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政府がリスキリングの推奨で目指すのは? 「成長産業への転職と賃上げ」の関係性

柿内秀賢(Reskilling Camp Company代表)

リスキリング

政府が力を入れている「リスキリング」。成長産業への転職に必要なスキルを身につけ、年収を上げることを目指すものだ。本稿では「労働移動と賃上げ」の関係性と、その中でリスキリングが果たす役割について、Reskilling Camp Company代表の柿内秀賢氏の解説を書籍『リスキリングが最強チームをつくる』より紹介する。

※本稿は、柿内秀賢著『リスキリングが最強チームをつくる 組織をアップデートし続けるDX人材育成のすべて』(ディスカヴァー・トゥエンティワン)を一部抜粋・編集したものです。

 

成長産業に転職すれば年収が上がる?!

2022年10月28日、閣議決定された「物価高克服・経済再生実現のための総合経済対策」にリスキリングが含まれました。私なりに、次のように整理しました。

「世界的にインフレが進んでいる。インフレ率の低い日本においては相対的に物価高に陥る中、これは克服すべきである。同時に経済再生実現を考えたとき、成長産業への労働移動が欠かせない。そのために必要なスキルを身につける必要がある。労働移動とスキルアップは賃上げを伴い、物価高克服につなげたい。そのスキルアップの取り組みをリスキリングと名づけ、5年で1兆円の投資をしたい」

労働移動と賃上げは非常に興味深いテーマです。労働移動=転職と考えると、転職すれば給与が上がる、という話です。

厚生労働省の調査(令和3年雇用動向調査結果)によると、2022年に転職した人の年収は、上がった人が34.6%、下がった人が35.2%、変わらない人が29.0%。年齢別に見ると、20~24歳では上がった人が47.1%と多く、60~64歳では13.1%と少なくなっています。

全体では年収アップと年収ダウンの割合に大きな差はないようです。

政策で描かれたシナリオでは、成長産業に労働移動すれば賃上げが起きる、ということなので、転職先を成長産業に絞ったときに年収が上がることが重要です。

成長産業の定義が難しいので統計的なデータは分かりませんが、体感的には確かに上がりそうだと感じます。採用の現場では、成長している産業や企業ほど積極的に採用をする傾向があり、同時に似たような経歴の人を求める傾向があるため、内定・オファーを提示するときに金額勝負になることがよくあります。

 

賃金上昇圧力が発生するケース

あるとき、スタートアップの経営陣(人事責任者)の方からご連絡をいただきました。データサイエンティストの給与相場について教えてくれないか、というご相談でした。その方は困った様子でこうおっしゃいました。

「データサイエンティストの採用を考えており、良い人が見つかったから、思い切ってオファー金額として年収1000万円を提示した。ところが同じ人を採用しようとしている競合A社はオファー金額1200万円を提示してきた。どうしても採用したいからカウンターオファーで金額を上げようと考えているが、一方で基準がないと際限がなくなるから、相場が知りたい」

賃金上昇圧力がオークションのような理屈で発生していることを垣間見たエピソードでした。

私自身も事業を運営する中で、同じような場面に遭遇します。採用したい人材が他社と奪い合いになってしまうケースです。

採用したい人材の現在の年収、希望の年収の情報が手元にある状態で選考を進めていくわけですが、採用の競合が出てくると、ここに競合が提示する年収という変数が加わります。採用したい人材の希望の年収情報を元にオファー金額を決めればいいのか、競合が提示した年収情報を元にオファー金額を決めればいいのか......と年収上昇圧力がかかりはじめます。

一方で、自社の人事制度と給与水準がありますので、これくらいのはたらきを期待するとこれくらいの職務等級になって、そうすると金額はこの範囲で提示する必要がある、という考え方をします。

たとえば、期待するはたらきは2等級だから給与は600万円程度と考えていたところ、競合が700万円の提示をしたとします。どうしても採用したいと思ったとき、3等級に上げて700万円の提示をするか、このままの提示で頑張るか判断を迫られます。

ここで既存社員の顔が浮かびます。3等級では不公平感が生まれてしまわないか。3等級のオファーで3等級の要求をして、採用したい人材は健やかにはたらけるのだろうか。2等級で無理せずにオファーして早々に昇給してもらえるよう導いていくほうがいいのではないか。

また、そこでやってはいけないのは、3等級のオファーを出しておきながら要求は2等級の扱いをすることです。給与額は社員同士非開示だからと公平性を失う判断をしてしまうと、社員からの信頼を失い、組織は瓦解します。そのため、多くの企業が給与水準の全体あるいは一部職種について、見直す機会を経験することになるでしょう。

このように採用の現場を切り取ってみると、労働移動による賃上げは、成長産業では人を積極的に採用し、人の奪い合いによって起きる賃上げ上昇圧力を通じて、市場相場との整合性をとる形で組織が健全に賃上げする流れが起きる、ということなのかもしれません。

著者紹介

柿内秀賢(かきうち・ひでよし)

パーソルイノベーション株式会社 Reskilling Camp Company

パーソルイノベーションにてラーニング関連事業の事業開発責任者として法人向けリスキリング支援サービス『Reskilling Camp』を企画/立ち上げを経て現在に至る。
自身も人材紹介事業の営業部長から、オープンイノベーション推進部立ち上げやDXプロジェクトの企画推進、新規事業開発を担う過程にてリスキリングを体験。

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