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部下との関係を良化させるには? 信頼される上司が持つ「肯定的な人間観」

2025年06月19日 公開

國弘隆子([有]Office Creation代表取締役)

信頼される上司

「人間力」を磨き、部門経営者を育てることを目的としたPHPの研修事業。講師陣は、企業・組織において様々な現場を経験し、時に修羅場を乗り越えてきた実務者ばかりだ。本連載では、その研修内容の一部を誌上講義してもらう。連載3回目は、「肯定的な人間観を持つことが、上司部下の間に信頼関係を生む」と語る國弘隆子氏が、今の時代の部下育成の方法を熱く説く! (構成:坂田博史)

※本稿は、『THE21』2025年7月号の内容を一部抜粋・再編集したものです。

 

人的資本経営の成功はOJTにあり

近年、「人的資本経営」が声高に叫ばれています。人的資本経営とは、人を「資本」ととらえ、人の価値を最大限に引き出すことで、中長期的な企業価値向上につなげる経営のあり方のこと。

人が競争力の源泉であるという考えのもと、各企業が「人を育てる」適切な機会や環境を提供することで、人の潜在能力を見出し、活かし、育成することが重要になっているのです。

とは言うものの、人を育てる立場にある上司の皆さんの中には、自分より年上の部下の非協力的な姿勢に悩む人、最近の若手社員との価値観の違いに驚きを隠せない人も多くいらっしゃるのではないでしょうか。

こうした職場の変化に対応するためには、上司が「人を育てる」ということを今一度考え直し、バージョンアップする必要があります。

企業内教育には、3本の柱があります。1つめの柱が、職場で仕事を通して、上司が部下に仕事を遂行するために必要な能力を意図的かつ継続的に指導し、修得させるOJT(職場内教育)です。

2つめの柱が、off‒JT(職場を離れての教育訓練)。研修などで専門スキルを学ぶケースなどがこれに当たります。

3つめの柱が、SD(Self Development:自己啓発)。自己成長のために自主的に仕事に関する本を読む、セミナーに参加するなどがSDです。

部下を育成するためには、実際の現場での業務経験が最も重要であり、OJTが一番人を成長させるという研究結果もあります。ただ、人や時間に余裕のあった時代には、計画性がなく、「目の前の仕事を教え、手伝ってもらえば人は勝手に育っていく」「背中を見せれば人は育つ」という考え方が主流だったのではないでしょうか。ですが成果が上がるOJTには、長期的視点や計画性が必要不可欠なのです。

 

経験を一緒に振り返り、部下の成長を促す

経験学習モデルとは

上司に意識してほしいのが、指導と育成の違いです。指導とは、教え、導くこと。できるだけわかりやすく、相手の納得度が高い教え方が求められますが、計画性を持って指導しないと、単なる仕事のハウツーを教えるだけになってしまいます。

そこで大切になるのが育成です。育成は、育て上げて立派にすること。中長期的なもので、この仕事を通して部下が成長していく、本人のキャリア形成が実現していくといった視点が上司には必要なのです。

組織行動学者のデイヴィッド・コルブが提唱した「経験学習モデル」では、経験と内省(振り返り)を通じて、持論が形成され、個人の成長が促進されると考えます。実際に業務経験を積み、本人が内省すると共に上司も一緒に振り返りを支援し、適切なフィードバックを与える。

内省が浅いと次に活かせることが少なくなってしまうので、きちんと概念化、持論化できるレベルを意識し、次の実践へとつながる本質的な振り返りを行なうことが重要になります。

上司自身プレイング・マネジャーとして、自分の仕事を抱えながら部下指導を行なっていると、「指導するだけで手いっぱいだ」と思われるかもしれません。ただ5分でも10分でも、「どうだった?」「どこが上手くいったと思う?」「それを次に活かしていくとしたらポイントは何?」といった問いを投げかけ、会話をすることで、部下にとってはただ頼まれた仕事を行なったというだけでなく、成功体験や自信につながる経験となります。

単に教えるだけでなく、短い時間でもいいので一緒に振り返るという時間をつくることが、上司部下の間の信頼関係の構築にもなります。

すなわち、育成するには「業務支援」はもちろん、振り返りを促進し、客観的な意見を伝えて気づかせる「内省支援」を行なうことも求められます。さらに、部下を褒め、励ますなどの「精神支援」ができれば、不安を抱えがちな若手社員の育成にも効果的です。

 

安心感や信頼感を生む「肯定的な人間観」

「一切衆生悉有仏性」。これは、すべての生物は仏になる可能性がある、すべての人は、かけがえのない使命を天から与えられている大切な存在だという仏教の人間観を表現しています。

「役に立たない人は一人もいない」と言ったのは松下幸之助です。こうした肯定的な人間観を持つことには、どのようなメリットがあるでしょうか。

私は、部下や後輩との間に安心感や信頼感が生まれると考えています。安心感や信頼感がないと部下はチャレンジしません。肯定的に見てくれる上司のサポートがあってはじめて、勇気を持って新しい仕事にもチャレンジできるのです。

もちろん、部下や後輩には色々な人がいます。しかし上司が、「この人はできない人だよね」といった否定的な考えで接すると、部下には、上司が思っている何倍もネガティブな感情が伝わってしまうものです。

どんな人でも成長する。今よりは仕事ができる人に必ずなれる。そのように思うだけでも、上司と部下の関係性は間違いなく良化していきます。

 

理のマネジメント・情のマネジメント

上司には、理のマネジメントと情のマネジメントの両方が求められます。理のマネジメントとは、私情を排除した冷静な判断と徹底した行動のマネジメント。情のマネジメントとは、相手の気持ちを察した細やかな気配り、思いやりのマネジメント。

