2017年末、1ビットコインが200万円を超え、日本では「億り人」ブームが巻き起こりました。しかしその後、国内の仮想通貨取引所で資産が流出する事件が相次ぎ、市場は急速に冷え込み、暗号資産に対するネガティブな印象が定着しました。現在では、ほとんどの暗号資産がコールドウォレットで保管され、ハッキング被害のリスクは格段に低下しています。世界でデジタル資産の利用が広がる中、日本は再び市場のトップランナーとして返り咲くことができるのでしょうか。書籍『デジタル資産とWeb3』より解説します。
※本稿は、小田玄紀著『デジタル資産とWeb3』(アスコム)より内容を一部抜粋・編集したものです
ビットコインの取引価格はこれまで、アップダウンを繰り返しながら、基本的には上昇トレンドを描いてきました。しかし、より重要なことはビットコインをはじめ暗号資産の扱いや性質が大きく変わってきたことです。
当初は少額決済のために考案されたビットコインですが、実際には決済手段としてはほぼ使われていません。日本でもブームの頃に、大手家電量販店などがビットコインでの支払いに対応するなどしましたが、いま皆さんの周りでビットコインで支払っている人は、おそらくいないでしょう。
ビットコインなどの暗号資産は、決済には使いにくいと言わざるを得ません。まず決済に時間がかかるのが弱点です。暗号資産の取引がブロックチェーン上に記録されるまでには、ある程度の時間を要します。ビットコインであれば10分ほどです。普段使っている現金や電子マネー、あるいはクレジットでの決済のほうがはるかに速いので、日常的にビットコインで支払うのは現実的ではありません。
また、イーサリアムに顕著ですが、多くの人が決済で使うようになると、取引の承認待ちデータが渋滞を起こしてしまいます。そうすると、速くブロックチェーンにつないでもらうためにかかる手数料(ガス代といわれます)も跳ね上がります。
もうひとつ、暗号資産は法定通貨との交換レートが大きく変動するというのも、決済に使いにくい理由です。これを金融の専門用語では「ボラティリティが高い」といいます。同じ価格の商品でも、支払いに必要なビットコインの数量がコロコロ変わるようでは困ります。
こうしたことから、ビットコインをはじめ暗号資産は少額決済に使われることはほとんどなく、緊急時の送金や資産逃避に用いられるツールとして注目され、その後は値上がりを狙った「投機」の対象(個人的には取引市場の流動性を確保する点から投機筋の存在は重要だと考えます)、そしてさらにいまは資産運用における「投資」の対象(金融資産)へと変化しつつあるのです。
2019年のアメリカではすでにビットコイン取引の約半数が機関投資家によるものだと聞いて私は驚きました。個人投資家がほとんどであった日本の状況とはまるで違ったからです。
ビットコインなどの暗号資産が、投資対象の金融資産に変化していくと私が考えるようになったもうひとつのきっかけは、フェイスブック(現在のメタ)が計画した「リブラ(Libra)」の発行が断念に追い込まれたことでした。当時はまだ、専門家の間でも暗号資産(仮想通貨)は新しい決済手段であるという認識が主流でしたが、その可能性は限りなく小さくなり、とすれば別の扱われ方、すなわち投資対象になっていくはずだと予想できたからです。
フェイスブックは2019年6月、銀行口座がないなどの理由で金融サービスを受けられない人たちのための「世界的な金融インフラ」としてリブラ構想を発表しました。この構想にはテクノロジーや金融分野の有名企業が協力を表明し、大きな注目を集めたのです。
しかし、欧米各国の政府はリブラが法定通貨の地位や金融システムの安定を脅かすものとして警戒し、資金洗浄(マネーロンダリング)やプライバシー侵害を懸念する声も強まりました。
フェイスブックは当初、2020年としていたリブラの開始時期について延期を繰り返し、結局は各国政府から同意を得ることは難しいとして、同年2月に計画中止に追い込まれました。なお、いまも法定通貨に近い性格を持っている暗号資産として、「ステーブルコイン」があります。
例えば、アメリカドルと連動したテザー(USDT)、USDコイン(USDC)が代表的です(法定通貨と直接、連動しないタイプもあります)。
