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「部下に指示しない」のが当たり前 マイクロソフトの管理職が持つ常識

2025年01月31日 公開

牛尾剛(米マイクロソフトAzure Functionsプロダクトチーム シニアソフトウェアエンジニア)

マイクロソフトのマネジメント

シアトルでマイクロソフト社に勤める牛尾剛氏は、日米のマネジメント手法の違いに驚いたという。米国では、チームメンバー一人ひとりを個人商店のように扱い、部下の主体性をサポートする「サーバントリーダーシップ」が徹底されていたのだ。仕事の任せ方については、日米でどのような違いがあるのだろうか。(取材・構成:村上敬)

※本稿は、『THE21』2025年1月号特集「人が育ち、チームも伸びる最高の任せ方」より、内容を一部抜粋・再編集したものです。

 

渡米して目の当たりにしたマイクロソフト流マネジメント

コマンドアンドコントロールとサーバントリーダーシップ

アメリカのマイクロソフトに私が入社したのは2015年。シアトルでエンジニアとして働いて、驚いたことの一つがリーダーシップの在り方でした。

私は大学卒業後、日本の大手SIer(システムインテグレーター。システム開発や運用などを請け負う会社)に長く勤めていましたが、リーダーは部下に細かく指示を出して、状況を常に確認しながら管理していくスタイルでした。日本企業ではごく当たり前の「コマンドアンドコントロール」というマネジメントです。

一方、シアトルの上司はいちいち細かな指示を出さず、部下が主体的に決めたことをひたすらサポートしてくれます。いわゆる「サーバントリーダーシップ」です。

サーバントリーダーシップは、ロバート・K・グリーンリーフが1970年にエッセイ『The Servant as Leader』で提唱したマネジメントスタイルです。リーダーはビジョンとKPIを示すものの、実際にどう動くのかはチームが主体的に意思決定します。

私も以前からコンセプトとしては知っていました。ただ、マイクロソフトに入社するまで、サーバントリーダーシップが実践されている組織を経験したことがありませんでした。私はマイクロソフトを代表する立場にないため確たることは言えませんが、私がこの会社で出会ったマネジャーたちは、みなこのスタイルだったのです。

 

社員を大人扱いすれば統一ルールは不要

サーバントリーダーシップでチームを機能させるには、マネジャー個人のマネジメント手法以前に、組織やチームとしてのカルチャーが重要です。まずはそこからお話ししていきましょう。

マイクロソフトに来てびっくりしたのは、ルールがないことでした。日本企業では多くのことに標準プロセスや手順書があって、それに従って仕事を進めることを求められます。ところがマイクロソフトには、「会社の決まりだからこれに従いなさい」という縛りがないのです。

背景には、システム化の考えがあります。どうしても守らなくてはいけないものは、あらかじめシステム化しておいて、人がいちいち判断しなくていいようになっているのです。

例えば日本企業では、セキュリティ対策として私用のPCを会社の業務に使ってはいけないところが多いでしょう。一方、マイクロソフトは自由です。ただし、業務に使うための設定をしたら、自動的にセキュリティのソフトがインストールされて、悪さをしようにもできなくなります。このように最低限守らなくてはいけないことはシステムで自動化されているので、その他のことはルールを決める必要がないわけです。

とはいえ、働いているのは優秀なエンジニアですから、その気になれば機密情報を外に持ち出すことは可能だと思います。しかし、それでもマイクロソフトはエンジニアをルールで縛りつけようとはしません。

それはなぜか。実はここが大事なのですが、マイクロソフトは社員を良識ある大人として扱っています。普通の大人なら、機密情報を持ち出せばとんでもない額の賠償金を請求されることはわかっているし、そもそも仲間を裏切るのは悪いことだとわかっています。「子どもじゃないのだから、それくらいわかっていますよね」という前提で組織が運営されているのです。

部下が物事の善悪の区別がつかない子どもなら、上司が指示したり管理するコマンドアンドコントロールが必要になるかもしれません。しかし、実際に働いているのは自分で物事を考えることができる大人です。マイクロソフトはそうした認識を持って組織をマネジメントしています。これはサーバントリーダーシップの欠かせない前提条件だと思います。

 

メンバー一人ひとりが個人商店のように働く

大人扱いは、仕事の任され方にも表れています。マイクロソフトでは、日本のように「あれをやれ」「次はこれ」とマネジャーから具体的な指示を受けることがないのです。

もちろんマイクロソフトでも、マネジャーからバックログ(未処理の案件)は示されます。ただ、それは非常にふわっとしたレベル。具体的にどのような仕様にするのかは、アサインされたメンバーが自分で明確化して実装します。

このような任せ方が可能なのは、組織体制も関係しています。日本は上流で設計する人は設計だけ、コーディングで手足を動かす人はコーディングだけ、というように高度に分業化しています。このやり方にもいいところはあると思いますが、エンジニア一人ひとりは歯車の一つに過ぎず、全体像はつかめません。そのためおのずと全体像をつかんでいるリーダーが各メンバーに細かく指示を出すかたちになります。

一方、マイクロソフトは、インディビジュアル・コントリビューター(IC)と呼ばれる開発者一人ひとりが個人商店であり、自分で仕様を明確化したあとも、デザイン、コーディングやテスト、リリース後の確認、障害が起きたときの対応まで一貫して行ないます。

チームは、約10人以下のICで構成されています。ICは完全に一人で独立しているわけではなく、タスクは違うもののほぼ同じ範囲をカバーしているバディがいます。自分が何らかの事情で対応できないときはバディが対応してくれるので、個人商店でも普通に休暇を取れます。

ICはキャリアに関係なく対等です。ベテランと新人も区別はありません。日本だと新人はしばらく先輩社員にくっついて議事録作成やコピー取りなどの下働きをしますが、こちらでは入社1年目でも自分がタスクを明確化して取り組みます。個人商店が開業1年目だからといって特別扱いされないのと同じです。

なぜマイクロソフトでは、新人が1年目から一人前扱いされるのか。それはそもそも大学でコンピューターサイエンスの学位を取った人、あるいはそれに準じる経験を持った人しかエンジニアとして採用しないからでしょう。

日本は文系学部の人がSEになるケースも多く、入社後に基礎的なところから教育する必要があります。一方、マイクロソフトはその段階を過ぎた人しか採らないため、1年目の人にも普通に仕事をアサインできます。まさに全員を大人扱いしているので、マネジャーはあれこれ指示を出す必要がないのです。

 

著者紹介

牛尾剛(うしお・つよし)

米マイクロソフトAzure Functionsプロダクトチーム シニアソフトウェアエンジニア

1971年、大阪府生まれ。シアトル在住。関西大学卒業後、大手SIerでITエンジニアを始め、2009年に独立。アジャイル、DevOpsのコンサルタントとして数多くのコンサルティングや講演を手掛けてきた。2015年、米国マイクロソフトに入社。エバンジェリストとしての活躍を経て、2019年より米国本社でAzure Functionsの開発に従事する。著作に『ITエンジニアのゼロから始める英語勉強法』(日経BP)などがある。ソフトウェア開発の最前線での学びを伝えるnoteが人気を博す。 著書『世界一流エンジニアの思考法』(文藝春秋)は9万部突破のベストセラー。

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2025年2月

THE21 2025年2月

発売日:2025年01月06日
価格(税込):780円

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