2023年12月05日 公開
50代で金融業界から食品業界へ転身した、アサヒグループ食品社長の川原浩氏。社長に就任したのは、コロナ禍で主力ブランド「ミンティア」の売上が大幅に減少しているタイミングだった。しかし、川原氏はその苦境をチャンスととらえたという。(取材・構成:林加愛、写真:まるやゆういち)
※本稿は、『THE21』2024年1月号総力特集『なぜか「いいこと」が起こる人の小さな習慣』より、内容を一部抜粋・再編集したものです。
――JPモルガン、カーライルといった外資系金融機関で手腕を発揮されたあと、2021年にアサヒグループ食品社長に就任されるという、異色の経歴をお持ちですね。
【川原】はい、非常に畑違いの分野からやって参りました。しかも当社に入るまで、経営の経験はゼロ。「経営に携わってみたい」という思いが芽生えた矢先にたまたまご縁ができて、たまたま入社させていただき、たまたま社長になり......運だけで、ここまで来たようなものです。
――いえいえ、「たまたま」のはずはないと思います。
【川原】確かに、こうは言いましたが、偶然だけではない「何か」はあったでしょう。思うに、プライベートでの幸運は、ほぼ偶然でできているんですよね。例えば、世界に80億人がいる中で妻に出会えたこと、これはラッキーな偶然です。一方、仕事で起こる「いいこと」は、習慣や気持ちの持ち方によって「引き寄せる」要素が少なからずあります。
――単なるラッキーではない、と。
【川原】ええ。僕は「セレンディピティ」という言葉が好きなのですが、この言葉は「ラッキー」よりも、引き寄せるニュアンスが強いですね。
セレンディピティの例としてよく挙げられる「ペニシリンの発見」もそうです。細菌学者のフレミングは、ある日、ブドウ球菌を培養していたシャーレにうっかり青カビを生やしてしまった。しかしそのとき、青カビの周囲にだけブドウ球菌が繁殖していないことに気づき、ペニシリンを発見するに至ったのです。
――うっかりが一転、大発見に。
【川原】そう、単に「カビが生えた、失敗!」で終わらなかったのがポイントです。フレミングは日頃から細菌の生態を観察し、様々な仮説を立てていたから、気づきと発見を得られたのでしょう。偶然に思えることでも、準備している人には気づきがあり、チャンスをつかめる。仕事上で起こる「いいこと」とは、そういうものだと思います。
――ペニシリンのエピソードは、ピンチが良い結果を生んだ、という点も印象的です。
【川原】本当に。その点で言うと、実は当社に来てからの3年間、僕も似た状況を経験しました。専務取締役として入社したのが2020年、コロナ禍が起こった年です。
そのダメージをまともに受けたのが、主力ブランドの「ミンティア」でした。人々が外出しなくなったことで、ミントタブレットの出番も激減。社長に就任した21年3月の段階で、同製品の売上は3割減となっていました。
さらに言うと、当社はもともと2015年に設立、16年に3つの食品会社が統合して営業開始し、21年にもう一社が加わった混成チームのような状態で、社内の結束がまだ十分に育っていませんでした。しかし僕は、これらの状況をラッキーだと思ったんです。
――ラッキー!? なぜでしょう。
【川原】「やれること」があるからです。設立以来コロナ禍まで、当社は右肩上がりで成長していました。そういう順境の会社で、外からやってきた人間が「会社をこう変えよう」などと言ったところで、今一つ説得力を出しづらい。
でも、ピンチのときなら話は別です。皆が意気消沈する中、僕が声をかけ、打開策を打ち出すことに大きな意味があるわけです。連携がまだ十分でなかったことも、同じくチャンスととらえました。これから組織をまとめれば新たな力が生まれ、さらに成長できる。初めから一つにまとまった組織を成長させるよりはるかに簡単だ、と。
――前向きですね。通常なら「こんなタイミングで重責を負うなんて」と嘆きそうなところです。
【川原】僕も若い頃ならそうなっていたかもしれません。しかし、年齢を重ねて経験が増えると、短期的に見ると不運でも、長期的には幸運になることが人生にはしばしばある、とわかるものです。会社も同様で、今は逆境に見えても、それを味わったからこその良い結果をのちのち得られる、と確信していました。
更新:12月10日 00:05