これらはブロックチェーンを利用したWeb3サービスの支払いなどで一定のニーズがあり、時価総額の上位にも入っています。ただ、リブラのように法定通貨に取って代わる存在になるとは思えません。
こうして世界がデジタル資産へ舵を切る一方で、日本国内の暗号資産市場はすっかり冷え込んでしまったわけですが、数年前から風向きが変わってきました。
第一に日本の政府は、暗号資産やWeb3を成長戦略の中に位置づけ、法律や税制の見直しを進めています。最近では、石破政権のデジタル大臣に、自由民主党のWeb3プロジェクトチーム座長であった平将明議員が入閣しました。
平議員は2022年からチームを牽引し、初代デジタル大臣であった平井卓也議員と協力して、Web3の指針を定めるホワイトペーパーを取りまとめてきた方です。このホワイトペーパーは、日本がWeb3時代における競争力を強化するための基本戦略を示している重要な文書です。
第二に、日本国内において暗号資産の口座数は2025年1月時点で1213万となり(日本暗号資産等取引業協会調べ)、知らず知らずのうちに、暗号資産は日本社会に普及しつつあるのです。
口座の内訳では個人投資家が9割以上を占めており、一人で複数の口座を持つケースもあるでしょうが、単純計算で10人に1人の割合になります。属性としては男性が多く、30代男性・20代男性・40代男性の順です。投資経験者の7%以上、またネット証券利用者の10%以上が暗号資産投資をしています。
また、MMDLaboが運営するMMD研究所が公表したネット調査(2025年1月)では、現在投資をしている人の割合は22.8%で、投資先(複数回答)は投資信託(62%)がトップ。国内株式(60.7%)、外国株式(20.4%)、債券(16%)に続き、暗号資産が14%で5位に入っています。
暗号資産の取引を始めた時期としては、2023年〜現在が20.7%で最も多く、次いで2021年〜2022年が19.6%となり、合計で4割を超えます。
取引を始めた理由(複数回答)としては「将来性に期待しているから」(26.6%)が最も多く、次いで「資産の分散投資を考えたから」(20.3%)、「長期的な資産形成をしたいから」(18.6%)が続きます。
ビットコインなど代表的な10銘柄の保有額は「1万円未満」が20〜30%ほどにとどまりますが、今後について「積極的に取引を増やしたい」が31.5%あります。
こうしたデータからは、資産のデジタル化に抵抗が少ないであろう若い世代が、やはり積極的に投資しており、暗号資産が日本でもデジタル資産として運用のポートフォリオに入り始めていることが伺えます。
このように投資環境の整備の遅れと個人の投資意向にはギャップがあるわけですが、ここまでに述べた投資の阻害要因を取り除くことができれば、暗号資産の普及がさらに大きく加速すると私は考えています。
まとめると次の3つです。
① 暗号資産に関わる収益の分離課税方式への変更
② 暗号資産ETFの導入
③ 暗号資産取引におけるレバレッジの拡大
例えば税制の変更については報道で見聞きしている方も多いのではないでしょうか。すでに政府および金融庁で議論が行われており(私も関係者として参加しています)、早ければ2026年から暗号資産についても他の金融資産と同じように一律20%の申告分離課税に変更される見込みです。そうなれば、いまは認められていない暗号資産の取引による損失の繰り越し控除も可能になります。
こうした税制改正によって、海外へ流出していた大量の暗号資産が国内に回帰する可能性が十分にあるのです。
また、暗号資産ETFの承認には法律改正は必要なく、投信法施行令の改正だけで制度面の対応が可能です。そのため、暗号資産の収益が申告分離課税に変更されれば、ほどなく日本国内でもビットコインなどのETFが登場するでしょう。
ETFが登場すれば、暗号資産への投資が多くの個人投資家にとってより身近なものになるのは間違いありません。そこまで状況が進展すれば、遅かれ早かれ政府も暗号資産取引におけるレバレッジ拡大に向けて動き始めるはずです。
更新:09月01日 00:05