THE21 » キャリア » 「上司が邪魔しなければ、部下は育つ」ブリヂストン元C‌E‌Oの人材育成論

「上司が邪魔しなければ、部下は育つ」ブリヂストン元C‌E‌Oの人材育成論

2025年03月25日 公開

荒川詔四([株]ブリヂストン元C‌E‌O)

荒川詔四

入社2年目で、いきなりタイの新工場に放り込まれた荒川詔四氏。屈強な現地の肉体労働者たちに対し、最初は強い姿勢で当たって猛反発にあう。しかしその後、現場で一緒に汗を流すことで信頼関係を築いていった。その後も、リーダーとして世界各地を飛び回り、「部下は自分で育つもの」「若いときの失敗は宝物」と語るに至った同氏の人財育成論とは?(取材・構成:川端隆人、撮影:榊智朗)

※本稿は、『THE21』2025年2月号より、内容を一部抜粋・再編集したものです。

 

入社2年目で放り込まれたタイの「火事場」

――ブリヂストンに入社された理由は、「美術館」だったとか。

【荒川】学生時代の私は、美術部で油絵を描くことに熱中していました。「あの素晴らしいブリヂストン美術館を持っているのだから、さぞかし文化的な会社だろう」と思ったのですが、入社してみるとイメージとは正反対。現場では大きな機械がガンガン稼働し、力仕事も多い。非常に「男臭い」職場でした。すぐに「しまった、間違った会社に入ってしまった」と思いました(笑)。

――入社2年目には、早くもタイに赴任されています。

【荒川】タイの新工場立ち上げは当時、非常に重要なプロジェクトで、それもあってタイ語専攻の私が採用されたのかもしれません。入社2年目ですから、仕事のほんの上っ面を学んだだけの若者です。留学経験豊富な今どきの外大生と違って、タイ語の会話だって拙いものでした。

そんな私が、いきなりタイ工場に配属された。そもそも会社にはシステマティックに人材を育成しようという考えはなく、現場へ放り込むという昔ながらの育て方だったのでしょうね。

任せられた仕事は、タイ人従業員による在庫管理の混乱を正常化すること。ローカルの従業員たちをまとめるリーダーです。

メンバーはクーリーと呼ばれる現地の肉体労働者たち。半裸で力仕事をする屈強な面々で、入れ墨をしている人も珍しくない。彼らの入れ墨は敬虔な仏教信仰によるものなんですが、その見た目だとやはり身構えてしまう。「舐められてはいけない」と、私は強い姿勢で彼らに改善を要求しました。

リーダーといっても正式な肩書や権限があるわけでもなく、経験も知識もない、ろくにタイ語も話せない若造が、偉そうにこれまでのやり方を否定してきたわけですから、当然クーリーたちは猛反発です。在庫の適正化どころか職場が機能不全になりかけました。先輩たちに助けを求めても「知るか。お前の仕事だろ。俺は忙しいんだ」といった返事です。

――もう日本に帰りたい、と思っても無理はない状況ですね。

【荒川】当時は航空運賃が高くて、初任給が3万円の時代に片道で30万円くらい。逃げ帰ることもできない。ポンと与えられた課題が火事のように燃えている。なんとかしろと言われているが、タイ人従業員はヘソを曲げている。自分でどうにかするしかない状況でした。

 

リーダー経験が少なくても、役割は果たさないといけない

――どうやってその苦境を乗り越えられたんでしょうか。

【荒川】考えた末、私は現場に行ってメンバー一人ひとりと丁寧にコミュニケーションを取ることにしました。次第に打ち解けて仲間として受け入れられるようになると、強面に見えた彼らは本当にいい人たちだった。私が悩んでいれば一緒に悩んでくれるし、本社に怒られたと言えば「俺たちも頑張るから」と慰めてくれる。在庫管理にも自発的に取り組んでくれるようになりました。

6カ月に1度の在庫チェックでは、昼間の操業が終わって倉庫を閉めた後、クタクタに疲れている彼らが一緒に作業をしてくれたのが忘れられません。

私が働き続けられたのは、こうして短期間の間に、なんとか結果を出して「自分でも使い物になるんだ」と発見したからでしょう。いきなりトラブルの解決を任され、メンバーと信頼関係を築き、彼らも納得して「やってみようじゃないか」と問題解決に乗り出してくれた。これは自信になりました。

その後、中近東、ヨーロッパ、アメリカ、中国と、次から次へとリーダーとしての仕事をすることになりましたが、取り組む姿勢は基本的に同じです。自分は経験の少ない若造で、リーダーシップや人心掌握のテクニックに欠けているかもしれない。でも、リーダーはリーダー。役割を果たさないと問題は解決できない。ともに働いて、みんなを動かして、とにかくベストを尽くすしかない。

――手痛い失敗の経験もあったのでしょうか。

【荒川】結果が出なかったことについては、あまり覚えていないんです。組織をあげて、徹底的に努力して実現できなかったときには「当社の力はそこまでなんだな」「そのレベルの仕事に挑戦したんだ」という納得があります。後に引きずることはないものです。

 

部下が「自分自身で育つ」環境作りをする

荒川氏の人材育成の考え方

――海外を飛び回りながら、管理職として部下の育成もするのは大変だったのではないかと思いますが。

【荒川】そもそも「育成」という言い方に疑問があるくらいで、人を「育てる」ことなんてできない、部下が「自分自身で育つ」環境作りをするのだ、というのが私の基本的な考え方です。それは社長になった後まで一貫していました。

