安野】でも、この雑誌のメインターゲットである40代のビジネスパーソンは、意外と有利だと思います。まだまだ新しいものを取り入れられると同時に、これまでの経験もある。その経験でAIが出すアウトプットの良し悪しを判断できます。AIで自分の力をブーストするのに一番有利な年代かもしれません。
【けんすう】めちゃくちゃ同意です。若手は経験を積むチャンスをAIに奪われている。だからAIの答えを適切に判断する能力が弱い。ベテランのほうが相対的に有利ですよ。
あと、もう一つ感じるのが、AIの登場で「性格がいい人」の価値が上がった、ということです。「この人と働きたい」という要素がより重要になってきた反面、「仕事はできるけれど性格が悪い人」は、急速に消えていっていますね。
【安野】論理的に答えるだけならChatGPTのほうがいいですからね。チャーム(愛嬌・魅力)とか「いいやつ」の価値が上がりますね。
【けんすう】AIにない人間の力、という点では、「起点力」が大事だと思っています。人間が「ここに行きたい」「これをやりたい」と思わなければ、AIは道筋を示すことができませんから。
【安野】まったく同感で、私も最近『はじめる力』(サンマーク出版)という本を出しました。AI時代はこの力がすべてといってもいいでしょうね。起点力が強い人は、1日でゲームも本も作れる。これをやりたい、こうなりたいという「欲望する力」がますます重要になると思います。
【けんすう】最近考えるんですが、「仕事で自己実現」という価値観って、実はすごく新しいものなんですよね。1960年代のアメリカで始まって、日本では80年代から広まった。たった40〜50年の歴史しかない。
【安野】そうですね。昔の人は、仕事が人生の目標だとか、仕事を通じて自己実現する、なんて考え方はしていなかった。そういう時代がまた来るかもしれません。
【けんすう】レゴが子どもに人気な理由を調査したら、クリエイティビティではなく「達成感」が重要だったらしいんです。設計図通りに組み立てて、完成したときの達成感が楽しい。自由に作るより、難しい設計図があるほうが子どもは喜ぶんです。
これって大人も同じかもしれません。AIが仕事の大部分を担うようになったら、人間は「達成感を得るための活動」をするようになるんじゃないか。それが仕事である必要はなくて、趣味でもゲームでもいい。
【安野】ランニングマシンで走り終えたあとの爽快感とか、ゲームでハイスコアを出したときの喜びとか、すでに私たちは「生産性とは関係ない達成感」を楽しんでいますからね。
【けんすう】高齢者で数独やパズルをやっている人も多いですよね。仕事を引退しても、人は何かしらの課題に取り組みたがる。AIが生産性を担保してくれる時代になったら、人間はもっと純粋に「やりたいこと」「楽しいこと」に時間を使えるようになるかもしれません。
【安野】企業側が若者を引きつけるために作った「やりたいことをやろう」というプロパガンダが、本当の意味で実現する時代がくるのかもしれませんね。ただし、それは「仕事で」という前提が外れたかたちで。
【けんすう】そうです。AI時代って、既存の価値観から解放されて、新しいことを始められる人にとっては、ものすごいチャンスがゴロゴロ転がっています。特に40代は、これまでの経験を活かしながら、AIという新しいツールを使いこなせる。仕事観が変わる大転換期を、最前線で体験できる世代といえます。
【安野】AIを活用するための経験と人間性、そして起点力。この3つが揃えば、AI時代を楽しく生きていけると思います。変化を恐れず、新しいことを始める人こそが、この時代の主役になれる。
経験を重ねたビジネスパーソンの皆さんには、そのチャンスが十分にあるはずです。
【けんすう/古川健介(ふるかわ・けんすけ)】
1981年生まれ。起業家、エンジェル投資家。浪人生時代に「ミルクカフェ」という大学受験サービスを立ち上げたあと、レンタル掲示板の「したらば」を運営。新卒でリクルートに入社後、起業してハウツーサイトの「nanapi」をリリース、2014年にKDDIグループにM&Aされる。2018年にアル株式会社を創業し、代表取締役を務める。著書に『物語思考』(幻冬舎)がある。
【安野貴博(あんの・たかひろ)】
AIエンジニア、起業家、SF作家。ボストン コンサルティング グループを経て、AIスタートアップ企業を2社創業。デジタルを通じた社会システム変革に携わる。デジタル庁デジタル法制ワーキンググループ構成員。2024年、東京都知事選挙に出馬、デジタル民主主義の実現などを掲げ、AIを活用した双方向型の選挙戦を実践。著書に『はじめる力』(サンマーク出版)などがある。
更新:07月14日 00:05