経済と政治は切っても切れない関係にある。衆議院選挙で少数与党となった石破政権にとって、最初の関門は2025年度予算案の成立だった――。
日本維新の会と自由民主党・公明党はなぜ手を組んだのか。その連携の背後にあった存在とは何だったのか。立憲民主党が予算修正協議の途中からハシゴを外されたのはなぜか。国民が期待した103万円の壁は結局、どうなったのか。本稿では、元大蔵・財務官僚の経済学者である高橋洋一氏が、政治と経済、及び私たちのお金の関係を解説する。
※本稿は『お金のニュースは嘘ばかり』(PHP新書)より抜粋・編集を加えたものです。
経済と政治は切っても切れない関係にあります。2024年10月、石破茂首相の就任直後に行なわれた解散総選挙では自民党・公明党の政権与党が大幅に議席を減らし、過半数を下回りました。
野党第一党の立憲民主党は50議席増やして148議席を獲得しましたが、これは自民の大敗という敵失によるところが大きい。前回の2021年衆議院選挙で議席4倍増と躍進した日本維新の会は今回、議席を減らし、「大阪以外は野党のなかでは一人負け」の状況でした。実際の勝者は国民の「手取りを増やす」と訴え、議席を4倍の28に伸ばした国民民主党でした。
衆院で少数与党となった石破政権にとって、最初の大きな関門と見られていたのが2025年度予算案の成立でした。野党と手を組まなければ、衆院を通過させることができないからです。予算案は一部野党の要求を受け入れ、29年ぶりの修正を経て衆院を通過し、その後、参院での可決を経て成立しました。
そこで修正案に賛成して少数与党の自民党・公明党と手を組んだのは、民意を尊重して年収103万円を超えると所得税が課される「103万円の壁」の引き上げ、「ガソリンの暫定税率」廃止による大減税を主張した国民民主党......ではありませんでした。「高校無償化」を要求する日本維新の会だったのです。
この裏には当然、減税を阻止したい財務省の暗躍があり、それに踊らされた与野党の政治家たち、そして減税による財政危機・財源不足を強調するマスメディアの援護射撃がありました。
「少数与党の予算編成、手取り増先行財源論議後回し」(『日本経済新聞』2025年2月26日)のほか、『朝日新聞』は選挙期間中(2024年10月21日)にわざわざ「衆院選財政健全化将来の責任忘れるな」との財務省的社説を掲載して、政治に釘を刺しています。
国会での予算修正協議は与野党間で行なわれたように見えていたかもしれませんが、仕切っていたのは財務省です。政府の予算案に計上されている予備費は1兆円で、そのうち何にでも使える一般予備費が5000億円あります。
財務省からすれば、財源が5000億円以内に納まる修正なら100点満点。1兆円以内ならギリギリ及第点で、予備費の1兆円を超えると赤字国債増発の特例公債法改正が必要になるので財務省的には論外。大規模な予算案修正になれば石破総理のクビを取る、という姿勢でした。
国民民主党の「103万円の壁」引き上げに必要な財源は、政府試算によると7.6兆円です。一方、維新の高校授業料無償化は約1000億円(2025年度)。立憲民主党は高額療養費の引き上げ凍結やガソリン税引き下げなど、3兆8000億円の予算修正を要求していました。ただし、後述するように財源を多少用意しているので、ネットの予算増はこれほど大きくありません。
予算修正にあたって与党は国民民主党との協議を先送りし、維新との修正協議を優先しました。結果、国民民主は反対に回り、自民、公明、維新3党の賛成で予算案は衆院通過したのです。
つまり財務省は国民民主党、日本維新の会、立憲民主党に三つ股を掛け、どの党の要求が最も財源が少なくて済むかで選んだわけです。
政治は結果責任なので、財務省にいちばん尻尾を振ったのは維新の前原誠司共同代表ということ。医療費の4兆円削減により社会保険料を下げるという維新の要求は「協議する」にとどめ、高校無償化の1000億円だけで手を打つ。
財務省とすればしてやったりで、国民民主の主張を呑むよりはるかに安上がりでした。財務省にとって「今後、協議する」というのは安上がりで、目の前にある予算修正の金額がすべてです。
少数与党ゆえ、維新と国民民主が共闘してどちらの要求も呑めと突きつければ、石破総理は譲歩するしかない。しかし、財務省は維新の前原氏と国民民主の玉木雄一郎代表は仲が悪く、手を組むことは絶対ないと読んで維新の取り込みに動きました。
野党第一党の立憲民主党はというと、予算修正協議の途中からハシゴを外されていました。
自公と協議を進めたものの、交渉相手を維新に乗り換えられてしまいました。
立憲の要求した3兆8000億円の予算組み換えには、基金の返納などの財源案が盛り込まれているので、差し引きで見ると国の減収は大きくない。
とはいえ、財務省としては項目が多すぎて作業が面倒です。したがって財務省は、立憲民主党を維新とも国民民主とも修正で合意できなかった場合の予備の交渉相手として扱いました。財務省と仲のよい野田佳彦代表も、今回はまんまと利用されただけでした。
国民が期待した103万円の壁は結局、どうなったのでしょうか。国民民主が主張する所得税の課税最低限を「178万円」に引き上げる税制改正は今回、実現しませんでしたが、自公は「103万円の壁」を160万円に引き上げることで合意。国民民主の主張に近づけたとアピールしています。
この修正は減税規模を見れば一目瞭然ですが、まったく近づいていない。
国民民主の主張は、年収にかかわらず所得税、住民税ともに控除額を引き上げる7.6兆円の減税でした。
しかし今回、自公が追加で控除額を引き上げるのは所得税だけで、しかも恒久減税21は年収200万円以下の層に限られ、年収850万円までの層は2年間限定です。今回、追加した減税額は約6000億円(平年度ベースでも1.2兆円)にすぎず、国民民主の主張とは雲泥の差があるのです。
『日本経済新聞』(2025年2月27日)は「年収の壁103万→160万円に納税者多くが年2万円減税」と報じましたが、国民民主党案では収入に応じて年8万円〜20万円以上の減税額でした。
更新:08月02日 00:05