部下ができると、つい「指導して、育てたい」と思ってしまうもの。けれども、部下本人は育ててもらいたいと思っていない。自分で育ちたいのだと私は理解しています。そして、本人が育つのを妨げる障害やストレスの主な発生源は人です。まずは、自分が部下にとっての障害やストレスの発生源にならないようにする。そのために我が身を正すのが、上司の第一の仕事です。

――具体的にはどんなことに気をつけたらいいでしょう。

【荒川】よくあるのが、部下を育てなければと力が入りすぎてしまって、自分のやり方を押しつけてしまう上司。中には自分でも正しいやり方がわからないまま、あれこれと口を出して部下を小突き回してしまう人もいます。当然、相手からはネガティブな反応しか返ってこない。私がタイ工場で最初に失敗したのも、それです。

自分が「指導」される側だった頃のことを思い出してください。「なんで上司は次々と口を出してくるんだ」「うるさいことを言われなければ、心静かにじっくり仕事に取り組めるのに」と感じたことがあるでしょう。

まずは、いかに部下の邪魔にならないかを考える。そのうえで、部下が育つチャンスをどうやって与えるか。プロジェクトでも、もっと小さな仕事でも、「とにかくやりたいようにやってみて」と任せて、自分で考える機会を与える。やり方には口を出さず、「あなたにはこの仕事をするだけの能力があるんだから、任せる」という姿勢で臨むのです。

――任せるのには、なかなか勇気がいりますよね。

【荒川】任せた結果、部下が失敗したっていい。若手に任せられる仕事の範囲で、会社に与えられる損害なんて大したものではありません。有能な人材に育ってもらうために、不可欠なコストと考えましょう。たとえ予想外に大きな損害が生じたとしても、部下の心に残る貴重な経験になる。若いときの失敗は宝物です。

私は「会社選びを間違えた」と思うような新入社員で、同期には私より優秀な人材が何十人もいました。今の自分を見ると「『できない人』でも、ここまで育つものだなあ」と思います。同じやり方で優秀な人が育たないわけがない。「自分でもこうなれた」という事実に基づいているのが、私の人材育成論です。

 

「自分はどうしたいのか」を考え続けよ

――荒川さんのように、充実したビジネス人生を送るためにはどうしたらいいのでしょうか。

【荒川】いかに仕事を楽しく、意味のあるものにするかを考えることでしょうね。生涯の中で一番元気な時期に、ずっと会社にいるのがビジネスパーソンの人生。

ワークライフバランスなどと言われますが、たとえ週休を3日にしたところで、人生の多くの部分がワークに占められることは避けられない。楽しく仕事をできなければ人生そのものがダメになるし、意味がない。そう思って私は仕事をしてきました。

だから、仕事を与えられることは「この件を、お前さんのゲームとして楽しんでいいよ」「ついては、会社のお金を使ってもいいよ」と言われることだと捉えていました。

そう考えると、楽しく、面白く取り組める仕事がいくらでもあった。結果としていい思い出をたくさん作れましたし、かつてチームを組んでいたメンバーとは会うたびに楽しく酒を飲める今がある。言ってみれば、自分がプロデュースした、意味のある人生を送ってこられたと思っています。

――正直、自分には真似できそうもない......と思ってしまいます。

【荒川】「理想論だ」とか「あなたの会社はいい会社だったからでしょう」と言われることもあります。けれども、お話ししてきた通り、うちの会社は生易しい会社ではなかったですよ(笑)。そもそも、何の問題もない真っ白な会社などこの世に存在しないでしょう。その中にあっても、楽しく仕事をすることができました。

管理職になって、人材育成をはじめ、様々な問題で悩んでいる方は多いと思います。会社が悪い、上司が悪いとぼやけば一時的に心は軽くなるかもしれません。でも、本当の問題は自分で解決するべきことではないですか。だって、自分の人生なんですから。

仕事で努力して、楽しく、意味のある人生を過ごせれば最高でしょう。ポイントは、常に「自分はどうしたいのか」を考えること。私は、このことだけは信念として貫いてきたと言えます。

 

【荒川詔四(あらかわ・しょうし)】
(株)ブリヂストン元C‌E‌O。1944年、山形県生まれ。東京外国語大学卒業後、ブリヂストンタイヤ(のちにブリヂストン)入社。タイ、中近東、中国、ヨーロッパなどでキャリアを積み、海外事業に多大な貢献をする。2006年、本社CEOに就任。「名実ともに世界ナンバーワン企業としての基盤を築く」を旗印に、世界約14万人の従業員を率いる。12年3月に会長就任。13年3月に相談役に退いた。近著『臆病な経営者こそ「最強」である。』(ダイヤモンド社)が好評発売中。

 

THE21 購入

2025年3月号

THE21 2025年3月号

発売日:2025年02月06日
価格(税込):780円

関連記事

編集部のおすすめ

「部下に指示しない」のが当たり前 マイクロソフトの管理職が持つ常識

牛尾剛(米マイクロソフトAzure Functionsプロダクトチーム シニアソフトウェアエンジニア)

「管理職にかかる過剰な負荷」は解消できるのか? 組織変革の要となる部門とは?

坂井風太([株]Momentor代表)

部下に慕われる管理職が実践する「わからないふり」

山本真司(立命館大学ビジネススクール教授)