ちょっとだけ、「目のつけどころ」を変えることで、今までの悩みが意外に簡単に解決することは、よくあることです。
最近、ビジネスシーンで「商品やサービスが売れない」「時代の変化についていけなくなった」という声を聴くことがありますが、そうした場合でも「目のつけどころ」を少し変えれば、どこかに突破口があるのではないでしょうか。
本稿では、放送作家で戦略的PRコンサルタントの野呂エイシロウさんに、「感情」に支配されないコツについて解説して頂きます。
※本稿は、野呂エイシロウ著『道ばたの石ころ どうやって売るか? 頭のいい人がやっている「視点を変える」思考法』(アスコム)より、内容を一部抜粋・編集したものです。
人間の心は、ざっくり分けると、理性と感情でできていると思います。
そして、往々にして、人は「感情」に支配されがちです。
例えば、ライバル関係にある同僚が会議でいいアイデアを出したとします。「なかなかいいことを言うじゃないか」と内心では思っていても、つい同僚のアイデアを重箱の隅をつついて「うーん、その考えは悪くないけど、今やるべきことじゃないよね」みたいな、否定するような言動を取ってしまうかもしれません。
要は嫉妬ですね。正論だけで言えば、チームとしての業績を最大化させるために、一番いい方法に賛成すべきですが、なかなかそうもいかないのが人間です。
人間が感情にとらわれやすいことは、医学的にも証明されています。
感情は脳の扁桃体という箇所で生まれます。
例えば、山の中で熊に出会ったら、考えるより先に「怖い」という感情で体がすくんだり、叫んだりします。同じく山の中で毒々しい色のキノコを見たら、そのキノコがどんなものか調べようとするより先に、なんとなくいやな気持ちになりますよね。
扁桃体は、生存に関わる情報を一瞬で判断します。それが感情となって現れます。
いわば危機管理能力なのですが、時として感情は、理性や理屈を超えるので、私たちは感情にとらわれやすいのです。
もしも、あなたが仕事で成果を上げたいという気持ちを強く持っていたとしたら、それはなぜでしょうか。「会社に貢献したい」とか「チームのみんなと一緒に喜びを分かち合いたい」とか表向きは言うかもしれませんが、本音ではチヤホヤされたいとか、お金が欲しいとか、異性にアピールしたいとか、そういった想いがあるのではないでしょうか。
そうした気持ちは、頑張る原動力にもなりますし、必ずしもマイナスばかりではありません。そのほうが人間らしくていいんじゃないかと思います。ただ、その感情にとらわれすぎると、視点をずらしにくくなります。理性よりも感情が優先になっていて、視野が狭くなるからです。
その場合、感情をいったん切り離して考えることが大事です。私は「感情の因数分解」と呼んでいます。
どういう意味かといえば、視点をずらす前に、「うれしい、悲しい、腹立たしい......」といった心の中にある感情をすべていったん吐き出してみて、今、自分がどの感情に突き動かされているのかを分析してみるのです。
ある知り合いが「本を出して、とにかく売りたいんです」と相談しに来たことがありました。私は「それならば、「本の間に1万円札を挟んだら、もうベストセラー間違いなしですよ」と言ったことがあります。
何でもいいからとにかく本が売れればいいのであれば、確実にそれを満たす提案だからです。もっとも、その人は笑ってはくれましたが、その話をそれ以上深めようとはしませんでした。冗談だと思ったのかもしれません。
もちろん、本にお金を挟むのは制度上できないでしょう。しかし、本をたくさん売りたいというのが本音なら、1万円を挟むのが無理でもお金の代わりに何らかのクーポンをつけると売りやすいとか、1万円を挟むのがダメなら定価を1円にして売るとか、実現可能かどうかは別としていろいろなアイデアが出てくるでしょう。あるいは、自分で何万部か買い取ってしまえば、すぐにベストセラーのランキングに入ります。実際に買い取るケースはあるようです。
しかし、そうした話には発展しませんでした。おそらくその人は「本を売りたい」というのが本音ではなかったのです。
感情を因数分解してみると、本が売れて「有名になりたい」のか、「本を売って儲けたい」のか、はたまた「本を出して世の中の人を助けたり幸せにしたりしたい」のかなど、自分の本当の欲望があるから、本を出して売りたいと考えているのだと気づきます。
「本を出したい(売りたい)」という感情の因数分解をすると、
→有名になりたい
→自分の存在感を示したい
→世の中の人を助けたい、幸せにしたい
→共感されたい
などと、分析してみて「有名になりたい」という気持ちに支配されているのだと気づいたのなら、結果→本にこだわらず、別の方法でもいいのではないか......。という視点のずらし方ができるでしょう。
10万部を超えるベストセラーは、年間に出るすべての本のなかで1%未満と言われています。なかなかに狭き門ですね。無理をして、その狭いところを通ろうとしなくても、違う方法に視点をずらせば、自分の願いをかなえられる可能性はありそうです。
感情を因数分解してみて本当に自分が望んでいることが明確になる。これって、言い換えれば「欲望」ということです。
自分の欲望が明確になった時点で、ある意味視点はずらせています。世の中の多くの人は、自分の欲望が何なのかハッキリと気づけずに、建前と欲望の間で振り回されていることが多いものです。それと比べて、自分の本心に気づいて、そのための行動を取れるということは、並みの人間とはひと味違う人間になれているということだと思います。
しかし、ただ自分の本心に気づいただけでは、欲望は満たせません。
欲望をかなえるためにもう一段、視点を変えることが必要です。
例えば、年収300万円くらいしかなく、お金持ちのパートナーもいなければ、実家も金持ちじゃないのに、どうしても六本木あたりの都心の超高級タワーマンションに住みたい人がいたとします。いわゆる「億ション」です。
どうしても住みたい。でも億なんか払えるわけがない。ならば自分の正直な感情(欲望)はあきらめざるを得ないのか。
普通に考えれば住むことはかないません。でも、違う視点から考えてみるのです。
例えば「時間」に関する視点をずらしてみます。
ずっと住むなら億のお金が必要です。けど3日だけ住むとしたらどうでしょうか。
たとえば、1000万円の貯金があれば、それを下ろして億ションを管理する不動産業者に「すみません、1000万円しかないのですが、これで何日かタワマンに住まわせてくれませんか」と交渉してみる。あるいはタワマンの部屋をすでに持っている人と交渉して、3日だけ貸してもらう方向で話がつくのであれば、100万円以内で済むかもしれません。
「いくらなんでも3日しか住まないのはバカすぎる」と言われるかもしれませんが、あなたが望んでいたものが「とりあえず住む」「そこからの景色を飽きるほど眺める」ということであれば、3日もあれば十分かもしれません。
その気分を100万円で味わえるのだったら、まったくアリだと思うのです。
感情を掘り下げていって、最終的に自分が何をしたいか、その「目的」を鮮明にしていく、これが感情の因数分解です。
更新:09月06日 00:05