上司として物事を判断していく際、人によって自分の判断軸を変えると、一気にその相手との信頼関係が壊れてしまいます。理のマネジメントで客観的事実に基づいて判断することが何よりも大切です。

ただ、当然のことながら部下は感情を持っています。その情の部分を理解していることを相手に伝えていくことも、昨今は求められています。以前なら、「言わなくてもわかってくれる」「今夜一緒に飲みに行けば大丈夫」などと考えていたかもしれませんが、現在、こうした考えは通用しません。

「今回はこういう事実がわかったので、君の考えとは違うAという方法を採用した。納得できないかもしれないが、全体を考えてのことだから君にも対応してもらいたい。今後は君の考えもきちんと活かせるように配慮していくつもりだ」

このような説明を受ければ、たとえ自分の案が採用されなかったとしても、部下は納得してくれるでしょう。こうした説明の必要性を研修で説くと、「面倒くさいなあ」「ここまで言わないといけないのか」と言う受講者がたくさんいます。

そう思うのも理解できるのですが、今はここまで伝えてはじめて上司の考えや気持ちを理解してもらえ、不安感が大きい部下たちを引き連れていくこともできるのです。

 

部下のやる気を引き出す「3つの関わり方」

部下のやる気を引き出すための関わり方

人を育てるために必要なコミュニケーション能力として、部下のやる気を引き出す関わり方について見ていきましょう。

1つめが「傾聴」です。部下の話を聞くことの重要性が増しており、傾聴によって、相手の「やりたいこと」(欲求)を把握するようにします。

「1on1で部下と対話をするが、そのときの話は本音なのだろうか。1on1用に準備してきた話ではないか」。そんな心配をしている上司も少なくありませんが、まずは相手の話に耳を傾けましょう。すると、だんだん相手の本音に近づいていけます。

2つめの関わり方が「観察」です。観察によって、その人が「やれること」(能力)を見極めます。私はコミュニケーション能力の中で、この観察がとても大事だと考えています。観察は、相手に関心がないとできません。ですので、「関心を持って見守る」と言い換えてもいいでしょう。

「こうしたことができるようになった」「この領域が得意なのだな」などと、その人の能力をきちんと把握し、それを言語化して伝えていくと、「ちゃんと見てもらえている」と相手は思います。また、部下自身が気づいていない強みを気づかせることができれば、信頼関係も強まります。

3つめの関わり方が「対話」です。対話によって、「やるべきこと」(義務・役割)を納得してもらいます。部下と話をするとき、私たちは教える側であるため、「きちんと教えないといけない」と、ついつい多く話しがちですが、ちゃんと相手の思いも聞き、こちらの考えも伝えていくことが大事になります。

仕事は、取り組みたい内容ばかりではありません。部下が何をやりたいのか、どんな能力を発揮したいと思っているのかを知り、それについての支援も行ないながら、かつ望んでいない仕事も責任感を持ち遂行してもらうための支援を行なうことが重要です。

私も日々悩みながら、この3つの関わり方を意識して部下たちと接しています。この3つのうち、今どれに注力しているのか。今後バランスを取っていくためには、どこに注力すればいいのか。どうすれば部下のやる気を高める効果的な接し方ができるのか。やりたいこと、やれること、やるべきことの3つの円の大きさや重なり具合などを考えてみてください。

 

ティーチングとコーチングを使い分けよう

研修の受講者から、「教えることと、コーチングのように引き出すことのバランスをどう取っていけばいいのか?」という質問を受けることがあります。コーチングは、相手の思いや考えを引き出すスキルで、当然、それをするのには時間がかかります。そのため、自分の中で軸を持ち効果的に使い分けることを勧めています。

物事の重要度と緊急度の両方が高いケースや、部下がはじめて行なう仕事などではティーチングが有効です。こう言うと、「すべての仕事が重要で緊急だ」という意見が出ます。こうした人は、その仕事の終了後に振り返りの時間をつくり、そのときにコーチングのスキルを使ってみてはいかがでしょうか。

「今日は私が仕事のステップを全部教えたけれど、今度1人のときはどうやったらいいと思う?」などと問うのです。教えた仕事をその人の体験としてしっかりと刻み込むことが可能となり、コーチングを使いやすい場面だと言えます。

部下の習熟度が高ければコーチングのほうが有効で、逆に習熟度が低い場合は、ティーチングのほうが有効になります。

では、新入社員にはコーチングは使えないのかと言ったら、そんなことはありません。考えられる範囲は狭いかもしれませんが、考えられる部分に焦点を当ててコーチングを使っていくようにすると使える場面が増えていきます。

上司は、自分のやりやすい指導に依存する傾向があり、例えば、自分が細かいことまで言われたくないタイプだと、部下が細かい指導を求めていても、多くを指導せず、すると部下は「放置された」と感じます。逆に、教えたがる上司だと、1から10まで全部教えてしまい、部下はそれについて考えることができず、かえって部下の成長を妨げてしまうこともあります。

私たち上司が、自分自身を客観視しながら育成の視点を持つことが、チーム成果を創り出しながら自分自身を育てることにつながるのです。

 

著者紹介

國弘隆子(くにひろ・たかこ)

(有)Office Creation代表取締役

(株)日本チームコーチング協会取締役、PHPゼミナール講師。1984年、大阪大学医学部神経薬理生化学教室教授秘書として勤務後、結婚退職。94年、子育てが一段落したことを機に、フリーアナウンサーとして活動を開始。98年、秘書の経験を活かし研修講師として独立。2005年、(有)Office Creationを設立。21年、(株)日本チームコーチング協会取締役就任。

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発売日:2025年02月06日
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